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  「宜しくないわ」


  問いかけにリリーは即答で返した。アエルは言い放たれた言葉に、重い外套の肩を竦める。


  「取り調べにご協力頂きます」


  「ここは学院ではないから、不可侵領域権は無いとお考えなのかしら?」


  「とんでもない。右側ダナーの方には、一切手は出しません。たとえその手に触れたくとも」


  リリーではなく、テーブル横に立つナーラから殺気が飛んだ。だがそれも、アエルは飄々と受け流す。


  「見てお分かりになる? 私たちはとても大切な用事がある。日を改めて頂けるかしら?」


  「王命により、ご協力頂きます」


  「……」


  この場を支配する大公令嬢じぶんの言葉にも従わない。その様子を少し見つめたリリーは、手にしていた匙を口に運んだ。


  「?」


  蒼い瞳は、正面に立ったアエル達を見据えたまま、次々に手は動いて、目の前の甘味の山を崩していく。


  調査に同意はしていない。リリーは王警務隊を放置して、優雅にお茶を始めた。


  「……」


  鉄面を誇る王警務隊だが、これには困惑に顔を見合わせた。だがアエルだけは目を細めて笑う。


  踏み込んだ王警務隊をそのまま放置し、場を無視して進んだ時間。パフェを食べ終えたリリーはお茶を一口飲み、テーブルナプキンで口を押さえると、再びアエルを見上げた。


  「それで? ご用は何だったかしら?」


  「お時間を頂きありがとうございます。では」


  充分に侮辱された。だがアエルは微笑んだまま、リリーの隣に座る少年に目を向ける。


  「は、ダナーの物ですか?」


  「?」


  目を見開いたリリーに対し、ファンは緊張に全身を固めた。ローデルートとエレクトは目を合わせ、ナーラはリリーのすぐ隣に移動する。


  「どれのことかしら?」


  「購入証明を確認します」


  奴隷は、買い手が決まると背に家紋の焼き印を押される。アエルの合図と共に二人の警務隊がファンに向かって歩き出した。


  軍靴が床を踏み鳴らす。徐々に近付く恐怖の音に、ファンはギュッと両目を閉じた。



  「王警務隊は、邪魔をしに来たのですか」



  思ったよりも低い声。冷ややかな声の主を見て立ち止まった警務隊の二人は、その姿に困惑した。


  「私をご存知ではありませんか?」


  今まで静観していたアーナスターは、凝視していたファンからテーブルの前で立ち止まった警務隊員に目線を移した。


  金色の眼に睨まれた二人の間から、進み出たアエルがアーナスターを笑顔無く見下ろす。


  「貴女の様にお美しい方ならば、記憶に無いはずはありませんが?」


  「アーナスター・ピアノ・ナイトグランド」


  「??」


  声の低い女だと思っていたが、名乗った家名に改めてその姿を確認する。


  黒髪、金色の瞳、褐色の肌。どれをとっても、それはナイトグランドの特徴に当てはまる。


  「まさか」


  女装癖があるとは思っていなかった。アエルは、それが本人だとようやく理解した。


  「私は、奴隷それの管理者です」


  目線は再び、身を固めたままの少年に戻る。


  「ではつまり、」


  「そう、この大切な場を、貴殿方に台無しにされています」


  「…………」


  乗り込んできた王警務隊に不満を表し、今も憮然とアエルを見つめる大公令嬢。ここでアエルは、リリーの言葉を思い出した。


  ーー「見てお分かりになる? 私たちはとても大切な用事がある。日を改めて頂けるかしら?」


  奴隷に興味を持つダナー大公令嬢が、姿隠しの術を使い、違法に奴隷を隠し持っている。そう思ってここに踏み込んだ。


  だがそこに、商人が在席する。


  (苦し紛れの足止めにしては、確かに、妙に落ち着いていた)


  甘味を食べ続けたリリーに、令嬢に甘味を用意され、それを食べずに見つめるだけの奴隷。


  アーナスターは逡巡するアエルを見て、白けた場に軽く溜め息を吐いた。


  「今回、成立しなかった場合、王警務隊そちらに 損害賠償を求めるべきか考えています。何しろ、邪魔されたことは初めてなので」


  「!」


  思ってもいなかった展開に、この情報を掴んで乗り込んで来た隊員は青ざめる。


  「個人への請求となるか、部隊への請求となるか、それは事務局に確認してみます」


  奴隷売買の交渉の妨害。


  貴族でも想像を絶する王都奴隷の金額。そしてその損害を賠償しろと告げられた。これに王警務隊は、商品には触れずに一歩身を下げる。


  表情を消したアエルは目線を少年からアーナスター、そしてリリーに移した。今も剣呑と見返すのは、強く輝く蒼い瞳。


  「大変失礼しました。……行くぞ」


  言葉だけの謝罪を残し去っていく。武装した警務隊が店の玄関から出た事を窓から確認すると、セオルはようやく緊張から解放された。

 

 

 

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