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  「よければ、お時間あるかしら?」


  断る理由がない。誘われるままにリリーと伴にしたアーナスター。だが店先で待つ者たちは、一斉に彼のドレス姿に注目した。


  エレクト、ローデルート、セオルは怪訝な顔でアーナスターの姿を観察し、ナーラは、そのドレスがリリーの色違いであることに気付いて、内心で悪態を吐き捨てる。


  「アーナスターさんもご一緒するわ」


  この言葉に、護衛たちはそれぞれ顔を見合わせ、セオルは一歩前に出た。


  「リリー様、それは…」


  「大丈夫よ。お時間はあるの」


  笑顔のリリーに押しきられたセオルは、口を開けて蒼白になっている少年を見下ろした。


  (アーナスター? 女の人のドレスを着ているけど、アーナスターって、確かナイトグランドの…)


  奴隷商でもあるナイトグランドギルド。


  姿隠しの術を使ってはいるが、リリーの背後、アーナスターの金色の瞳はファンをじっくりと見つめている。


  「こちらはナイトグランドのアーナスターさん。そしてこちらは、私の新しいお友達のファンくんよ」


  「……」


  「……リリー様の、お友達ですか」


  食い入るような目でファンの全身を見ていたアーナスターは、リリーの紹介に少年から目線を外した。


  「そうよ!」


  嬉しそうなリリーを目にし、アーナスターは同じ様に微笑み返す。


  そして遠巻きにこちらを見つめる周囲に気づいたリリーは、硬直する少年の背中を押して喫茶店の中に入って行った。


  珍しく街中で屯するダナーの者たち。それを見ていた通行人は一人二人と足を進めてその場から離れて行くが、一人の男は裏路地を走り抜け、警務隊の派出所に入っていく。


  私服隊員から報告を受けた王警務隊の一人。たまたま派出所を訪れていたアエルは、外套に手をかけるとにやりと笑った。


  「またリリエル・ダナー大公令嬢か。俺たちは、やはり縁があるらしい」



 **

 


  「これは、あまりよくない状況だ」


  表情には一切出さないが、緊迫し顔を見合わせる。喫茶店の一室を貸し切り外と内を警護しているが、大きな不安材料はまさに目の前にあった。


  護衛たちとセオルの見つめる座席には、甘味に喜ぶリリーを挟んで、今もアーナスターはファンを見つめている。


  「気付いているだろうか?」


  「……姿隠しの術は、メルヴィウス様やオウロの連中の様に、それを見破る魔除けを身に刻まないとわからないはずだ」


  「確かに、今は彼の本来の特徴とは全く異なりますが」


  エルローサの者に見られる緑の色彩。しかも王族は、特徴的な翠色を宿している。今は隠しているはずだが、国が認めた奴隷商人である、アーナスターの目付きが気になった。


  それを遮るのは、両手に大皿を乗せた店員。

 

  コトリとテーブルに置かれたのは、焼き菓子や生クリームが盛り付けられた大きな皿が二つ。アーナスターは喜ぶリリーを見つめていたが、そのリリーは、自分の皿から一匙すくうと、それをファンの前に突きつけた。


  「はい、あーん」


  「!!」


  「え?」


  何のことかと訊ねたファンの口に、サッと匙は差し入れられた。


  「!!!」


  目の前のアーナスターに、細心の注意を払っていたファンだったが、口に広がる甘味、突然の驚愕が、じわじわと染み渡ってくる。


  「美味しい?」


  鳥の雛の様に給餌された恥ずかしさと、それを行った人物の嬉しそうな笑顔。


  「……」


  美味しさなど全くわからない。赤面に冷や汗を流していると、先ほどよりも、アーナスターの金色の冷たい目線が突き刺さる。


  口の中の物をようやく飲み下したファンだったが、ふと見ると、あろうことか、リリーは少年の皿に自分の匙を伸ばし始めた。


  下町ではよく見る光景。それは、庶民の恋人達が買い食いで味を確かめ合う行為。


  「???」


  ファンの皿に匙を伸ばすリリーの姿は、アーナスターの理解の範疇を超えた。目の前で何が起きているのか、解らなくなるほどに頭が混乱していく。だがその時、外が騒がしく動き始めた。 


  ーーガチャガチャ。


  「グラン様、王警務隊です」


  部下の報告にローデルートが階下を見ると、武装した王警務隊がこちらに真っ直ぐやって来る。


  先頭に立つ男は、警務隊には珍しく表情を崩して口の端を上げた。


  「王命により、調査をしています。ご協力を」


  許可無く音を立てながら乗り込んできた王警務隊に、店の者や客達は恐々と隅による。


  二階に用意されるのは貴族専用室。階段を上がり、立ち塞がったダナーの騎士たちに笑顔で慇懃に会釈する。だが肩を押すように通り過ぎると、次々と並ぶ扉を開け放ち、そして最後に、景観の良い特別室にたどり着いた。


  ーーガチャッ。


  「これはこれは、こんな所で出逢うとは、運命を感じますね」


  押し付けがましい男の声が、洗練された室内に響き渡る。



  「ご一緒しても、宜しいですか?」


 

 

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