第2話 雨の日に気づいた気持ち

 お墓参りを済ませたアレフとカイナルはそれぞれ帰路についた。お城を横目に商店街を通るアレフ。お城の奥に夕日が落ちていくのが見えた。昼間より少し静まった商店街を歩き進める。先程黄色い菊の花を買った花屋はもう閉まっていた。ふと、頭に何かが当たった。それは冷たい粒だった。空を見上げるといつしか真っ黒な雲が一面を覆い尽くしていた。


「わ、雨か」


 そう呟くと途端に強い雨が降り始めた。自分は雨男か、と一人でツッコミをいれながら、アレフは斜めがけのバッグから急いで折りたたみ傘を取り出した。青いシンプルな折りたたみ傘だ。それを差しながらアレフはまた歩き始めた。

 商店街を抜けると途端に薄暗くなる。人気ひとけもなくなり、街灯も視界に一つぽつんと見えるだけ。わき道を通ると公園が見えた。昼間は賑わうこの公園も、日が落ちると誰もいなくなる。それがいつもの光景だ。

 しかし、そんな公園に人影が見えた。傘も差さずにベンチに座る少女。それはあの花屋の少女だった。アレフから見たその少女は、あの時の温かさは感じられず、雨に濡れるその姿には寂しさを感じられた。アレフは少女にゆっくりと近づいた。そして少女の頭に雨がかからないように傘を差す。少女はふっと顔をあげた。アレフは傘を少女に差したままベンチを拭き、隣に座った。


「こんなところで何してるの?濡れちゃうよ」


 少女は茶色い目を丸くした。


「どうして……わ、私に構ったら――」

「?」

「だって私……呪われてるから」


 少女は俯く。雨に濡れてよく分からないがアレフには少女が泣いているような気がした。


「あいつの言ったこと気にしてるの? ごめん、大丈夫だよ。伝染ったりなんかしないよ」


 それでも少女の表情は変わらない。あまり良い扱いを受けてこなかったのだろう。


「……君、名前は?」

「……みんなは私のこと、コートって呼んでます」

「それ本名?」


 少女は小さく首を横に振った。


「本名は?」

「……り、リリィ」

「リリィか、良い名前だね。僕はアレフ。よろしく」


 アレフは傘を持っていない方の手を差し出した。リリィがその手を握ろうとした時、アレフの肩が濡れていることに気づき、思わず手を引っ込めた。


「ご、ごめんなさい。私のせいでアレフさんを濡らしてしまって」


 そう言い、その場を立ち去ろうとするリリィ。


「待って!」


 リリィの手をアレフが掴んだ。


「大丈夫だから。君と……リリィと仲良くなりたいんだ」


 リリィの手は震えていた。アレフは何かを考えるように視線を下に落とす。そして持っていた傘をリリィの手に握らせた。


「これ、あげる」

「え、でも――」

「大丈夫。僕の家すぐ近くだから。じゃ!」


 リリィの手を離し、アレフは公園から走り去った。リリィは青い折りたたみ傘を握りしめる。気温は低いはずなのに頬が熱く、心臓の音がうるさいくらいに鳴っていた。

 一方アレフは三十分ほど走り、ようやく家に着いた。ずぶ濡れで帰ってきたアレフに母親が驚きの声をあげた。


「あんた、傘はどうしたの!?」

「野良猫にあげた!」


 アレフはそう言い、お風呂場に走った。濡れた服を洗濯機に投げ入れ、シャワーを浴びる。全身が脈打つのが嫌でのわかる。壁に寄りかかり、気持ちを鎮める。咄嗟に掴んだ手の感触。震えていたリリィ。潤んだ茶色い瞳。それらがアレフの脳内をぐるぐるとまわる。


「これはおそらく……」



「恋に落ちたぁ!?」


 カイナルはアレフの言葉に思わず大声をあげた。アレフは慌てて、静かにしてよ!と言う。ここはファミレス。大声は周りの迷惑になりかねない。アレフはたじたじしながら顔を真っ赤に染め上げていた。


「おまっ……まさか呪われた少女じゃねぇだろうな」

「リリィって名前だよ」

「名前まで聞いたのか!?」

「だから声がデカいって!」


 アレフは周りに聞かれていないか様子を伺いつつ、昨日のことを話した。公園にリリィが一人でいたこと。咄嗟に手を掴んだこと。傘をあげたことなど。カイナルは神妙な顔になり、言った。


「……これは友達からのアドバイスだ。やめとけ、その恋は実らない」

「でも――」

「気持ちはわかる。でも相手は短命だ。犬や猫に恋してるようなもんだぞ。そのリリィってのがおばあちゃんになっても、お前は愛せるか? 子どもとおばあちゃんの恋が実ると思うか?」


 冷静に諭すカイナル。カイナルの言うことはもっともだった。それでもリリィへの気持ちは止められなかった。

 行き場を失ったアレフの気持ち。アレフはふぅとため息をつき、俯く。


「……どうしよう」

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