第2話 この国初のギャンブル! ~ 賭けるものは労働力で

 そこで男ふたりも入室した。


「いやいやいや」

「まずふしぎな力の話聞きましょうよ!」

 ナツヒほどではないが、アオジもユウナギにはわりと慣れているので気軽につっこむ。


「こんな小さい子に……」

「いや、こいつ前世の記憶があって、大人と同じ思考力会話力あるんだと」

「へぇー」

 感心しながらユウナギは少女により近付いて、目を見て話し始めた。

 

「前世が高名な巫女ねぇ……いつの時代の?」

「さあ……記憶が上澄みのものだけでおぼろげじゃ。この地であることは確かじゃが」

 少女は伏し目がちにして答える。

 それは可愛らしい声に似つかわしくない口調であった。


「予知ができるんだっけ?」

 少女はにやりとした。


「先日の地震で式堂にまつられた3体の御神体のうち、1体が破損したじゃろう?」

「どうしてそれを?」

 そもそも式堂に御神体が3体あることすら、一般の民の知るところではない。


「その破損部分をさらに剥がしてみると、かつての丞相じょうしょうの記録書きが隠されておる」

 3人は息を飲んだ。


「役に立つ記述があるかは分からぬが、せっかく修復する機会じゃ、手に取ったら良い」

「アオジ」

「ああ」

 うなずいたアオジは、すぐ丞相らの働く方へ向かった。


 その背中を見て少女は

「これは予言ではないがな。ただ知っていることじゃ」

とつぶやいた。


「それは前世の記憶っていうこと? 予知はどうやって? 今の女王は神が憑依する形で予言するんだけど、あなたは?」

「私は何もしない」

「何も?」

「勘、というか。なんとなくそんな気がすると思って発言すると、それが実現する。まぁ夢にみることもあるがの」


 ナツヒはなんだそりゃという顔だ。


「本当に、本物の巫女なのね!?」

 ユウナギは彼女の小さな手を取った。


「私の代わりに次の女王になる!?」


 そこで間髪入れず、声のだいぶ浮かれているユウナギをナツヒがバシッとはたく。


「なに言ってんだお前」

「だって本物……」

「女王がお前を選んだんだ。そんな簡単に替えられるか」


 歴史上、ふしぎな力を持つ巫女は一時代にふたりと存在しない、というわけではないようだ。

 しかし、女王に選ばれるのは、ただひとり。


「民はみんな私のこと知らないし……」

 ナツヒに鋭く睨みつけられ、ユウナギはたじろいだが、いじけた声で続ける。


「女王の力への信頼にも関わることだけど……国のために……私がこの地位にいるよりは……」


 その時、ふたりの間で退屈そうにしていた少女がこぼした。

「家に帰りたいのじゃ」

「そのあざは、母親につけられたものなんでしょ?」

 ユウナギは彼女の顔をのぞきこむ。


「違う! 転んだだけじゃ!」

「いつどこで? 何回転んだの?」

 そう問いかけながら少女の羽織を脱がせてみた。更なるあざが現れる。


「何度も土手とかで転んだのじゃ」

 ぷいっと目を逸らし頑なになる少女に、ふたりは困り顔を見合わせた。


 仕方がないので、まずは普段の暮らしぶりを聞くなど、雑談を繰り広げることに。



***


 しばらくすると、ナツヒの兄であるトバリがそこに、アオジを連れて駆け込んできた。


 しゅっとした背格好のため高いところにある彼の顔を、ユウナギは下からうっとり見つめる。彼は知性と清潔感のありあまる、20歳の好青年だ。さらさらと流れる短髪で、まなざしに温和な気性が表れ、一見、人の上に立つ者の迫力に無縁そうであるが、これがなかなか手厳しい一面もあるらしい。


 ところで、冷静な彼にしては珍しく興奮している。どうやら少女の言ったとおり、記録の書が見つかった様子。

 まだよく読んではいないが、彼の先祖が書いたものだということは確実で、彼は少女に褒美を取らせたいと言う。


 そこでユウナギはすかさず、少女を客人として自分の屋敷に招くと提案した。


 それに対し、いらぬ、と少女が言おうとしたその時、ユウナギは彼女の口を押さえ、アオジに少女の家へ連絡するよう命じる。

 そして口をふさいだまま、にっこり微笑んだ。


「はい、決まり決まり! しばらくうちで、お、も、て、な、し~~」


 それ以上少女は何も言わなくなった。5歳児を黙らせる大人げない14歳である。




 兄トバリはそこの床几しょうぎに腰かけ記録書を読みだした。

 そのかたわらで4人はまた、雑談を始める。


 さきほど少女は、父親の勤め先に遊びに行き、そこの長老に文字を習い書を読むのが日常だと話した。

 長老は年のわりに賢すぎる彼女を気味悪がったりせず、可愛がってくれるので慕っていると言う。


 しかし話を聞いていくと、同じ年頃の仲間はいないようだ。


 中央の付近にもここらで働く人々の子どもたちが暮らしているので、少女に引き合わせたいとユウナギは思いつく。

 ただ、高位高官の家族以外の、気軽に呼べそうな子どもたちというと、赤ん坊以外はみな働いている。

 せっかくなら大勢の子どもたちを呼んで盛大に遊びたいが、子どもの面倒をみるなら、ある程度大人の目も必要だ。


「たまには定期まつり以外の催しを、強権きょうけん使って開くか」


 ナツヒがぼそっと言った。

 本人たちはすっかり忘れているが、ここにいる者はみな、民にどうとでも命じられる立場にある。


「宴か?」

 早速わくわくしだすアオジ。


「宴は大人のものだからさ。酒を出すのもいいが、あくまで子どもが主役の場に」

「そしたらコツバメに遊び相手ができる?」

 ユウナギも気分が乗ってきた。


 それでも強権を使うのは最後の手段としたい。

 大人たちも駆りだすなら、みなが楽しめる集まりにしたい。大人はまぁ酒があれば、いつでもどこでも楽しいのだが。


「あぁ、俺、前から試してみたいことがあったんだ」

 ナツヒが少しためらいがちに言った。


「なに急に?」

「こないだの地震で、今はどこも家屋の修繕が必要だろ」


 つまり民はこのごろ普段よりも忙しいということ。状況としてはまさに不利。


「だからさ、邑人むらびとたちに、“手持ちの人足にんそくが倍になるかもしれない話があるんだけどさぁ”ってもちかける」

「なにそれどんな話?」


 ユウナギは素直にたずねるが、それを小耳に挟んだ兄トバリは嫌な予感、といった顔。


「なにか競技の場を開いて、それに参加する各々が参加料として出せる人足を用意する。勝負に勝ったら用意した人数分、敗者から人足が借りられる、って決まりにするんだ」

「……?」

 分かっていないユウナギのために、アオジとコツバメも口を出す。


「負けたら借りられないどころか、貸し出さなくてはいけないんだな」


「人足を用意してはじめて参加できるということじゃな。しかし参加料の人数は決まっておらず、多ければ多いほど、勝った時の配当も多くなると」


 おかげでなんとか理解したユウナギ。


「えー? それで負けて必要な人足も失うこと考えたら、私だったら参加しないか、しても少なめにしか出さない」


「しかし多く出せば、その勝負事にかける気合いも変わってくるかもしれぬな」

「そうそう、お前意外と分かるな」

「ええ──??」

 ユウナギはなんでコツバメ5歳児のくせに、と思った。


「こういう話を持ちかけた時、人はどれだけ乗ってくるか試してみたいんだよ」


「まぁ、それで乗り気な邑人むらびとが多ければ、それだけで集まる口実はできるわね。私たちには」

「「「「元手なしで」」」」

 4人の声が揃った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る