第6話 ちび巫女の機転

 翌朝、邑人むらびとたちがわらわらと中央に集まった。滅多に入れる区域でもないので、観光気分の者も多くいる。


 従者らが競走の参加者から集めた人足にんそくの数を、木簡もっかんに記録する。

 すぐさま50名近くの挑戦者が約6刻(3時間)の走路を駆け始めた。いずれも体力自慢の青年らである。


 ナツヒのいとこ達が仕事の合間を縫って見物にやってきた。

「お前は走らないのか」

「負けるのがそんなに怖いか。腰抜けめ」

とナツヒを茶化す。

 だが彼は、俺が走ったら人足総取りになっちまうだろ、と言い切っていた。


「さぁ! ちびもおなごもこの合戦場に集まれ! 優勝の品は米俵4俵だ!!」


 王女の身分を隠し、進行役の明るいお姐さんという役を請け負ったこの日のユウナギは、はりきって仲間を集めにまわった。

 子どもでも賞品がもらえるかもと、大人たちは子を連れて寄ってくる。定員の倍ほど集まったので、2回に分けることになった。


「じゃあ賞品は2俵ずつだね」

「私は賞品いらぬから2回とも出るぞ。優勝目指すのじゃ」

「そう。私は最後まで仕切る係りでいくわ。米俵総取りになっちゃうからね」


 規則説明もそこそこに、みなで輪になり唄に合わせて踊り始めた。


 勝敗はついでのようなもので、大勢で唄い踊るのは何よりも楽しいのだ。

 自分より小さい子の手を取り、えいやあこらさと踊るコツバメも年相応に楽しそうで、ユウナギはとても嬉しかった。


 その遊戯も滞りなく終わり、こちらでは男子たちの武器武具の体験、あちらでは木箱を積み上げ鬼ごっこ。

 大人たちは結局酒を飲み交わし唄い踊り、競走の参加者が戻る頃まで賑やかな時を過ごした。


 そして賞品としての人足にんそくの分配も終わり、人々は帰路につく。中央の者らは片づけに入った。


 一日はしゃいで過ごしたコツバメは、親に手を引かれ帰る子どもたちに向かって手を振り、ずっと彼らの背中を眺めていた。


 そこで、そんな彼女を気にかけじっと見ていたユウナギに、ひとりの侍女が声をかける。


「あの、少々よろしいですか?」


 ユウナギはうなずいて、隅の方に寄った。


「あちらのお客人の親族を名乗る女性が、彼女を今引き取っている方とお話ししたいと……」

「!?」


 コツバメの家族ではと思った。侍女の腕を掴んで迫る。


「どこにいるのその人!?」

「知った者に見られたくないようで、向こうの林に隠れております」

「会うわ」

「ではこちらへ」


 広場を出て、農地の向こうの林に向かった。

 ユウナギはその間、きっとその女性はあの子の母親で、わが子を恋しく思い連れ戻しに来たのだと期待した。




 林の中に入った。あたりは薄暗く、道がよく分からない。


「どこにいるの?」


 すぐ後ろを付いてきた侍女に話しかけたその時。

「痛っ!!」

 足首に鈍痛が走り、その場に転んだ。

「痛たた……」


 足元を手探りすると、強固な縄で捕らわれている。

 打った痛みで頭がくらくらとして、事態が理解できない。


 見上げるとそこに、短剣を構えた侍女が立ちはだかった。そこでやっと気付いたのだ。


「私を狙う者とは、あなただったのね」


 騙されたと知ったが遅かった。下半身に覆い被られ、

「お命頂きます」

と短剣を大きく振りかざした侍女に対し、ユウナギはなすすべもなく目を閉じる。


――――殺される!!


 その瞬間、風の音が掠め、

「うっ……ああああ!!!」

と悲鳴が上がった。


 ユウナギが驚いて目をばちっと開けたら、短剣がこぼれ落ち、その持ち主が倒れこんできた。

 すぐさま女は上半身を起こし、右肩に刺さった矢を抜こうとする。


「そこまでじゃ」


 その声にユウナギは、コツバメとナツヒが配下数名を連れてやって来たのを理解した。


「北方からの間者じゃな。大人しく捕えられ、すべて白状せよ。処罰はその後じゃ」


 この時のコツバメには、何かが憑依しているように、ナツヒには見えていた。

 その何かとは、一瞬、女神のようにも思えた。本人が話していた前世の姿なのだろうか。


 この間にいち早くユウナギを助けようと、地面を確認しながらナツヒは彼女に近寄った。

「大丈夫か?」

 そしてその足元を確認するため、配下に松明たいまつを寄せるよう叫ぶ。


「だい、じょう……ぶ。……きゃあああ!」


 この隙に、落ちた短剣を拾った女がすかさず首を切り、果てたのだった。


「……徹底した間者じゃの」


「情報は漏らすべからず、ということか」

 ナツヒはユウナギの足に絡まった縄を、拾った血まみれの短剣で切り刻んだ。

 そしてまだ何も言えず、青ざめているだけの彼女を抱き上げる。


 配下がそれぞれの松明を灯すと、周りは用意された罠だらけだった。




 屋敷に戻り、足の手当てが済んだユウナギは、兄トバリの執務室にいた。

 心細い時、悔しい時は、心を穏やかにするために彼が必要なのだ。

 何を話すでもなく、ただ隣にいるだけでいいので、トバリは書写をしていた。


 そこにコツバメがやってくる。


「落ち着いたか?」

「ええ。今日はあなたのおかげで助かった。でも、どうして」


「おぬしがあの者とあの場にいるとなぜ分かったか? それとも、あの女がおぬしを狙う者だとなぜ分かったか?」

「両方」

 コツバメは、仕方ない話してやろうといった顔。


「もし、おぬしを狙う者が兄者の言っておった国からの間者だとしたら……やはり侍女に紛れるのだろうと思った」

「確かに怪しい男が私の周りをうろついたら、即、串刺しにしかねない人がそばにいるわ」

「なので、試しにやってみようと……虎と狼の布を用意し、侍女全員あの箱に座らせるよう誘導した」


 あの遊戯の予行に侍女を使おうと言ったのは、そういえば彼女だった。


「正直それほど期待はしておらなんだが、意外と分かりやすくてな。あの女……狼の箱に座ろうとして不自然だったのじゃ。どうしても虎を尻で踏んづけるわけにはいかなかったんじゃろうな」


「もし彼女がすぐに敗退していたら……?」


 コツバメはユウナギの顔を下から覗き込んだ。


 人とはたいてい負けず嫌いなものじゃ。遊びであってもな。と前置きし。


「奴は最後の方まで残っていたじゃろ? なんでか分かるか? 多少調節して周っていたようだし、箱と箱の間に立っていても迷いが生じないから早く動けたのじゃ」

「なるほど」

「そして箱が少なくなった時、狼に座れず立ちぼうけておってのう。こうなれば、分かる者には分かる」


 さらにその後の行動を述べる。


「予行の後、奴はコソコソとこの敷地を出た。敷地内では注意深くしておったが、出た後は林へ一直線に駆けて行きよった。私も林の入口までは追ったが、わざわざ危険を冒して入らなくても、何か企てていることは分かったので、戻って兄者に見張りを用意しておくよう言っておいた」

「ナツヒじゃなくて兄様?」

「弟は話したらその場で殺してしまうやもと思うてな」


 本人が耳にしたら、そこまで直情型じゃねえよ! って怒りそうだなぁと、思い浮かべた。


「あの侍女は1年以上前からここで働いていたはず……」

 ユウナギは悲しくなった。


「昨日今日始まった戦ではないということじゃ。これから本格化するかもしれぬ。じゃがとりあえず、もうよそ者の気配は感じられぬ。安心せよ」


「私の力不足です」

 静かに書写を続けていたトバリが口を開いた。

「兄様のせいじゃないわ」


「ならば、私は兄者と約束したとおり、家に帰るのじゃ」

「え?」


「布を用意した時、これが上手くいったら私を家に帰せと兄者に話した。承知したよの?」

「ええ。明朝、馬車を用意しましょう」

「ちょっと待って。帰ったら……」

 コツバメはその小さな手をユウナギの口に当てて、言葉を遮った。


「私も母上のそばにいたいのじゃ」


 微笑んでいるのに寂しげな彼女の表情。それは今日あの親子たちを、手を振って見送っていた時と同じものだと気付く。


「……何かあったら必ず私に連絡して。今後は何も偽らないで。そして時々ここに遊びに来て! 約束してくれるなら……」

 しぶしぶ、といった顔で少女を見つめた。


「もちろん」

 年相応の、可愛らしい笑顔を返された。



 明朝まだ薄暗い頃、ユウナギとナツヒに見送られ少女はむらに帰っていった。


 馬車に乗り込む時、

「ちょいと耳を貸せ」

と言い、彼女はユウナギにこそこそと何やらを話した。

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