39
「ご招待ありがとう」
学院で会うたびに家に来たいとせがむので、アーナスターは休日に招待することにした。
やはり声までもリリーに似ているフェアリーン。
初めはナイトグランドの広い屋敷に物怖じしていたが、応接間に案内されると、頻りに目線を泳がせている。
向かい合ったアーナスターの背後、扉か開かれたままの廊下、窓の外の庭園。
明らかに誰かを探すリリーによく似た姿を、金色の瞳は無言で見つめていた。
「そういえば、ピアノさん、お兄さんは今日は、いらっしゃいますか?」
「…兄は今、不在です」
「あ、そうだよね。お仕事だよね」
**
久しぶりの休日に妹にせがまれて、人気の氷屋を訪れたフィエル。思ったよりも客が居て、店主が出てきて貴族用の待ち合い室に通される。
(
気分は悪くなったが、差ほど待たされる事もなくダナーは去った様なので、庶民のメニュー表を時間をかけて悩む妹を待つ間、フィエルは椅子に腰掛けた。
ダナーの娘とは違い可憐なサーエル。光の透ける真白い髪に、幻獣の幼獣の様な純粋なピンク色の瞳。その姿に癒されるが、ふと、陰った背後に窓を振り返る。
「!?」
見るとそこには、たった今妹との比較に思い浮かべたばかりの敵側の少女が立っていた。
陽射しの反射で気付いていないのか、いつも睨み付けてくる生意気な瞳は、フィエルを全く見ていない。
(鏡として利用しているな。間抜けめ)
軽く髪に触れた令嬢に、それを鼻で笑ったフィエル。すると突然、仄かに赤く染まる唇から、リリーは舌を出した。
「!!」
「お兄様、決まりましたわ」
ーーガタンと勢いで立ち上がった。
「…あ、ああ。今行く」
歯切れ悪く答えたフェイルだったが、なぜかリリーを庇うように立ち上がってしまったとハッとする。
「お兄様?」
(……違う。あいつを庇ったわけではない。サーエルが、あんな品の無い…変なものを、目にしない様にだ)
自分に言い聞かせて冷静さを取り戻そうとしたが、貴族の令嬢の見たこともない品の無い行為を思い出し、徐々に顔が赤くなっていく。
「どうされましたの?」
「何でもない。…味はどれにしたんだ?」
「私、ぶど「バナナだな!」
「え、なぜ、」
「葡萄は品が無い。バナナは無色だ」
「おにいさまぁーー…、意味が分かりませんわ」
長く悩んで選び抜いた決断を、一瞬で無意味にされた。信じられないと不満を顕にするサーエルを無視し注文すると、フェイルは妹が穢れない様に、急いでその場から二階席に移動した。
**
氷菓子屋の客が二階席に移動した頃、ダナー家の黒の馬車が街道を通り過ぎる。
馬車が四辻を右に曲がり、蹄の音だけが遠ざかって行くと、前方から現れた二人の内の一人が黒の馬車を目にして立ち止まった。
「あ、じゃあ私はこの辺で、送ってくれてありがとう、ピアノさん」
「どちらに行かれるのですか?」
「私、
「……なるほど、それは大変ですね」
「…あのね、また、お時間あったら、お家に伺ってもいい?」
「…………」
「いや、その、お忙しいわよね、駄目ならいいんだけど…」
「大丈夫です。また、ご招待致します」
嬉しそうに去っていく。その姿に会釈したアーナスターは、素早く振り返ると、もう見えなくなった黒の馬車を長く長く見つめていた。
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