62


 

  「学院だけではなく、外でもあんな事をしているのね」


  大切な時間に水を差した。リリーはそれに眉をひそめる。

 

  「結局、あの方たち、何を調べに来ていたの?」


  「?」


  「気になっていたの、ずっとファンくんのパフェを見ていたわ」


  「??」


  「購入証明とか言っていた。『レシート』見せてって確認?」


  興奮したリリーが何かを言ったが聞き取れなかった。未だ硬直が解けないファンを前に、リリーは少年と目の前のパフェを見比べる。


  「まさか本当に、ダナーうちが支払いをせずにパフェこれを食べているのか確かめに来たの? 心外だわ、信じられないわ。これをお兄様たちが知ったら、想像出来ないわ」


  「姫様…、」

  「……」


  リリーの憤懣にエレクトは目を瞑り、ローデルートはいつもの事だと微笑んだ。


  (勘違い……?)


  初めて見るリリーの姿に呆気に取られるアーナスターは、令嬢の背後、王警務隊よりも鉄の表情の侍女を見た。そしてプッと笑いが込み上げる。


  「どうされたの?」


  「いえ、パフェではありませんよ」


  「そうよね? そんな訳はないと思いたい。もし私の休日のパフェに文句を言いに来たのなら、それこそ彼らの存在意義を、お父様から国王に進言してもらうわ」


  (……)

 

  初めは冗談かと思ったが、三人の護衛たちの苦々しい顔に、それを本気か計りかねる。だが自分を見つめる金色の瞳に気づいたリリーは、突然にっこり微笑んだ。


  「今日は、とてもお声が出ているわ。先程は、アーナスターさんが追い払ってくれた様なものよね。やっぱり、商人ほんしょくの方はおかしな言いがかりにも対応が素晴らしいわ」


  「!」


  賛辞と美しい笑顔に、アーナスターは赤面して俯いた。そしてリリーとの出逢いに集中出来なかった理由、今もぎこちない少年に目を向ける。


  「……王警務隊かれらは、奴隷に関する調査で来たようです」


  アーナスターの視線に気付いて、再び身を固めたファンだったが、「そうだ!」と言ったリリーに驚いた。


  「そういえば、アーナスターさんのお家では、奴隷を扱っているのよね?」

 

  「……はい。現在は、規模は縮小されていますが」


  なんでも手広く行っていた、兄のグラエンスラーの事業の一つ。アーナスターはそれを積極的に引き継いではいない。


  我が物顔でこの場に乗り込んできた王警務隊とも、顔の広いグラエンスラーはやり取りをしていた。今も残る兄の功績に気分が沈んだが、そんなアーナスターに、再びリリーは問いかける。


  「縮小ということは、売り上げが減っているからなの?」

 

  「一概には言えませんが、昔ほど需要はないと思います」


  「……なら、奴隷を扱う事を、やめる事は出来ないの?」


  「?」


  思ってもいなかった言葉に、アーナスターは何の事かとリリーを見つめた。目線の端では、同じ様にファンも顔を上げてリリーを見ている。


  「百害あって一利しかないというなら、やっても意味がないわよね?」


  「奴隷の取り扱いに、反対ですか?」


  「そうね。彼らが奴隷にならない、普通に暮らす権利が必要だと思う」


  「……」


  いつの間にか解けていた緊張。ファンは、奴隷を語るリリーを見つめる。


  聞き終えたアーナスターはリリーの真摯な様子を見て、思いは汲んだが現実を告げる事にした。


  「うちが辞めたとしても、別のものが始めるでしょう」


  「でもアーナスターさんのお家は、王都では一番の商家よね? そこが利益が見込めないと手を引けば、誰しもが損をするって思うはず」

 

  「これは、王が許可している事業なのです」


  「国王」


  「はい」


  最近、ダナー家のグレインフェルド名義で奴隷が多く購入されている。その目的が、リリーのためであるとアーナスターはこの内容で確信出来た。


  グレインフェルドは、王命に背かず奴隷の命を助けている。その意図を理解したアーナスターは、リリーの理想に更に現実を突きつける。


  「うちで取り扱いを減らす事は出来ますが、完全に手を引き、裏で別の国への流通が増えれば、それこそ奴隷かれらの痕跡も追えなくなります」


  「……でも」


  「王命が取り消され、根絶とならない限り、ナイトグランド我々が管理する今は、最善かと思います」


  「人として、善い事ではないのよね」


  テーブルの上に広げられたアーナスターの両手。


  「商売に善悪は関係ありません。右も左も、光も闇も関係ない。重要なのは利益だけです」


  それは左右同時に握られる。


  「一利しか出ないのに」


  「目先の利益ではありません。王に従うその一利は、後で大きな利益と変わるのです」


  「……」


  リリーに言い聞かせる様に語ったアーナスターだが、それを聞いていたファンは、飾り付けられた甘味に力無く目を落とした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る