Lily
璃志葉 孤槍
第1話 呪われた少女
イミタルには寿命がない。正確に言えば寿命はあるのだがとても長く、まだ誰も寿命を終えたことがないのだ。いわゆる長寿である。
これはそんな国に産まれてしまったとある少女の物語である。
✳︎
この国の中央に聳え立つ大きなお城。そしてそれを囲うように商店街が広がっている。賑やかな商店街にはたくさんのお店が立ち並んでいる。子どもの笑い声、呼びこみの声、人々の楽しげな話し声。響き渡る明るい声。それはこの国が平和であることを表していた。
「お花はいりませんかー?」
そんな平和な国で小さな声を精一杯出す一人の少女。もちもちと柔らかそうな頬を赤らめながら、必死に花屋の売り子をしている。
商店街の一角に建つ小さな家で少女は花を売っていた。透き通るような優しく柔らかな声は、この賑やかさでは誰の耳にも通らない。茶色の長髪を揺らし、赤いワンピースに白いエプロンを身に纏っている可愛らしい少女。
しかし、立ち止まるものは誰もいない。それでも少女は必死に声を出す。
「お花はいりませんかー!」
「これ、なんてお花?」
いつの間にか少女の足元で、しゃがんだ少年が黄色い花を指さしていた。呆然としていると少年が顔をあげる。茶色い短髪のよく似合う優しげな少年。
「ね、これなんてお花?」
「あ、えっとそれは菊のお花です」
「そっか、じゃあこれちょうだい」
少年は立ち上がる。背丈はちょうど少女と同じくらいだった。斜めがけのバッグを漁り財布を取り出そうとする少年に、一緒にいた友達がおい、と耳元で言った。
「何?」
「こいつ、あれだぞ。ほら、呪いの……」
その言葉に少女は俯いた。
「アレフ行こう。母ちゃんが言ってたぞ、呪いが伝染るから近づくなって」
「……」
アレフは己の茶色い瞳を少女に向ける。
「……でも、花が欲しいんだ。とりあえず買わせてよ」
アレフはお金を少女に渡し、黄色い菊の花を受け取った。
「コート! こっち手伝ってくれないか!」
店の奥からガタイの良い男が少女を呼ぶ。
「はい! ……あ、買っていただきありがとうございました」
少女はぺこりとお辞儀をすると店の奥へと入っていった。アレフは友達に連れられ、また商店街を歩き出した。
「呪い……か」
人々は彼女を「呪いをかけられた少女」だと言う。その呪いは「死の呪い」である。彼女には寿命が与えられ、それはイミタルよりもずっと短い。イミタルは百万年は生きられるというが、彼女は生きられても百年ほどらしい。そのためイミタルよりも成長が速く、人々は彼女を気味悪がっていた。
アレフはもちろんその話を知っていた。だが実際、初めて彼女を見た時の気持ちがどうしても忘れられなかった。優しげな瞳、柔らかな声、そして赤い頬。
アレフはその気持ちの名前をまだ知らない。
初めての感覚を噛み締めながら、アレフと友達は墓地についた。この国に唯一ある墓地である。平和なこの国で死ぬ人はほとんどいない。そのため、墓地は一つしかないのだ。
「ヒマリが死んでから三十年だよね、カイナル」
「そうだっけか?オレたちが百二十歳の頃だから……そっか、三十年前か」
アレフはお墓に黄色い菊の花をお供えした。アレフとカイナルは手を合わせる。アレフの脳内にあの日の記憶が甦る。
アレフ、カイナル、ヒマリは幼なじみだ。三十年前のこの日、川で遊んでいた三人に突然豪雨が襲った。アレフとカイナルはその場から逃げたが、ヒマリは増水した川に呑まれ、命を落とした。
「死ぬって……なんなんだろうね」
「死」というものが身近にないイミタルにとって、死が一体どういうものなのかうまくイメージが出来ない。アレフが呟いた言葉に、カイナルは静かに返した。
「わかんないけどさ……悲しいってのは、わかったよ」
「……そうだね」
アレフはふと、少女のことを思い浮かべた。寿命が尽きるというのは一体どのような状態なのだろうか。どのように死んで、どう思うのだろうか。
「死んだら……どこに行くんだろ」
地面に埋められたヒマリは動かなかった。まるで眠っているかのように。
眠っている間、意識は夢の世界に行く。ならば死んでしまった命はどこへ行くのだろうか。死とはどんなものだろうか。
手を合わせている間アレフは考えるが、アレフの脳内に答えは出て来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます