59
グレインフェルドが教会を出ると、入り口にはセオルが立っていた。
「
「……」
「次は、フェアリーオーでしょう」
再び動き出した不穏。だが解決策はまだ無い。グレインフェルドが教会を後にすると、反対側から黒の馬車がやって来た。
(……あれは)
セオルが停車する馬車を見守っていると、扉を開けてこちらを覗いていた少年が、何かに気づいて背伸びをする。
「あれは、またダナーからのお客様ですか?」
「セオ!」
こちらに向かって片手を上げた美しい黒髪の令嬢を見て、扉から身を乗り出したファンは、赤い瞳を輝かせた。
「あの方は、まさか、グレインフェルド様の妹君なのでは?」
華美ではなく、落ち着いた刺繍の薄紫のドレスを纏い、初夏の日差しを避けるためにストールを肩にかけている。セオルを呼び止めたドレスと同じ色の長手袋は、今はローデルートの差し出した手をしっかりと掴んでいた。
「……はい。そのようですね」
「では、セオル殿が命を救いたいと想い願う、姫君ですね!」
「……」
子供の率直な言葉に、どうしたものかと口ごもる。曖昧に頷いたセオルを見て、ファンはうんうんと笑顔で頷いた。
「ごきげんよう」
「黒の安息に、感謝致します」
二人の挨拶を、遠慮のない赤い瞳が見つめている。それを見たリリーが一瞬怯んだ顔をしたが、笑顔の子供につられて口もとは微笑んだ。
「あなたがリリー?」
ダナー家の令嬢を、分別の無い子供が呼び捨てにした。だが護衛騎士頭である三人は頷いたセオルを見て、リリーを教会に向かわせた真の目的であると沈黙する。
「?」
「私はファンです!」
礼拝のために教会を予定に入れた訳ではない。ここに旧国の王族が居ると聞き、グレインフェルドは予定を変えて挨拶に訪れた。
弟であるメルヴィウスは自領に戻ったために来られなかったが、妹であるリリーには内容を知らせずに、自然な顔合わせを装い行かせた。
アイファンス・イル・エルローサ。
旧王国エルローサの正統なる王族。
現王国のスクラローサが台頭する以前、エルロギア神に仕え、神獣と共に魔力を用いて国を護り続けた王族。
「よろしくね、ファン。年齢は、……六歳くらいかしら?」
「今年七歳になりました」
「あら、私も十七歳になったのよ」
スクラローサ公国による侵略戦争に負けたエルローサ王国の者達は、今も見つかれば奴隷として自由を奪われる。
複雑な気持ちで笑い合う二人を見つめている者たち。だがふと振り返って喫茶店の場所を確認し、「そうだ!」と言ったリリーに、ナーラは喉まで出かかった「駄目です」という言葉を、寸でで止めて飲み込んだ。
**
支払いを渋る顧客の家に乗り込んで、次々に回収して質の悪いものとは縁を切る。
「次代、残りは少し遠いので、我々だけで回ります」
「そうですか。なら回収物の両替も、全てまとめて納金して下さい」
頭を下げて立ち去った部下たち。裏通りから表通りに出たところで、商店街に珍しい宝飾を見つけて立ち止まった。
ぼさぼさの毛玉に、目の様な点が二つ付いている。そして鎖飾りでぶら下げることから、何かの装飾かと注目した。
(聖なる魔除け? ……ああ、
とても売れるとは思えない、何の生き物か不明な魔除け。実際に買う者はいなく、見せ硝子の隅に追いやられていた。
「アーナスターさん!」
「!!」
突然の声かけに、アーナスターは息が止まるかと思った。なんとか声の主を振り返ると、商店街では一際浮いている、黒の護衛を供にする少女の姿。
「やっぱり」
二人の間の通行人は、波が引くように割れていく。遮るものが無くなって、アーナスターに歩み寄ってきたリリーの頬はほんのり赤く染まっていた。そして、スカーフを留めた自分の襟元のブローチをさりげなく指し示す。
「……それは、」
淡い灰色の上品なスカーフを留めるのは、アーナスターが贈った神獣のブローチ。
通じた想いが胸にグッとせり上がり、それは涙に変わりそうになった。
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