第5話 いくさの足音
少し考えこむユウナギ。
「そういえばコツバメも言ってた、よそ者がいるかもって……」
そこですぐアオジが顔を出し、
「外部の者? そんなのいるはずが」
と言うのを遮り、トバリは
「信じ難いがお告げがあったのは事実だ。みな、必ず王女をお守りするんだ」
と周りを引き締めた。
それに各々呼応する。
そして彼は弟に
「解決するまで常に王女のそばで控えているように」
と命じた。
もともとナツヒは隊の訓練や実働がない時は、王女専属の護衛をしている。
しかしこのたびは四六時中それが必要な時。その場に重苦しい空気が流れた。
更にトバリはユウナギに話す。
「これは最近入手した情報ですが、隣国が制圧されるのも時間の問題のようです」
「前に話していた、北からの部族?」
「ええ。北方から南下してはその地を制圧し、非常に大きな勢力となりました」
「隣国はそこと争っていたけど、何年も持ちこたえていたのよね?」
「潮目は2年前に変わりました。その北の部族の
「その大王ってのはよほど有能なのか?」
ナツヒはなんだか面白くなさそうだ。
「戦局が変わるほど?」
「大王は大衆から神のように崇められているそうです。なんでも、
「虎なんて、
現実的なことだと実感を持てないでいる。しかし。
「隣国が落ちるようなことになれば、次はこの国ね」
「それどころかもう戦は始まっているのかもしれない。白兵戦で多くの兵を失う前に、この中央を瓦解させれば、と目論むこともありえます」
それで狙われるのは自分なのか、とユウナギは不安げな顔をする。
「そのための俺だ」
そんな彼女を思ってか、ナツヒが鼻息荒く身を乗り出した。
「不審な者を探し出します。しばらくは不自由かもしれませんが」
「ナツヒがそばにいるのなんていつものことだから、全然不自由じゃないよ」
ユウナギはトバリに気を遣って笑顔を見せる。隣のナツヒはばつの悪そうな顔をしていた。
その晩、アオジがナツヒと共にユウナギを呼び出した。
実は3日前ユウナギは彼に、少女の家や周囲のことを調査するよう言いつけていたのだった。
しかしアオジの配下の調べでも、少女が親から虐待を受けていると直接話す者は現れなかった。
母親に関しては、夫の5人目の妻が最近男児を生んだことに追い詰められている様子、とのこと。
「その八つ当たりを自分の子になんて、まさかね、ありえないでしょ……」
「動物は精神的負荷がかかることで子どもを虐待することもある。人だって動物の一種だ」
ナツヒの冷静な物言いに、ユウナギは不満気である。
「人は理性的な生きものだよ?」
「それほどでもないだろ」
ひとりアオジはなんとなく、ふたりのやり取りに口を挟めずにいた。
「平民はみなでみなの子どもを育てる。大人は日々忙しく、子らも小さいうちから手伝いで忙しい。だが高位一族の妻や子女は? 思うよりずっと閉鎖的なところにいるんだろうな」
「えっなにそれ耳が痛い」
やっと口を開いたアオジ。
「妻子いるんだっけ?」
「最近初めて娶ったんですよ! 忙しくて顔合わせてないけど……」
いてもたってもいられず飛び出して行こうとした彼の襟ぐりをつかんで、ナツヒは言った。
「娘を家に戻さない選択もありだな……」
その頃、少女は兄トバリのところに出向いていた。
「今すぐ用意してもらいたいものがあるのじゃが」
翌朝、「木箱取り合戦」を試して規則を明確にするために、王女付きの侍女30名が総動員された。
「まず見てもらいたいものがある」
コツバメがそう言って近くにいる侍従に目配せした。
その侍従は畳んで
「それは?」
「この木箱に掛ける布じゃ」
広げてみたら、その布の真ん中に狼の
「この箱、つくりが雑なところもあっての、子どもが勢いよく座った時に擦ってすり傷を作ることがあるかと思うてな」
木箱を侍従に軽く持ち上げさせて続けた。
「このように箱に掛けて、底で布を踏むとよいぞ」
「へぇ。この画は……? こっちは虎かな?」
「前門の虎、後門の狼じゃ」
コツバメの顔がなぜか得意げだ。
「そこは縁起のいい鶴と亀にしておくところじゃないかなぁ」
「対の動物ならまず犬と猿じゃね?」
ナツヒもぐいっと入ってきた。
「昨夜、画の達者な侍従たちに描いてもらったのじゃ。これでいくぞ。それでな、どうしても1つの箱に同時に座って譲らぬ場面もあるじゃろ? その時、狼の椅子なら背丈の高い方が獲る、虎なら低い方が獲る、の決まりとする」
「そうね、子ども同士の戦いだから、そういう決まりがあった方がいいわ」
「ならば私は今からやぐらに上って、上から上手くいっておるか見守るのじゃ」
「え?」
「本番は私も参戦するからな。よいな」
そう念を押すと、コツバメは小走りで近くのやぐらへ向かった。
それから皆で円を描くように木箱を並べた。そこに虎と狼の画が交互になるよう布をかぶせ、その周りを侍女らが囲む。
「じゃあとりあえず私が唄うね。私の声はよく通るから」
「お前、なんか唄えるのか?」
「任せて。♪ア゛ア゛ア゛~~」
「「「う゛っ……」」」
早速ユウナギが意気揚々と唄ってみせたら、周囲の者が一気に凍りついた。自分は言えないからお前が言え、という視線がナツヒに集まる。
そういえばそうだった、と仕方なく彼は、後ろから彼女の口を押さえて無理やり止めた。
「俺の下の者が唄う」
「え? なんで?」
「いいからお前は唄うな」
「じゃあ私は進行役やるね」
ユウナギが素直で助かった。
こうして予行はつつがなく終わり、彼らは反省会を始める。
「唄い手はさすがに30数回唄うのも疲れるから、何人か用意した方がいいわね」
「意外と白熱したのう」
「分別のある年ごろの侍女たちだから揉めごと起こらなかったけど、子どもたちじゃどうかなぁ」
「最後の方まで残ってた者はヘトヘトになっておったな」
反省も終わったら、ナツヒは競走の手配を確認してくると、護衛を下に任せ出かけていった。
「明日の天気も良さそう。楽しみね」
「そうじゃな」
すっかり以前からの友人のようになったふたりは、笑顔を見合わせたのだった。
その夜、ユウナギは少女を探していた。
「コツバメが見当たらないんだけど、知らない?」
「俺は見てねえけど……」
「私はここにおるぞ」
後ろから声をかけた少女は、少し衣服を汚していた。
「どこに行ってたの? この辺は安全とは言え……」
「おなごにそのようなことを聞くものではない」
「おなごって……ちびじゃない」
「む?」
護衛で交代でしか眠れないナツヒが、日も沈んだので明日に備えて早く寝るように言った。
ふたりは寝室に戻り、それほど数を数えぬうちに眠りについた。
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