第4話 飾られた花

「お前……まじで言ってる? こんなボロ屋だぞ」


 早くも逃げ出しそうなカイナルを捕まえながら、アレフはリリィに言った。


「みんなでやればなんとかなるよ。ここを綺麗にして、リリィの家にする。……どう? リリィ」


 アレフの提案に、リリィは目を輝かせた。


「楽しそう!」

「そうと決まれば早速始めよう!」

「……まじかよ」


 面倒くさそうなカイナルとともに、アレフとリリィはまず小屋を眺めた。ドアもないこの小屋。流石にドアをつける技術は誰も持ち合わせていない。そこでアレフはのれんを取り付けることにした。そして一番直さなければいけないのは床や壁。ところどころ木が腐ってしまっていて、ちょっと歩いただけで抜けそうな床。穴だらけで風が吹くたびにミシミシ音を立てる壁と屋根。これではまともに住むことは出来ない。


「……とりあえず、床とか張り替えようか」


 必要な材料を家や商店街からかき集め、三人は床を張り替え始める。壁は穴を板材で塞ぎ、接着剤を使って補強する。日が沈むまで作業に没頭し、ようやくまともに住めるようにはなった。


「内装とかはまた明日やろうか。これ、夜ご飯ね。ご飯も僕が毎日持ってくるよ」

「いえ、私もお金は貯めたのがあるので……」

「気を使わなくていいから。そのお金はいざという時にとっときな」

「アレフ、そろそろ帰らなきゃ親に叱られる」

「そうだね。じゃあまたね、リリィ」


 そう言い残し、森を駆け抜けていくアレフとカイナル。そんな二人を、リリィはじっと見つめた。さっきまでが賑やかで楽しかった分、一人になってしまったリリィは少し寂しさを感じる。アレフが置いていってくれた毛布に包まり、朝が来るのを待った。

 朝になったらきっとまたアレフが来てくれるから。このお日様のような柔らかなにおいのアレフが。リリィはいつしか小さな寝息をたてて眠りについていた。



 アレフは早朝、家を抜け出した。鞄にお金とパンと水を入れ、森の奥の小屋に向かう。アレフが小屋の中に入ると、毛布に包まって眠るリリィがいた。


「お……かあさん……」


 アレフがリリィに触れようとしたとき、リリィはそう言葉をこぼした。眼には一粒の涙が。アレフは隣に座る。


「リリィ、僕は君が……」


 そう呟き、アレフは口を閉じた。その先を言うことが出来なかった。寿命の違う二人。結ばれないことなんてわかっている。こんな生活が永遠には続かないと。


「呪い……解けないのかな」


 呪いを解くことがこの恋は実る。そうすれば……。


「ん……」


 リリィが目を覚ました。まだ開かない目を擦り、アレフをぼんやりと見つめる。そして柔らかな笑みを見せた。


「おはよう、アレフ」


 アレフはそのあまりの可愛さにキスしたくなる衝動を必死に抑え、おはようと返した。


「パン持ってきたんだ。あと水も」

「ありがとう」


 リリィはパンを一口食べた。


「美味しい」


 笑顔で次々とパンを口に運ぶ。その様子に、アレフは微笑む。


「じゃあまた来るよ。……あ、そうだ。暇だろうから本を少し持ってきたんだ。よかったら読んでてよ。面白いんだ」


 そう言ってアレフは小説は三冊、リリィに渡した。そしてまた森を走り抜けていく。リリィは本を読みながら、アレフが戻ってくるのを待った。


「この本はどこで買ったのかしら」


 なんて独り言を呟きながら、リリィは暇を潰していた。

 日が高くなってきた頃、アレフは戻ってきた。大量の花を両手に抱えて。


「どうしたの、これ」


 その量に驚きを隠せないリリィ。アレフはにこやかに言った。


「リリィのとこで買ってたお花! これを飾ったら綺麗なんじゃないかなって思って」


 バッグから花瓶を取り出し、花を飾っていく。カイナルの家におしつけていた色とりどりの花を。だんだんと彩られていくその空間はまさに秘密基地。リリィは飾り付けをするアレフを眺めながらぽつりと言った。


「アレフのこと……」

「なんか言った?リリィ」

「なんでもないよ」


 リリィはふふっと可愛らしい笑みを見せた。それを言ってしまえば、この楽しい時間が終わるような気がしたからだ。アレフは数分で飾り付けを終え、リリィの隣に座った。


「ねぇアレフ」

「どうしたの?」


 リリィはアレフに借りた本を見つめた。


「この本はどこで買ったの? あの商店街に本屋さんなんてあったっけ」

「図書館で借りたんだよ」

「図書館? 図書館があるの? 私、図書館に行ってみたい!」


 目を輝かせるリリィにアレフは、ははっと笑った。


「いいよ、じゃあこれから行こうか」

「あ……でも」


 リリィが暗い顔を見せた。


「みんなが嫌な顔をするかも……」


 そんなことないよ、とアレフは言いたかった。だが実際、リリィをよく思わない人がほとんどだ。


「たしか……」


 アレフは秘密基地の奥にある、小さな棚を漁った。


「あった」


 アレフが取り出したのは薄紫色の布だった。


「これを被っていこう。そうすればリリィだってバレないよ」


 アレフは薄紫色の布をリリィの頭に被せた。二人の顔が近づき、リリィの胸が高鳴る。アレフはリリィに手を差し出した。


「行こっか」


 リリィは笑顔でその手をとった。


「うん!」

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