第7話 別れ、そしてはじめの一歩
それからというもの、中央隅の広場には、近隣の子どもたちが集うようになった。
ユウナギはしばしばそこに“近所のなぜか暇なお姐さん”として顔を出していた。
陰からの兵の見張りは必須だが、小さい子たちのはしゃぐ姿が可愛くて、和むひと時なのだ。
あれから3週間ほど過ぎたある日の夕方、ナツヒも一緒にそこに来ていた。
彼が話すには、あの日勝って
それを聞いて、いい結果になって良かったと胸を撫でおろした時、アオジの配下がナツヒのところにやって来た。
そして彼にだけ聞こえるよう報告をし、すぐに戻っていった。
「どうしたの?」
ナツヒが静止しているのにユウナギが感付いた。
「……コツバメが死んでいたって……」
「え?」
彼はそれ以上口にしない。
「何言ってるの? 元気に帰っていったし、嵐も来てないし、地震も起こってないわ」
まだ何も言わない。
「嘘だよ。アオジはどこ? そんな冗談言うもんじゃないって言ってくるから」
「アオジも2日前に知ったようだ。とっくに埋葬も終わっているらしい」
「……っ。“ようだ”とか“らしい”とか、そんなこと言われても!」
ユウナギは走り出した。
「どこ行くんだよ」
見張りの者に幼子たちをちゃんと帰すよう言いつけ、ナツヒも追いかけて走る。
ユウナギは中央の門を出ようとしていた。単純にその
しかしこの場合、行くべき先は馬舎なのかと行き先を迷って立ち止まり、周りを見渡した。
ナツヒは彼女に追いついたが、何も、声をかけられずにいる。
「私、中央から出たこと、ない……」
ユウナギは気付いた。
どうやって中央から出るのか、誰に頼めば馬車を出してくれるのか、そもそも少女の
何もできないとなると、ありえないとしていた事柄に真実味が帯びてくる。
ナツヒが「帰ろう」とユウナギの肩に腕を伸ばしたその時、彼女は激高した。
「母親ね? 母親がやったんでしょ!? それを止めない父親も周りの者も同罪だわ! 全員捕らえてすべて」
「証拠がないんだ!」
彼女の両腕を掴んだナツヒは、その叫びに叫びを重ね遮った。
アオジより徹底した調査を命じられた配下が、それを確実に遂行していたことを、彼は知っている。
「からだを見れば……」
「もう土の中だ。掘り起こすのか?」
冷静な語気に気圧されたユウナギは、観念してふらふらと屋敷の方へ戻ろうとする。
ナツヒは彼女が無事に帰れるか見張るため、ただ黙って後ろをついていった。
それから幾日かたった晴れの日、ユウナギはまた弓を引いている。
だがどうにも的を外してしまう。
「何本射てもそれじゃ仕方ないだろ」
「ナツヒ……」
ふたりは鍛錬場を共同で使っているので、高確率で鉢合わせる。
しかし今回は、ナツヒが彼女に何かを渡しに来たようだ。
「あれから俺も、あの
彼は少女の父親の在籍する官舎に顔を出し、彼女に文字を教えたという元高官の老人と対面した。
老人は多くを語らなかったが、少女から王女へ預かりものがあるという。
「これは?」
小さな四角い紙が王女に手渡された。その紙にはうっすら葉の跡が付いている。
「爺さんが紙の作り方をあいつに教えて、一緒に作ったんだと」
「これ、あの子が作ったの?」
「それを大事にしていたが、最近爺さんに託してきたとかで」
なんとかこれをユウナギに渡して欲しいと言って。
「それが爺さんもあいつと最後に会った日になったようだが……」
「紙なんて作るの大変だったでしょうに」
「あいつがお前の話したとき嬉しそうだった、だからそれは感謝の気持ちなのだろうと言っていた」
ユウナギはそこでどうしようもなく泣けてきた。彼女はもう本当にいないのだろう。
ナツヒは思わずユウナギの頭に手を添えた。
「助けてあげられなかった。人も動物の一種だから、こういうことも起こるんでしょうけど、人は周りが助けてあげられる生きものでしょう? なのに私、何もしてあげられなかった」
「何もってことないだろ」
「あの子に友達たくさんつくってあげたいって思ってたけど、本当は……私があの子の友達になりたくてやってたことなんだ。短い間だったけど、とても楽しかった……」
「そうだな、俺もなんやかんや楽しかったな……」
ナツヒも少し目頭が熱くなった。
**
ユウナギが悔しさでさんざん泣きわめき、やっと落ち着いたという頃。ナツヒは尋ねた。
「そういえばあいつ、帰りがけにお前になんか言っただろ。何だったんだ?」
「ああ……」
ユウナギは思い出していた。あの子はあの時。
────「私にはおぬしの中に眠る、神と繋がる力がみえる」
「え……?」
「おぬしや周りの者が望むカタチで発現するかは分からぬが。ま、焦らぬことじゃ」
ユウナギはなんとなく、口にしたくなかった。
「秘密」
「は? 何だよ言えよ」
「言ったら実現しないかもしれないもん」
「じゃあ俺も秘密にするぞ」
「何を?」
「その紙の使い方」
「え? これに使い道なんてあるの? 何?」
「お前が言わなきゃ言わねえ」
「くぅ……絶対言わない」
先のみえない不安な日々の中で、ゆく手に差し伸びる一筋の光。
彼女は人に寄り添う温かい神の存在を、少し、信じてみたくなったのだった。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
第一章、お読みくださいましてありがとうございました。
続けてお付き合いいただけましたら幸いです。
ナツヒのイメージイラスト By AI です。⇩
https://kakuyomu.jp/users/runatic/news/16817330668215254982
なぜ主人公ユウナギではないのかは、近況ボードに記してあります(*´▽`*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます