第11話 empty chair その二

ーーー

帰国して数週間。『それ』は突然だった。


いや、我が身に降りかかる厄災などいつも突然に仄暗ほのぐらい茂みから鎌首かまくびもたげてやってくるのだと改めて思い知らされた。



「団長殿!団長殿は居られますか!!」


夜半過ぎに現れた騎士団員は、戦火のラッパを吹き鳴らす悪魔の使いの様に血走った目で息を切らして現れた。


「山脈の見張り台より伝令!謎の軍勢がこちらへ向けて進軍中!至急、臨戦態勢を取れとの事です!!」


ロベルト「すぐに出る!馬を持て!非番も準備でき次第参戦しろ!急げ!!」


何が起きた。

『大鬼』どもは炎竜に壊滅させられたはず。わずか数年で再び侵攻出来るはずもない。


くそ!いくら考えても無駄だ。一刻も早く街を守らねば。


そう自分に言い聞かせ終わる頃には既に一振りの剣、一帖いちじょうの盾と化した人馬一体の戦士は、一陣の風の如く駆け抜けていったーーー



篝火かがりびかと思ったそれは地獄の入口だった。

辺り一面に広がる火の手の中から鈍色にびいろを伴い奏でられる剣戟けんげきは辺獄にき鳴らされる狂想曲、あるいは悪鬼の行進曲そのものであった。




「そこの兵!何があった!!」



「敵は…盾に錆色の鉄条…あの紋章は…」


「敵は…」




「旧鉄血騎士団です!!!」



「な……」


「間違いありません!かつて炎竜の戦いで散華した我らが同胞はらからです!!」

「いかがしますか団長!」



ロベルト「……刀だ」

「総員抜刀!!木砲もくほう部隊も発射態勢を取れ!我らが領土を侵すものは何人たりとも敵だ!!迎え討つぞ!」

「我が鉄血は不倒にして不屈!始祖よ!我が鉄剣に御力を与えたまえ!」

「俺に続け!!」



『木砲』

鉄が貴重なこの地方で苦肉の策として用いられた兵器である。

丈夫な針葉樹の丸太をくり抜き、外側を蒸して松脂まつやにを塗った獣皮で包み、荒縄で締めて作る即席の大砲である。

微量の魔素を混ぜた火薬で砲弾を撃ち込む。数発撃てばヒビが入り使いものにならなくなる欠点はあるが、かつて山脈より来たる『大鬼』ども、次いで現れた炎竜を討伐した旧鉄血騎士団の主力砲である。




「木砲部隊、掃射用意!!」

「目標敵先頭部隊!存分に引き付けろ!」

「…今だ!放てぇ!!!」



腹をえぐるような衝撃が戦場に響く。

配属したての新兵は、それが音であることに気付かない程の轟音である。


「弓兵部隊!次いで一斉掃射用意!!…放てぇ!!!木砲部隊は第二射用意を急げ!!」


「報告!敵損害軽微!」


「団長!奴ら我らの戦術ドクトリンをよく理解しています」


「だろうな」

「俺も出るぞ!騎兵部隊!吶喊とっかん用意!!」



「いいか!ナリに騙されるな!旧鉄血騎士団は炎竜との戦いで果てた!あいつらは同胞が鉄血を流し死守した我らが領土を侵す敵である!」

「総員突撃用意!!一番槍は俺が貰う!遅れを取るな!」


「来るぞ!突撃!!!」



いつもそうだった。あぶみを、剣の柄を握りしめる時。景色はその色を失い鈍色の薄い幕で覆われる。


早くに父を『大鬼』との戦で失った。親代わりに育ててくれた叔父上は、騎士団団長の座を拒み、若き俺を陰から盛り立ててくれた。

「いいかロベルト!戦では平時とは何もかもが違う!色覚や嗅覚、痛みは感じ辛くなるぞ!注意をはらえ!」


何故かそんな事を思い出したのは、敵先頭を斬り伏せ、尚迫り来る敵を返す剣で突き刺した時だった。


初陣ういじんの時、握りしめた手から剣が離れずガタガタと震える俺を、優しく抱きしめてくれたのも叔父上だった。


幾度いくたびの『大鬼』との戦場になったこの場所だからだろうか。叔父上との思い出が矢継ぎ早に思い起こされるのは。




鋒矢陣ほうしじんの先頭から異常を察したのはそんな事を考えていた矢先だった。


「団長!コイツらアンデッドですよ!」

「今切り結んだ奴…間違いありません!私の同期でした」

「部下にも動揺が広がっています」


「そうか。やむを得ん」

「一旦前線を下げる!」

「陣形を組み直せ!」



きびすを返す刹那だった。

かつて共に語らった同胞の軍勢の中に「それ」を見つけたのは。


次回 『empty chair その三』

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