第3話 秘密基地

「お花はいりませんかー」


 次の日もリリィは、小さな透き通る声を精一杯出す。それでも誰も立ち止まらない。むしろ遠巻きに眺めたり、冷たい眼差しを向ける人ばかりだ。そんな人達を見つけるたび、リリィの胸の奥がズキンと痛む。そんなリリィに声をかける者がいた。


「リリィ、この花ちょうだい」


 それはアレフだった。アレフはいつもと変わらない表情で、赤い花を指さした。


「あ、はい」


 花を渡してお金を受け取ったリリィは何かを思い出したように小さく、あっと言った。


「ちょっと待っててください」


 そう言い残し、バタバタと店の奥へと行くリリィ。戻ってきたリリィの手には、青い折りたたみ傘が握られていた。


「これ、ありがとうございました。お返しします」

「いいよ持ってて。あげるよ。……それともあれかな、いらないかな?」

「いえ! あっ、えっと……」


 困った様子で傘とアレフを交互に見るリリィ。アレフはふふっと笑った。


「受け取ってほしいな」


 リリィは頬を少し赤らめて頷いた。


「……ありがとうございます」



「……んで、理由わけもなく毎日花を買ってるわけ?」


 カイナルの質問にアレフは恥じらいながら頷いた。その様子にカイナルは呆れる。


「やめとけってんのに、知らねぇぞ」

「分かってるけどさぁ……。……可愛いよ」

「そういうことを言ってんじゃねぇよ」


 カイナルはアレフを小突く。顔を赤く染めるアレフに、カイナルはため息をついた。


「もうお前らの恋がどう発展しようがどうでもいいけどさ……」


 と言って、カイナルは辺りを見回した。


「なんで俺ん家に毎回買った花を届けに来るんだよ!」


 カイナルの部屋には、アレフが買った花で溢れかえっていた。


「だって、僕の家じゃ日当たり悪くて花育てられないんだもん」

「じゃあ買うなよ!」


 的確なツッコミをいれられ、アレフは頭をかく。


「……ったく」


 カイナルは呆れつつも、どこか二人の恋を見守っているようだった。



 アレフが毎日花を買い始めて何週間が経ったある日。花屋の店頭にリリィの姿が見えなかった。


「……今日は休みなのかな」


 リリィがいない花屋で花を買う気にはなれず、アレフは引き返した。公園まで来ると、そこでリリィがブランコに乗っていた。その顔はとても楽しそうには思えず、焦りや不安を必死に拭おうとブランコを漕いでいるようだった。

 アレフがリリィに近づくとリリィもアレフに気づき、ブランコを漕ぐのをやめた。ブランコはもう一台ある。アレフはそのブランコに座った。


「今日は休みなの?」


 リリィは首を横に振った。


「……クビになりました」


 リリィが店頭に立つようになってからお客さんがめっきり減ったらしい。リリィは自分を嘲笑うかのような笑みを見せる。


「私……呪われてるんです。そのせいで両親は死んで、一人になって……バイトも、どこに行ってもすぐクビになって……。……全部……呪われてるからなんです」


 リリィは両眼に涙を溜めていた。アレフはその涙をそっと拭き取った。


「今日は雨じゃないから隠せてないね」

「……すみません」


 リリィは涙を拭う。しかし、次から次へと涙が溢れて止まらない。


「花屋さんの店主のところに住まわせてもらってたんですけど、そこも追い出されて……」


 今のリリィには住む家がない。居場所がない。

 アレフはあることを思い出した。


「ねぇリリィ。一緒に来てよ」

「え……?」



 アレフはカイナルを呼び出し、三人で公園の近くにある森へと入っていく。


「なあ、ほんとにあそこに住まわせるのか? もう随分使ってないぞ」

「だからカイナルを呼んだんだろ」


 だんだん険しくなる道のり。アレフはリリィに手を差し出した。


「ありがとうございます」


 そう言ってアレフの手をとった。アレフはリリィの手を引き、森の奥にいざなう。


「ねぇ、リリィ。これから君は僕らに敬語禁止ね」

「え、いやそれは――」

「だめ、よそよそしいじゃん。僕らはもう友達。わかった?」


 友達。その言葉がリリィにとってどこか温かく、嬉しく感じた。

 五分ほど歩くと、目的地が見えてきた。


「……意外にボロボロだね」

「だから言ったろ。もう三十年くらい放置してたんだから」


 リリィもそれを見つめる。木で出来た小屋なのだが、ところどころに穴が空いている。全体的にツタが絡みつき、まさに廃屋だ。小屋の前まで来たアレフが振り返り、リリィに言った。


「ここを僕らで改装しよう!」

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