第4話 飾られた花
「お前……まじで言ってる? こんなボロ屋だぞ」
早くも逃げ出しそうなカイナルを捕まえながら、アレフはリリィに言った。
「みんなでやればなんとかなるよ。ここを綺麗にして、リリィの家にする。……どう? リリィ」
アレフの提案に、リリィは目を輝かせた。
「楽しそう!」
「そうと決まれば早速始めよう!」
「……まじかよ」
面倒くさそうなカイナルとともに、アレフとリリィはまず小屋を眺めた。ドアもないこの小屋。流石にドアをつける技術は誰も持ち合わせていない。そこでアレフはのれんを取り付けることにした。そして一番直さなければいけないのは床や壁。ところどころ木が腐ってしまっていて、ちょっと歩いただけで抜けそうな床。穴だらけで風が吹くたびにミシミシ音を立てる壁と屋根。これではまともに住むことは出来ない。
「……とりあえず、床とか張り替えようか」
必要な材料を家や商店街からかき集め、三人は床を張り替え始める。壁は穴を板材で塞ぎ、接着剤を使って補強する。日が沈むまで作業に没頭し、ようやくまともに住めるようにはなった。
「内装とかはまた明日やろうか。これ、夜ご飯ね。ご飯も僕が毎日持ってくるよ」
「いえ、私もお金は貯めたのがあるので……」
「気を使わなくていいから。そのお金はいざという時にとっときな」
「アレフ、そろそろ帰らなきゃ親に叱られる」
「そうだね。じゃあまたね、リリィ」
そう言い残し、森を駆け抜けていくアレフとカイナル。そんな二人を、リリィはじっと見つめた。さっきまでが賑やかで楽しかった分、一人になってしまったリリィは少し寂しさを感じる。アレフが置いていってくれた毛布に包まり、朝が来るのを待った。
朝になったらきっとまたアレフが来てくれるから。このお日様のような柔らかなにおいのアレフが。リリィはいつしか小さな寝息をたてて眠りについていた。
*
アレフは早朝、家を抜け出した。鞄にお金とパンと水を入れ、森の奥の小屋に向かう。アレフが小屋の中に入ると、毛布に包まって眠るリリィがいた。
「お……かあさん……」
アレフがリリィに触れようとしたとき、リリィはそう言葉をこぼした。眼には一粒の涙が。アレフは隣に座る。
「リリィ、僕は君が……」
そう呟き、アレフは口を閉じた。その先を言うことが出来なかった。寿命の違う二人。結ばれないことなんてわかっている。こんな生活が永遠には続かないと。
「呪い……解けないのかな」
呪いを解くことがこの恋は実る。そうすれば……。
「ん……」
リリィが目を覚ました。まだ開かない目を擦り、アレフをぼんやりと見つめる。そして柔らかな笑みを見せた。
「おはよう、アレフ」
アレフはそのあまりの可愛さにキスしたくなる衝動を必死に抑え、おはようと返した。
「パン持ってきたんだ。あと水も」
「ありがとう」
リリィはパンを一口食べた。
「美味しい」
笑顔で次々とパンを口に運ぶ。その様子に、アレフは微笑む。
「じゃあまた来るよ。……あ、そうだ。暇だろうから本を少し持ってきたんだ。よかったら読んでてよ。面白いんだ」
そう言ってアレフは小説は三冊、リリィに渡した。そしてまた森を走り抜けていく。リリィは本を読みながら、アレフが戻ってくるのを待った。
「この本はどこで買ったのかしら」
なんて独り言を呟きながら、リリィは暇を潰していた。
日が高くなってきた頃、アレフは戻ってきた。大量の花を両手に抱えて。
「どうしたの、これ」
その量に驚きを隠せないリリィ。アレフはにこやかに言った。
「リリィのとこで買ってたお花! これを飾ったら綺麗なんじゃないかなって思って」
バッグから花瓶を取り出し、花を飾っていく。カイナルの家におしつけていた色とりどりの花を。だんだんと彩られていくその空間はまさに秘密基地。リリィは飾り付けをするアレフを眺めながらぽつりと言った。
「アレフのこと……」
「なんか言った?リリィ」
「なんでもないよ」
リリィはふふっと可愛らしい笑みを見せた。それを言ってしまえば、この楽しい時間が終わるような気がしたからだ。アレフは数分で飾り付けを終え、リリィの隣に座った。
「ねぇアレフ」
「どうしたの?」
リリィはアレフに借りた本を見つめた。
「この本はどこで買ったの? あの商店街に本屋さんなんてあったっけ」
「図書館で借りたんだよ」
「図書館? 図書館があるの? 私、図書館に行ってみたい!」
目を輝かせるリリィにアレフは、ははっと笑った。
「いいよ、じゃあこれから行こうか」
「あ……でも」
リリィが暗い顔を見せた。
「みんなが嫌な顔をするかも……」
そんなことないよ、とアレフは言いたかった。だが実際、リリィをよく思わない人がほとんどだ。
「たしか……」
アレフは秘密基地の奥にある、小さな棚を漁った。
「あった」
アレフが取り出したのは薄紫色の布だった。
「これを被っていこう。そうすればリリィだってバレないよ」
アレフは薄紫色の布をリリィの頭に被せた。二人の顔が近づき、リリィの胸が高鳴る。アレフはリリィに手を差し出した。
「行こっか」
リリィは笑顔でその手をとった。
「うん!」
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