第3話 5歳児とガールズトーク ~ 神とは?(哲学)

 聞き耳を立てている兄は、若者たちの計画を見守る姿勢でいた。

 その勝負事を何にするのかは尋ねたが。


「子どもでもやれて、準備に時間がかからず、順位付けが容易たやすいやつ。まぁ山のまわりを1周して早い者順に勝ちでいいだろ」

 ナツヒの単純な思考はとりあえず長所だ。


「いやそれなかなかキツいでしょ。10代男子が主な選手よ」


「兄上、その日取りを調整して布告を出してくれ。それで参加希望者が少なければ、話はお流れだ」


 書をぱたっと閉じて、トバリは立ち上がった。


「やれるだけやってみよう。ここから近い7つのむらでいいか?」

「コツバメの邑も入れてっ」

「もちろんです」

 やはりユウナギに甘いトバリだ。穏やかな微笑みを投げかけ、そこを後にする。


 それが決定するまでの間、他にどんな催しなら子どもが大勢で遊べるか、各々考えることにした。



 

 その夜、ユウナギはもてなしの一環として、少女を敷地内の温泉に連れてきた。

 通常は女王と王女だけが使用する、最高に贅沢な場だ。


 そこでユウナギに寒気が走る。思ったより多くのあざが少女の身体にはあった。

 そして湯につかる時、彼女の表情かおは苦痛で歪んだ。それを見せまいと耐えている感じも受けた。


「……何も言うな」

「そういうわけにはいかない。お願い話して。力になれることがあるなら私……」

「母上は何もしとらぬ」

「…………」

「何じゃ?」

「私あなたの母君がどうとか、今はひとことも言ってないけど」


 少女は赤くなって、気まずさを隠すために後ろを向いた。


「大人は私が不気味だと言う。かといって年相応にふるまうことも今更できぬ」


「確かにその見た目で大人と同じように話すのは驚きだけど……。予知ができるならむしろ大事にされてもおかしくないような」


 少女は伝えたくて振り返った。

「たとえば、これから落石があるから出かけぬよう言ったとする。そして本当に出かけずにいたら、何も変わらぬ時が過ぎる。その者には助けられた実感もない」


「でも地震も当てたんでしょ?」


「私は人々に地震のことを、その3日前に話した。じゃが規模が大きかったせいで、あらかじめの対策もほぼ無駄であった。逆に私が地震を呼び込んだと感じる者もいた。予言はそんな良いものではない」

「そんな……」

「国の女王が崇められるのは、めったにまみえることのない偶像のようなもの故よ。身近にある未知の力なら、そんなものは恐怖の対象じゃ」


「神と災いを呼ぶものは紙一重なのね……まぁ実際そんなものかも」

「おぬしは神の加護をうたい国を保つ次期女王だというのに、そのようなことを口にして良いのか?」


 少女の来訪で、少しの間忘れられていた悩みがまたどんとのしかかり、今度はユウナギが目を伏せた。


「私に特別な力はないわ。神の存在を信じる方が無理」

「信じとらぬ?」

「自分の中で、神とは……」


 果てしない夜空を見上げ、語り出す。


「生きものやそれらが生まれ続けるための土壌を造りだした、大いなる力のことだと思ってる。こんな小さな国に都合のいいものを与えてくれる、慈悲深い存在なんかじゃない」


「みなが信仰しているたぐいの存在は、否定しているのじゃな」

 力を持つ少女は、それはあながち間違いではないと思う、と小さな声で言った。


「なんでか分からないけど、神は生きものを、ただひたすら生きるように、その命を繋ぐように造った」

 ユウナギはだんだん語気を強める。


「でも生きることって過酷でしょう? 食べなきゃ生きていけなくて、その食べ物を得るだけに生涯の大半の時と労力を使って」


「日々を必死に生きていても、災害やらで命など一瞬で吹き飛ばされてしまうしな」


「そう。どうして神はこんなふうにこの世を造ったのって悲しくなるけど、それでも逆らえない。命を一時でも永らえたいし、自分が消えるまでに新しい命を生みだしたい。正直、国どころじゃない!」


「次の命が生めれば、どの男の、子でも良いのか?」


 その問いかけには、あれ? 今そんな話だっけ? と思いつつも真面目に答える。


「まさか。神はそんなふうに生きものを造ってない。きっと猪でも鳥でも、この相手とつがいたい! って見定めるものよ」


「ふぅん。それで、おぬしはどちらの男の、子を生みたいのじゃ?」

「へ?」

「どちらかじゃろ?」

 ふたりの頭上に兄弟の顔が浮かぶ。


「……言うまでもないわ」

 そう照れながら、湯に漬かってぶくぶく泡を吹いた。


「もしおぬしが好いた男の子を生んで、その男が他の女にも子を生ませていたら?」


 ユウナギは目を丸くした。この時代には愚問だろう。


「……私自身が生んでるなら他は関係ないし、それは普通のことでしょう」


「そうか。兄弟がたくさんできて、いいことじゃな」

「きょうだいいるの?」

「母の違うきょうだいはたくさんおるが、会うたことはない」


「なら、子どものための催しを何が何でも開いて、兄弟も呼ぼう。遊び相手もたくさん作ろう」

「……うん」

 コツバメは意外にも嬉しそうだった。



 夜が明け、朝一で中央から近い邑々むらむらへ通達が行った。

 トバリの手際の良さは誰もが認めるところなので、安心して任せられる。


 その間ユウナギとコツバメは共に弓を引いたり書を読んだり、川ではしゃいだり林へ木の実を拾いに行ったりして過ごしていた。


 そんな中、時折きょろきょろと周りを見回していたコツバメが、こんなことをたずねる。


「この敷地内や周辺に、外から来た者がおるのは普通か?」


「へ? そんなのいないよ? 昔は海の向こうからの使者が多く滞在していたらしいけど、今は全然。どうして?」


「よそ者の気配がする……。何かこう、不審な」


「そんなはずない。ここに勤めているのは身元の確かな者ばかりだし。それらの紹介がなければ出入りもできないわ」


 確実なことを言えないコツバメは、それ以上何も口にしなかった。

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