第7話 交わらない告白
「……でかいな」
アレフは地図を見ながらそう呟いた。
ここは大都市。リリィと来たときはあまり見ていなかったからわからなかったが、イミタルの国より何倍も大きい国だった。地図を見ながらアレフは歩く。目的地にまっすぐ向かって。
「ここか……」
十分ほど歩いてようやくたどり着いたアレフは上を見上げる。高い高いビル。アレフはその中に入った。そこには無数の本棚が立ち並んでいた。
そう、ここは巨大な図書館である。イミタルの国の図書館も大きいと思っていたが、こっちの方が全然大きい。この図書館は十階建てで、ジャンルごとに階数が分かれていた。アレフはそこに何日も通い、本を漁りまくった。そして一ヶ月が過ぎた頃、アレフは船に乗り込んだ。図書館で見つけた本を本屋さんで買い、それを読みながらアレフはもう一度コートの国へと向かう。その本を何度も何度も読んだ。
『とある街に魔術師がいた。その魔術師は自分の寿命を伸ばしたかった。しかし一人だけ寿命が違うのは嫌だと思った魔術師は、人々の寿命を変えてしまった。二十歳で成長が止まってしまう種族や十歳しか生きられない種族、百万年生きられる種族など。様々な種族が誕生し、今も尚世界中に散らばっている』
それを読んだアレフは確信した。リリィが呪われていたわけでも、自分たちが普通だったわけでもないのだと。そもそも普通さえ、どこを探してもないのだと。
「僕らが見ていた世界が、狭かっただけなんだ」
そう呟き、本を握りしめる。アレフは覚悟を決める。
「もう、逃げるもんか」
*
もう日が沈みきった頃、アレフを乗せた船はコートの国にたどり着いた。アレフは暗闇の中を歩く。都市の国で買ったパーカーのフードを深く被り、身を隠しながらアレフはリリィたちが住むあの家へと戻ってきた。家の明かりはついていた。起きているようだ。
アレフは深呼吸をして、ドアをノックした。しばらくしてドアが開き、家主であるあの男が顔を覗かせた。男は驚いた顔でアレフに言った。
「なんで戻ってきた……!」
アレフは拳を握りしめた。
「リリィのために。自分のために……!」
男はアレフの身を隠すように家の中に入れるが、不満そうな顔を見せる。
「言ったろ。君はここにいるべきじゃないって」
「でもリリィがここにいる!」
二人の声で、二階で寝ていたリリィは目を覚ました。アレフの声が聞こえ、リリィは静かに階段をおりていく。
「リリィちゃんと君は別の人種だ! 君にとってここは危ない場所なんだよ! 分かってるはずだろ! それなのになんで戻ってきた!」
アレフは覚悟を決めた顔で言った。
「リリィのことが好きだから!」
階段を降りていたリリィの足が止まる。アレフからリリィはまだ見えない。アレフは男に続けて言った。
「リリィと一緒に生きるって決めたんだ! 人種なんか関係ない! リリィが大人になってもおばあちゃんになってもずっと、僕は一緒にいたいんだ!」
リリィの瞳が潤む。階段の途中でうずくまり、俯いた。大粒の涙がポロポロと溢れてくる。お互いの気持ちなんか分かっていた。でもそれを言ってはいけないとお互い思っていたのだ。
寿命が違う二人。リリィの方が早く亡くなってしまうことが明白だからだ。アレフが取り残されることが明白だからだ。二人が結ばれればお互いが悲しい結果に終わる。そのまま別れ、別々の道を歩んでしまえば悲しくならないと、リリィはそう思っていた。
アレフはそんなリリィの意図を知っていた。それでも一緒にいたいと、一緒に生きる覚悟を決めたのだ。
男はため息をつく。
「……君の思いはわかった。でもボクは子ども二人の面倒を見れるお金は持っていない。ボクの知り合いに軍人がいる。そこに紹介することは出来る。軍なら寮生活だしお金も貰える。過酷だけどね。……もちろん、そういう覚悟はあるよね?」
軍人。ということは戦争に行くということだ。戦争に行けば生きて帰れる保証はない。それでも……。
「やります。どんなことでも耐えてみせます……!」
アレフの覚悟はもう変わらない。男はアレフの気持ちを理解した。この日は夜が遅いということでアレフは一階で座って寝ることになった。
翌日。アレフは結局、リリィに「ただいま」も「行ってきます」も言わずに出発した。
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