第5話 番外篇 優しい姉弟(姉)
春、桜が満開に舞い散る、光輝く季節だ。
1年間の浪人生活を経て、僕は晴れて、名門私大の法学部に進学した。主人公の名前、僕は「れい」だ。
「れい!おきないね(おきなさいね)今日入学式でしょう。」姉のさほの声で僕は目を覚ます。今日は、入学式の日だった。
僕は、寝起きがすこぶる悪い。
「眠い。だるいよ。いかんといけんかなぁ、ねえちゃん、やっぱ。」
「そりゃそーでしょう。だいたい、大学手続きとかなんかあるんでしょう。」
確かに、入学式のあとに御茶ノ水に行き大学の履修手続きやら、教科書やら、買わないといけないはずだった。僕はだるいなと思いながらモソモソ起き出し、身支度を始めた。向かうは、まずは武道館である。
何事も動き出すと気持ちが変わるし、何かが頭も身体も動き出す。僕はやっとたしかに目覚めた。
入学式の当日の空気感をなぜか、僕は、はっきり覚えている。
MARCHに属した名門私大はマンモス大で武道館を借りてのたいそうな入学式だった。なんかビックリだった。それまでは、学校の体育館とかでやるのが入学式と思っていたからだである。
東京に出てきて、何事も規模や出来事が大きくなっていくのを感じていた。
当日は、外にでると雲一つない、真っ青な青空だった。
少しだけヒンヤリ冷たい風が僕をふきつける。
心の中には、何かモヤモヤと言いあらわせない期待や不安がうずまき、何かピンと張り詰めた微妙な空気感があった。
桜の花びらが僕の身体や足元にふわふわと浮遊ふゆうしていた。
僕はなぜか、そのとき、スーツを上下を揃えて持っていなかった。
(だいたい学生にスーツなんか必要ないかんなあ。持ってる方が不思議かも)
しかし、ジャケットだけは新品で、田舎の母が買ってくれたものだった。灰色の当時にはモダンな新品でピカピカなジャケットだった。それを単には着たかったのだろう。
しかし、揃いの色のスラックスがない。なぜか、どこから、持ち出したのか全く意味不明に、えんじ色のチノパンを僕は履いた。上は灰色で、したがえんじ色。
エキセントリックなファッションセンスだな。今思えば、かなり笑ってしまう、へんてこりんな、風貌で入学式に参加してた。。
僕は絵が得意だったり芸術家肌だが、こと、なぜかファッションについては、若い頃は全く無頓着むとんちゃくだったのだ。
しかし、その入学式は、なんだが、中高とは全く違う。バカバカしいくらいに形式的な入学式で、参加というよりは、体験、見学みたいな入学式だった。もちろんに名前を一人一人呼ばれもしない。
武道館の1階、体育館にも生徒がいたが、どのように案内で、配列されたか知らないが、僕は2階席の観客席でかなり冷めた感じに入学式を眺めていた。
当時、大学がレジャーランドといわれていたが、何かなんとなく入学式から垣間見たような思いだった。
僕は三人兄弟の末っ子の甘ったれだ。当時、5つ年上の兄、2つ年上の姉が、同時に、仲良く同じ朝霞あさかにある中堅私大で大学生活を送っていた。姉は2つ離れていただけだから、大学生なのは理解できるが、なぜ兄が大学生だったのかというと、何年も留年していたからだ。姉は大学4年生だった。
兄と姉が2人で仲良くかわからないが一緒に、住んでいた。4月に私が進学のため上京してきて、なんと兄弟3人が仲良く共同生活をはじめることになった。なかなか、なかなかにない環境である。
3人が暮らす住まいは、板橋区成増いたばしくなりますにある家賃49000円の2LDKの二階建て木造ボロアパート。1階の右はじの角部屋だった。103号室だった。今にも崩れ落ちそうなボロアパートで蔦が絡みついていた。
はじの角部屋でラッキーだったのは、部屋から外を眺めると小さな6畳ほどの空き地があり草がぼうぼうだったりもしたが、姉と、兄が、角部屋であることをいいことに、勝手にその空き地を私有地に利用して、植物を栽培したり、畑を耕したりしていた。つまりボロいには違いないが、庭付きの2LDKだったのである。
空き地は高台になっており、空き地の真横というのか、真下が、川で、サラサラと川音が聞こえる涼しげな庭だった。
「なんで、私ばっかり料理つくるんかね?今は男女ビョードーな時代よ。」
「うるせえな。じゃ、ねえちゃんが煮物の作り方教えてくれ。」
「だいたい簡単なんだわね。」
「はいはい。」
そんな共同生活だった。兄もいた。
私達の故郷に触れよう。
僕らは、雪国新潟県に生まれた。雪国の冬は、幻想的な真っ白なこんもりとした雪景色が懐かしい。どの家にもツララが垂れ下がる。たくましい氷のつくる自然美には圧倒される。しかしもちろんに寒い。
雪おろしを(除雪じょせつ)をしないと家の屋根は押しつぶされる。雪が積もるから2階の窓を玄関にして飛び降りたりもした。車は雪が少し積もるだけで、走路を塞がれてしまうし、スリップしたりする。雪崩事故だってたまにはある。雪国は一方では残酷で過酷だ。
そんな雪国の話はまた語るとして〜。
自伝的小説エッセイ「御茶ノ水の空は青かった」より。
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