リリー30 (十六歳)



  『ごめんごめん、今日は人にぶつかる日みたい』


  結論から言うと、私とぶつかりそうになったその人は、ゲームの主人公だった。


  冷静でしょ?


  あの後、ピアンちゃんのニューフレンズフェアリーは、一方的に弾丸トークを繰り広げ、私はずっと圧され気味だった。


  お互い初対面なのに、こんなに一方的にしゃべる人って居るんだなっ…て。


  そしてこれと比べたら、私がグーさんに披露する弾丸トークは、全然弾丸トークではなかったよね。


  『じゃーねー! 悪役頑張ってー!』


  見た目はけっこう上なのに、明るく言って学生みたいに走り去ったおば…お姉さん。


  しかもこのお姉さん、前に会ったフェアリーエル・クロスさんと、全く別人だった。


  前の主人公、主人公じゃなかったのかも。


  だってお姉さん、自分が主人公ヒロインだって言ってたし、悪役わたしに対してアドバイスも色々くれた。


  「…………」


  通り過ぎた嵐。お姉さんが残した爪痕を確認。


  いろいろ衝撃過ぎて、キャッチ出来ずにこぼれ落ちた内容を拾い集めないといけない。


  お姉さんから私に対するアドバイス。


  奴隷、富豪、オサッン、キモイ…。


  買われる、エロい、モラハラ…。


  奴隷……?


  繰り広げられたトークの中に、私が奴隷になる的な、そんな内容が含まれていて、ショックが強すぎて、今もまだ、ぼんやりマヒしてる。


  『しかもに近寄らない方がいいって、言ったよね?』


  あの子って、誰なの。


  あの子って言われたら、こっちは隣のあの子しか思い浮かばないんだけど。


  謎のあの子を残して、言うだけ言って、嵐のように去っていった主人公…?


  本当に? 前のフェアリーエルさんが間違いで、今の人が正解なの? それとも、フェアリー、まさか、二人居るとかないよね?


  そんな馬鹿な、あるわけない…よね?


  「……」


  立て続いたストレス。黒色達への授業をサボった言い訳も、全部すっかり飛んで行ったので、取りあえず教室に戻ろう……。


  ん……?


  おっと、気配もなく、傍に教師が立っていた。


  もちろん私は右側ダナーのリリエルなので、ここは教師にだってペコペコせずに目線で挨拶だけ。


  「……」


  灰色のローブ、黒っぽい髪、黒っぽい目。首から下げてる金色の帯飾りは…ああ、境会アンセーマの祭司だ。


  セオさんみたいに、教会関係者は歴史とか宗教物語の特別講師としてたまに見かける。


  でも境会アンセーマの授業は選択していない。むしろ皆に、境会アンセーマは無視していいって言われてる。


  しかも大抵の教師は黒の代表である私にペコペコしてくるのに、この人、なんか感じ悪いな。


  至近距離で人を見下ろして、無反応。


  だからそのまま素通りしようと思ったら、スッて道塞がれた。お見合いしちゃったのかと思い、逆側に進み出ると、またお見合い。


  「?」


  今度こそって確認して進み出たら、またもや道に足が……。


  え?


  この、ステイ大公国、ダナー家の、リリエルの前に、今、わざと足を出したの?



  ハ・アァア?


  マジかこいつ? やんのかコラ?



  まさかとっておきのタイマン、教師に使うとは思っていなかったよ。


  もしかしてこの人、若めだから、新米祭司で、私のこと、知らないんじゃないの?


  怒りというより、半分以上は驚きと混乱だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。


  ムキ!


  「ステイ大公令嬢!」


  「!」


  奴に噛み付く一歩前、強めに呼び掛けられて声の主を見る。


  覗き見た灰色の無礼な祭司の後ろに、セオさんが立っていた。その場はセオさんが丸く納めて、私のタイマンは未遂に終わる。


  ほっ。


  いくらなんでも、教師にタイマンを披露することにならなくて良かった。



**



  ピアンちゃんのお兄さん、ふわふわの白ウサギ、本物の主人公、謎のあの子に、この私に喧嘩売ってきたあの新米祭司。


  エンヴィーって言ったよね…。


  悪役復帰したばかりの私に喧嘩売るなんて上等だよ。あんたのこと、忘れないんだから…。


  「……ふぅ…」


  揺れなく進むうちの馬車。滑らかに流れる帰り道の景色を現実逃避に眺めてみる。


  奴隷って…。


  なんだか色々ありすぎて、今日はとっても疲れたけど、ふと思ったのは、このゲーム、きっと全年齢対応ではなさそうだな、って罪悪感だった。

 


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