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  案内したのは国王の執務室。恭しく扉を開いて導くと、デオスは速やかに退出して令嬢を置き去りにした。


  「?」


  衛兵が護る執務室に軽やかに踏み込んだリリーは、面会の許可を得ていない。身の程知らずな令嬢は、父親と同じ様に挨拶に頭だけは下げて見せた。


  「セオルは、元気か?」


  「……はい」


  「そうか」


  第四王子であるグランディアが王太子となる前に、第一王子と呼ばれた王太子と同じ年、この国で一番始めに生まれたセオルは王位継承権から身を引いて、旧教会に帰属した。母親の身分の低さから、誰一人止める者は居なかった。


  グランディアの婚約者ではあるが、これ以上用はない。許可無く入室した無礼を、しばらく顔を見ていないセオルの安否を確認した事で不問にしようとした。


  だがステイ大公の娘は、意に介さずその場に立ったまま。そして「国王陛下に、お聞きしたい事があります」と言った。


  書類から顔を上げて姿を確認した。そこには、毅然と国王を見つめる蒼い瞳。


  「右の大公令嬢は大公にも婦人にも似て、とても容姿がよく、勇気がある」


  「お褒め頂き、光栄にございます」


  「命が惜しくないところも、よく似ている」


  グランディアの壮年姿を想像させる、よく似た優しげな風貌の国王。だが放たれた戦慄の一言に、それでもリリーは謝罪も恐れもせずに顔を上げたまま。そして王の放った言葉を否定した。


  「いえ陛下、私、命はとても大切にしています」


  「?」


  「必死に生きています。だって、次の世に行く事があるとしても、もう二度と、ここに居る皆様と会えない事を知っていますから」


  「……」


  「とても大切なのです。だから現在いま、私が出来る事だけは、やっておこうと思うのです」


  「……ならば、その決意とは?」


  「国王陛下に申し上げます。奴隷とは、温厚篤実から、一番遠い所にあると私は考えているのですが、陛下のお考えを伺いたいのです」


  穏健、慈悲深いと一般的には称されるスクラローサの国王。それを真っ向から否定した少女を、感情の無い瞳が見つめた。


  「令嬢は奴隷制度に反対か?」


  「はい。とてもよくないと思います」


  「ならばそれは、私の前で頭を下げないと言ったのだな?」


  「……?」


  「心に留めおく。下がるといい」


  再び深くお辞儀を見せて、国王の執務室を退出した。案内人の居ない、来た道のりを引き返して歩き続けたリリーは、不自然に手にしたままのケーキの箱に気がついた。



 **



  「どうした? いやに静かだな?」


  笑顔は無い。押し黙る妹を覗き込んだメルヴィウスは、白状した内容に驚愕した。


  「王に意見した!?」


  「そもそも何故、王に謁見出来たのだ?」


  この内容はグレインフェルドも放置出来ず、呼び出しに項垂れる妹を厳しく問い質す。


  「お城で案内してくれた人が、そこが王太子殿下のお部屋だと言ったのよ」


  「……」


  犯人は、境会の者だと直ぐに分かったが、そこから何故リリーが王に諫言する事になったのか。


  「初めはね、何故か陛下にセオルが元気か聞かれた」


  「!?」


  「だからハイって答えたわ。その後に無言になったから、良い機会だと思って奴隷に関する質問をしてみたのよ」


  人の生き方に疑問を投げ掛ける。リリーの幼少期からの懸念が王に向けられた。それにメルヴィウスは頭を抱えたが、グレインフェルドは別の事を考える。


  そこで伝令から急ぎの報告か入った。


  「父上が、国王陛下に呼び出された?」


  「この時期に!?」


  東のトイ国が国境付近でおかしな動きを見せる中、ダナー・ステイ領内はそれを警戒して、東の国境を護るパイオド領とデオローダ領の一部の民の避難を開始している。


  その最中に、指揮を執る大公が王に呼び出され王城に召喚された。


  「まさか、私が国王陛下に質問をしたから? お父様が、呼び出されたの?」


  青くなったリリーだが、二人の兄は足早に居間を出る。


  「リリーの不敬罪? 兄上、そんなわけないよな?」


  「それは何とも言えないが、嫌な予感がする」


  「どう考えたって、そのが怪しいだろ! 境会アンセーマの仕業だ!」


  「そう、境会アンセーマだ」


  会議室に向かう廊下、足を止めた兄の背にメルヴィウスはぶつかりそうに仰け反った。


  「王は、リリーにセオルの事を聞いたのだ。何故だ?」


  「セオルは、一応王子だからだろ?」


  「そう、表向きは第二王子だが、第一王子である元王太子と同じ年、むしろ先に生まれている」


  「だけど母親は家格の低い侍女で、王太子には相応しくなかったから二番目にされた。第一王妃よりも好みだった侍女に手を出した、よく聞く話だ」


  「その家格の低い侍女が、今は奴隷とされる旧王族エルローサの民の血を薄く引いている」


  「確かに、それは俺も驚いたけど。エルローサを隠してる者は他にもけっこう居そうだよな」


  「侍女を気に入ったなどではない。を王がとすれば?」


  「え?」


  「奴の動機は昔から不審だった。自分の身を護るために、たった六歳で全てを判断し、継承権を放棄して母親と繋がりのある旧教会へーレーンに帰属した」


  グレインフェルドの言葉に、メルヴィウスはある事を思い出した。


  「エレクト、メイヴァー、二人の報告によると、王警務隊は境会アンセーマではなく、俺と同じ旧教会へーレーンの術士の強い魔除けを刻んでいるって…」


  「リリーの世話係りになる事は、王族よりも先に、右側われらから命を奪われる危険性だってあったのだ。それを、幼いセオルが志願した動機は?」


  「…………まさか、奴隷の身分である、第二王妃ははおやを護るため?」


  「奴は、と言ったのだ。ダナーわれらが調べる前に、フェアリオの事をと」


  ーー「境会アンセーマが再び聖女を召喚したようです」


  「境会アンセーマの内部用語を知っていたのか!?」


  ーー「次は、フェアリーオーでしょう」


  「セオルは、境会アンセーマと繋がっている」


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