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「ぐっ……王太子殿下に、黒の安息を「リリー」
学院内ですれ違ったグランディアに、挨拶に礼をすると途中で遮られた。
「?」
「…それを止めてもらえる?」
「……ご挨拶ですか? …それは無理な「違うよ」
「…………」
意味が分からないとブスッと目を座らせた。グランディアにこの態度を取るのはリリーだけだ。自然と笑顔がこぼれたが、再び背後からそれを遮る者が現れた。
「王太子殿下に、白の清廉を」
「……スクラローサに光を、アトワのフィエル大公令息」
儀礼的に会釈したフィエルから目を逸らし、グランディアは、感情を封じてリリーに向き直った。
「スクラローサに闇を、ダナーのリリエル大公令嬢」
軽く会釈した波打つ黒髪。その様子を冷たい赤の瞳が見ているが、目線を合わせずにすれ違う。
遠ざかるグランディアの背中を見送った残された二人は、剣呑と睨み合った。
「貴方、丸で監視しているみたいに、私と王太子殿下がお喋りしていたらいつも割り込んで来るのね。そんなに仲間に入りたいの?」
「何を誤解している。私が王太子殿下にご挨拶しようとしたら、いつも君が殿下の横にのんびりと立っているではないか。挨拶が済んだら、さっさと去るといい」
「きちんとご挨拶する前に、貴方が割り込んで来たのよ。礼儀知らずね」
「ハッ、礼儀知らずだと? 氷菓子屋の
初めて目にした異性の紫色の小さな舌。その下品な行為を口にしようとしたが、フィエルは周囲の目線に気が付いた。
お互いの背後には、それぞれ一族の色に分かれた制服の生徒達が集っている。フィエルはフンと鼻で吐き捨てると、「貴重な時間が無駄になった」と去って行った。
「氷菓子屋のあれ……? あの人、何を言っているのかしら」
**
授業中、生徒達のざわめきも聞こえない、静まり返った学院の中。
その学院の片隅にあるのは、ほとんど使用されない、薄暗くて小さな講堂。静寂に包まれた空間は、天窓からうっすらと光が射し込んでいる。
ーーカタリ。
「……」
入り口で立ち止まり、恐る恐る中を覗き込む一人の生徒。それを少し観察していると、立ち去ろうとしたので慌てて呼び止めた。
「お久しぶりです」
「!!」
「お怪我はもう、大丈夫ですか?」
問われた女子生徒は身を固めていたが、しばらくするとぽつりと呟いた。
「……貴方こそ、痛そうね」
グラエンスラーの美しい顔の半面に、縦に切り傷の痕が残る。知人や友人は哀れみの目を向けたが、前回の抗争でしくじったそれに、改めて問いかける者はいない。
見て見ぬふりをしなかった。率直に傷の心配を口にした令嬢に、グラエンスラーはふっと笑う。
「これはもう、見た目ほど痛くはないのです。お気持ち、感謝致します」
「……何処かで会ったかしら?」
「これは酷い。あれ程良い取り引きは、過去にはなかったのですが」
「……取り引き…。あ、」
ようやく思い出したリリーが、緊張に身を固める。それにようやく満足を頷いたグラエンスラーは、警戒する令嬢に微笑んだ。
「貴方が、何故ここに?」
「お客様のお顔が見たかったと言ったら?」
「失礼するわ」
即座に踵を返した。指名手配の犯罪者を目の前にして当然の行動。だがリリーは、手紙の内容を思いだして立ち止まった。
「妹さんの件で、私に伝えたいことがあるそうね?」
「………………」
きょとんと金色の瞳を見開いた。その様子を深刻な面持ちで見つめていたリリーだが、徐々にグラエンスラーの薄い唇が裂ける様につり上がり、今度は何事かとぎょっとする。
「な、何なの? まさか貴方、本当にふざけていただけなのね!」
見上げる背丈を丸めて、声を殺して笑う男に後ずさる。徐々に入り口に移動していくリリーに、涙目のグラエンスラーは謝罪した。
「そう、その
「アーナスターさんに近寄る……!」
嫉妬していたアーナスターの新しい友人が過ったが、それは無いかとリリーは思い直して困惑する。その様子をグラエンスラーは面白がって見ていたが、迫る時に言葉をひそめた。
「その者は
「!!」
聖女という言葉にリリーは全身を強張らせる。更にグラエンスラーが近寄って耳元に顔を落としたが、驚愕に一歩も動けずにいた。
「国外からこの国スクラローサを見ると、様々な不自然に気が付きます。その発生元は、常に
「……」
「受けた恩は返しますと、大公令息殿下にお伝え下さい」
言って長身の男は古びた講堂を去っていく。その場には、冷や汗に身を固めたままの、リリーだけが残された。
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