第12話 empty chair その三

一際大きな体躯。丸太の様な両のかいな。『大鬼』の角を飾った兜。そして二つ名にもなった『大鬼』も畏怖する『鉄斧』



瞬間。からだが指揮官としての役割を放棄し、その喉は咆哮を喚き散らすだけの獣のそれ、両の目は血走り、額には流れる鉄血が蟒蛇うわばみのような青筋を走らせた。


「叔父上!!!」


「貴様ら!!叔父上に何をした!!!」



征く道を阻害する敵が濁流の落ち葉のようにロベルトの剣戟に呑まれていく。


かつて鉄斧と呼ばれたそれが、異変に気付き体を向け握りしめた二つ名を振るった時には既に互いの間合いであった。


凄まじいまでの剣戟。そして訪れる、戦場にいる誰しもが手を止めて固唾かたずを呑むような幕間まくあいのような一瞬の空白。



ガルバドス「がっはっはっは!!」

「久しく見ない内に大きくなったな!!」


ロベルト「!!」

「私が分かるのですか!?」


ガルバドス「がっはっはっは!勿論だとも!」


ロベルト「では何故!」

「これは一体なにが起きているのですか!!」


ガルバドス「確かにワシは炎竜との戦いで死んだ」

「だが生まれ変わったのよ!」

「鉄斧の凱旋であるぞ!」


ロベルト「ではこの軍勢は!?戦闘を止めて下さい叔父上!!」


ガルバドス「?」

「何を言っておるのだ?」

「我ら真の鉄血騎士団の初陣である!にえとして華々しく散るがよい!」

「さすれば『あのお方』の御力により死人として真鉄血騎士団に迎え入れられるであろう!がっはっはっは!」



ロベルト「な、何を言っておられるのですか!」

「叔父上!気を確かにお持ち下さい!!」


ガルバドス「がっはっはっは!今となってはハッキリと分かるぞ!おかしいのはお前の方だ!」

「我が甥よ!鉄血など捨て去り我が騎士団に来い!」

「む?そういえばワシの体にもとうに鉄血など流れておらぬな」

「真鉄血騎士団などと言っても鉄血など誰にも流れておらぬ!がっはっはっは!」

「篝火…そうじゃ!今宵より『仄火騎士団ほのびきしだん』とでも名乗ろうか!がっはっはっは!」


ロベルト「我らが鉄血を捨てるですと…」

「叔父上…人を…騎士の誇りを棄てたのですか!!」


ガルバドス「ええい!うるさい!ここは戦場!我らは戦士!」

「語らうは無粋!雌雄は両の腕にて決するとしようぞ!」

「推し通るぞ我が甥よ!」


ロベルト「叔父上…」

「最早これまで!」

「我が鉄血は不倒にして不屈!始祖よ!我が鉄剣に御力を与えたまえ!参ります叔父上!!」




戦場に空いた穴。それの意味する所は雑兵の入れぬ剣呑足る戦士の聖域。


一度足を踏み入れればとばっちりを食うぞ。


敵味方入り混じる闇夜の混戦において、このただ一つの共通認識は、たちまち戦場に広がっていった。



重い。受け止める度に軋々ぎしぎしと躰が悲鳴を上げる。

壮年というより老境といった方が当てまるこの肉体のどこにこんな力があるのだろうか。

擦っただけで鎧は火花をまといまるで綿毛の様にはかなもろく散っていく。


『大鬼』が目の前で鈍い音を立て為す術なくひしゃげていく所をすぐ隣で見ていたあの頃。

まるで自分の英雄譚えいゆうたんの様に妹に語っていた『憧れ』


それが今『領土を侵す敵』として眼前に立ち塞がっていた。



随分と前線を押し込まれた事に気付けたのは背後より嗅ぎ慣れた火薬と焦げた木砲の匂いを一際濃く感じたからであった。


陣形も乱され、このままでは軍が瓦解する。


どうするーーー。



その時だった。


「団長!離れてください!!」



目の前で赤い何かが爆ぜた。


いや、正確には全身を巨大な鈍器で打ち据えられた様な衝撃を受け吹っ飛び、それが音であることに数瞬を要したのだった。


煙が晴れてゆき、爆心地には焦げたかたまりが二つ。



全てを悟った俺は小さい方の塊を抱きかかえた。



ロベルト「シドーロ!!!」

「大丈夫か!!!」


シドーロと呼ばれた男「…グフッ…ご無事ですか…団長殿」


ロベルト「喋るな!何故こんな真似を…」

「誰か!手を貸せ!副団長を死なせるな!!!」


シドーロ「…いいんです」

「堕ちたとは言え私の父親…」

「最期は…私の手…で…」


ロベルト「待て…!今助けてやる!」


シドーロ「はは…どうやら私の鉄血は本家より薄いらしいや…」

「団長…いやロベルト…従兄弟として最後の願いです…奴はまだ生きているはず…奴に…父にトドメを…」


ロベルト「シドーロおおおおお!!!」



ガルバドス「…ッガハッ!!」「ゴフォッ!!」

「…おのれ…愚息めが…余計な事を…」


ロベルト「ガルバドス!!」

「貴様!!」


ガルバドス「決斗けっとである!掛かって参れ!!」




ーーー幕切れは一撃であった。

振り上げた鉄斧はロベルトの頬を深く抉りはしたものの己の胸元に穿うがたれた鉄剣をかわす余力は残されてはいなかった。



戦場の悲劇的なエンドロールは瞬く間に勝ちどきに打ち消されて行ったーーー




その時だった。



ーーー「ありゃりゃ?」

「なんだ負けちゃったのか」



聞き慣れた声だった。


「勇ましい事言ってた割に大した事無かったね」

「せっかく起こしてあげたのに」



振り向くな。もう沢山だ。



「全く君は幸運の女神様にでも愛されてるのかね?」



やめてくれ。もう何も失いたくない。



「計画立てる身にもなってくれよお兄様?」



どうして…。どうしてなんだ…。



「フラああああああああンツ!!!!!」



いだ刃に手応えは無く、遙か前方に『アイツ』はいた。


フランツ「おいおい、親友に向かって何するんだよ?」


ロベルト「貴様…何故…いつから…」


フランツ

ーーーねえ?知ってるかい?

魂を抜かれたかばねがなんで生きてる人を襲うのか。


僕たちがそう命令してるからだろって?


まぁ確かにそういうことも出来るけどね。


でも本質はそうじゃない。


彼らは『欲しい』のさ。自分が失った『何か』をね。


生命力、魂、感情、人が形作られる人足る所以の『何か』


それを巧妙に抜き取って囲って縛って捕らえておくのが僕たち『不死人』、『死霊術士』、『ネクロマンサー』


呼び方は任せるよ。君達に仇為す闇の化身さ。


どれだけ生者を貪り喰らおうが自分が失った『何か』が満たされる事など在りはしないのにね。


僕たちはそんな『彼ら』が大好きで愛おしいんだよーーー



フランツ「…答えになったかな?」


ロベルト「…全部嘘だったのか」


フランツ「う~ん。難しい質問だなぁ」

「フランツ君としては全部本心だよ?」


ロベルト「じゃあ何故…何故だフランツ…」


フランツ「う~ん」

「えーっとね、どこから答えればいいのかな」

「そうだ!君の親友のフランツ君ね」



「僕 が た べ ち ゃ っ た ♪」


「おいおい、そんなに怖い顔するなよ」


「まぁ話すと長くなるから今度ゆっくり、ね」




またしても手応えの無い斬擊が虚空を切り裂いた。


フランツ「せっかちだなぁ。答え合わせはまた今度ね」

「また明日、と言えないのだけが心残りだよ」

「それではご機嫌よう」



戦士、戦士だったもの、それ以外の何か。

死闘の終わりは意外と静かに。



次回 『empty chair その四』

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