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  突然のフェアリオの接触に、立ち去った姿を注視する。メイヴァーは、対応した妹を見下ろした。


  「なぜ境会アンセーマのフェアリオが、それを伝えに来たのだ?」


  「私もそれを質したのですが、今、彼女は殿下の雑務を担当しているそうです。王太子殿下は会いたがっているけれど、職務が忙しいため時間が取れず、姫様に来て頂きたいとのことだと」

 

  「さすがに、来てと呼ばれているのに、私が顔を出さないわけにはいかないわよね」


  「「……」」


  メイヴァーとフィオラの兄妹は、余計な事をすると内心でグランディアに苛立ち、鋭い視線を交わした。



 **


 

  境会の大聖堂。その登頂から天を突き刺すように空に浮かぶのは、国を護る結界の紋章。薔薇色の三叉の矛は今は淡く薄く、今にも消えそうに霞んで見えた。


  『祭司様、伝えてきましたよ』


  見上げていた空から、耳障りな異音に振り返ると、異物オーが走り寄ってきた。


  『この後、どうするのですか?』


  「貴女は何も。後は令嬢が、陛下の元を訪れるのを待つだけです」


  『国王陛下に会うのですか?』


  護衛を伴う事が出来ない王宮に、ダナー家のリリーがやって来る事はないと思っていた。だがここに来て、グランディアと近付き関係を深めている。


  リリーが単身で登城するのなら、そこに令嬢の失敗を手引きするだけでいいのだ。


  右側ダナーの令嬢を不幸に導く忌み事は、本来はある祭司に任されていたのだが、度重なる失敗により、灰色の外套祭司全体の責任となっている。


  「今この時期、陛下はとても張りつめておられる。そこで約束も無しに、大公令嬢が婚約者という立場をふりかざし、王太子殿下の部屋と陛下の部屋を間違えて乗り込んで行けば、どうなると思いますか?」


  巷で噂される不仲説は、どちらかが乗り気ではないと二分した内容。だがこれに、リリーが境会の聖女フェアリオに嫉妬して城に乗り込み、更に部屋を間違えて国王に叱咤されたという大きな醜聞が作れる。


  『……あの、私は陛下にご挨拶、行かなくてもいいんですか?』


  「聞いていましたか? 今の話を」


  『はい。聞いています』


  フェアリオは反抗的ではなく従順だが、他の異物と同じく話が噛み合わない事がある。それに灰色の外套の祭司は軽い苛立ちを飲み込んだ。


  「令嬢は右大臣の娘でもある。そう簡単にはいかないでしょうが、彼女の出方次第で、右側ダナーに傷を負わせる事も出来ます」


  『でも逆に、気に入られる事とかあるかもしれませんよ』


  「この時期にそれはありません。陛下は常に苛立っておられるから。右大臣でも防ぎきれず、令嬢自身に罪を科す事も出来るかもしれない」


  フェアリオは『なるほど』と話を合わせた顔をした。魔法の干渉で少女の顔は何かと重なり、二重にぶれて気持ちが悪い。


  『ならリリー様が、婚約破棄したいとか、陛下に言ったらどうなりますか?』


  「陛下が決めた施しを拒絶するのです。それは大変に気分を害するでしょう」


  『リリー様、死刑とかもあり得るんですか? 可哀想』


  「?」


  それは願ってもない事ではあるが、王とはいえ余程の理由がない限り簡単に右側ダナーの娘の命は取れない。


  最高刑を気軽に口にした異物を見て、祭司の男は気味が悪くなった。


  『そういえば、聞きたいことがあるんですが』


  「何ですか?」


  『祭司様の中に、エクリプスって名前の人は居ますか?』


  「エクリプス?」


  『はい。エクリプスさんです』


  真摯に答えた異物を見て、問われた祭司は首を傾げた。


  「我々、この灰色の外套を纏う祭司は、全員エクリプスです」


  『え? 嘘、そんな、あれ? 名前ですよね? おかしいな?』


  「私はデオス・ジョイ・エクリプスです。祭司は、等しくエクリプスの姓を名乗ります。お探しの者の名か、境会アンセーマ名は?」


  『境会アンセーマ名??』


  「名が分からなければ探せません」


  祈祷の時間だと、首を傾げる異世界の少女を置き去りにデオスはその場を立ち去ったが、ふとある者を思い出した。


  (そういえば、には名が無いと噂があったか?)


  他の祭司とは違い、高貴な血を継げずに生まれた憐れな者たち。その末裔である祭司の姿を、デオスは数日見ていなかった。


 

 **



  「長居はしない。ご挨拶だけして、これを渡したら直ぐに戻ってくるわ」


  「お気をつけて」


  フェアリオからの言付けから翌日、不安げな表情かおのメイヴァーを残し、リリーは王宮の回廊を進む。


  「ご案内致します」


  何処からともなく現れた従者に、リリーはこくりと一つ頷いた。


  普段は灰色の外套を被っている。今は美しい従者として装うデオスは、内心でほくそ笑んだ。


  「ここでお待ち下さい」


  まずはリリーを待合室に案内し、デオスは国王の執務室の前に待機する衛兵に声をひそめた。


  「お約束はありませんが、ステイ大公令嬢が、どうしても国王陛下にお取り継ぎ願いたいそうです」


  右と左の直系血族は、蔑ろに扱う事は出来ない。不文律に従った衛兵に開かれた扉、そこにリリーは、右側ダナーの強い権力を発動し、王の許可無く踏み込んだ。

 

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