38



  早朝から晴れやかな笑顔で現れた美しい妹に、二人の兄の心が和む。


  今は怪我の後遺症もなく、痛々しい首のコルセットを付ける事もない。愛する妹の回復に目を細めるが、近づく春に、ダナー家の公女に代々続く十六年目の呪いの期日を考える。


  グレインフェルドは、そんな不安を打ち消す様に、軽く頭を振ると話を切り替えた。

 

  「そういえば、左側アトワの者をやり込めたと、パイオドの跡取りから聞いた。褒めていたぞ」


  「そうそう、セセンティアも言ってたし、メイヴァーからも聞いた。左側アトワのフェイルを大勢の前で言い負かしてるってな」


  「だって私は、ダナーのリリエルなのだから。当然の結果です」


  偉そうに胸を張る。成人しても、子供の様に自慢する妹に、メルヴィウスは呆れ、グレインフェルドは穏やかに微笑み返す。


  「制服じゃないのは久しぶりだな。よく合っている」


  リリーの瞳とよく似合う深い青のドレス。やはり学院制服よりも、この姿を望んでいるメルヴィウスは、華やかなリリーに納得して頷いた。


  「そうだよ、やっぱお前は、そっちの方がいい」


  「絵姿にしちゃう?」


  クルリと回転すると、青いドレスのスカートがフワリと浮かぶ。そしてピタリと止まったリリーは、右腰に手を置いて、訓練された兵士の敬礼の様に左腕を素早く額に付ける。


  それは、ダナー騎士団を指揮する二人が見たことの無い姿勢。


  「「!?」」


  驚く兄達を前に、リリーは右足を少し前に、見せつける様に腰をしならせると、片目を瞑ってだらしなく大きく口を開けて歯を見せて笑った。


  「……………………」

  「……あ、お…」


  呆然とするメルヴィウスが破廉恥な妹をよくよく見ると、敬礼の指先は何故か二本、幼児の主張の様にビッと開かれている。


  生まれて初めて気が遠退きそうになったメルヴィウスは、自分の身体の芯が震えた感覚にゾッとした。


  「な、な、なんだ今のは!! お前、そんな格好、まさか、学院で、してないだろうな……!!!」


  経験したことの無い怒りと困惑がこみ上げ、突き出した人差し指に力をこめる。それを突き刺されたリリーは、「おやっ?」といつもの惚けた顔をした。


  「していないわ」


  「ふざけんな!! どこのどいつがっ、そんな変な敬礼、お前に教えたんだ!! カッコ悪い!!!」


  「いやこれは、敬礼じゃなくて、……気分?」


  再び掲げられた二本の指、だからやるなと掴んで封じてみたが、メルヴィウスの怒りは収まらない。


  「あとそのっ、…………腰のっ! ……そういうのは、絶っっっ対に、止めなさい」


  「…………はぃ…」


  「ホントだぞ、お前、そんなの外でやったらな、……………………見た奴全部、殺すから」


  続く兄からの説教、そして目撃者への死の宣告に、リリーは怯えるでもなく徐々に蒼い目は半眼に伏せられていく。


  「聞いてるのかっ!!」


  「…………」


  至近距離で放たれる兄の言葉。面倒事が終わらないと項垂れていたリリーが、すっと指で額を拭ったところで、執事長のアローがメルヴィウスの肩を掴んだ。そしてハンカチをそっとリリーへ差し出す。


  「メルヴィウス様、それまでに」


  「っ! ……っ、」


  下の兄妹のやりとりを、兄は無言でぼんやりと眺めている。それにアローは、グレインフェルドの許容範囲を超えたと知って、刺激をせずに話を逸らした。


  「グレインフェルド様も、朝食の準備が整いました」


  ハッと気づいて頷いた。しっかりと頷き返した執事長は、流れる様にグレインフェルドの椅子を引く。そしてようやく、入り口で気まずく待機する給仕の者たちに、入室の許可を出す事が出来た。


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