リリー
知ってる? 皆さま、
私は、知らなかったんだ。
きっと今は緊急番号が作られて、皆はいち早く連絡出来ていると思う。きっと今は、あの時よりももっともっと、たくさん救われているんだと思う。
でもあの時は、何回も電話しても、あのこは救急車みたいに直ぐに運び出されなかった。
児相の人が何度も来ても、親は嘘ついて子供に会わせないんだって。そして児相の人が一生懸命頑張っても、親と子供の関係性って突然バッサリ切り離せなかったみたい。
ほぼ毎日聞こえる嫌な音と、あのこの泣き声。
それを聞きたくなくて、いつ頃からか、卑怯な私は、テレビつけてイヤホンでスマホゲームして、そして漫画を読んでいた。
あの母親も、新しい男ができる前は、お母さん頑張ってたのかな?
いつだったかな?『お隣の子供が、ようやく児相に保護された』と夕食で両親が言った。その日の夜は、久しぶりにゆっくりと眠ることが出来た。これであのこは救われたんだと、そんな安心もつかの間で、半年くらいでまたあの音が聞こえ始めた。
次の日には、玄関の前で座り込む痩せた姿。その子が外にいる時は、何度かおにぎりを食べさせた。だけどそれを、パチスロ帰りの男に見られてから、今度はうちの玄関先にごみ袋が置かれるようになった。そして車の電気のカバーが割られたり、自転車が盗まれたり。
私の失敗により、両親まで困らせることになった。
警察に相談に行ったら、監視カメラで証拠集めしなさいって。けっこう高いんだよね、監視カメラ。何ヵ月、何年被害者は被害にあえば、警察は助けてくれるのだろう。しかも証拠を集めたとしても、相手を訴えても裁判て疲れるし、捕まってもまたすぐ出て隣に戻ってくるかもだから、取りあえずそっとしておきなさいってアドバイスされた。
本人に直接文句言ったらダメだよって、そんなことも言ってたね。
もしくは耐えられないなら引っ越しなさいって。
監視カメラも引っ越しも、加害者ではなく、被害者側が、お金をかけてするんだって知らなかった。
小さい頃はお巡りさんて、正義のスーパーヒーローだと思ってた。顔はちぎれないし、あんこもパンもくれないのはさすがに知ってたよ。
でもカッコいいお巡りさんに助けてって言えば、助けてもらえるって心の底から信じてた私。やっぱりまぬけだよね。
スーパーヒーローは誰かを助ける前に、組織のルールブックを確認して、ルールに従わないと悪者をやっつけられないんだって事も知らなかった。
そしてさらに彼らは、罪を憎んで人を憎まずという呪いの掟に縛られている。
物語の主人公は初めはアンラッキーでも、だいたいチートなラッキーをゲットしてハッピーエンドで終わるけど、現実の
そこで私は気づいたんだ。
加害者と悪役は違うんだって。
加害者って、悪役よりはなんか得してる。
加害者は弁護士とか警察とか誰かに保護されるけど、悪役はそうではない。
悪役って、まぬけにやられる事だけが仕事だからね。
被害者がハッピーエンドが難しいって、なんかこれって、悪役みたいだって思ったの。
加害者のこと考えるの疲れちゃうし、自分が損するから忘れなさいって言ってくれる人もいたかも。
加害者の罪を憎まず、加害者の
でもそれを望むのはルールブックの皆さんだけで、被害者は、いつでも加害者のこと、消え失せろって心の底から思っていいと思うんだ。
もっと勉強したら、被害者を助けてくれる人たちにも出会えたのかも。だってよく考えたら、いっつもドラマでドラマチックに裁判で加害者を庇ってる弁護士と戦ってる、反対側に「異議あり!」って座ってる人たち。
あの人たち、被害者の味方だったのかも。
おじいちゃんおばあちゃんと観ていたドラマでは、弁護士と戦うあの人たちは大体悪そうな顔してたから、悪役だと思っていたけど、もしかしたら彼らが被害者のスーパーヒーローだったのかな?
本当に私って、いろいろ知らない事が多くて、勉強不足だったよね。
だからあの日、勉強不足の私は罪の重さも周りへの迷惑も考えないで、幼児誘拐を思いついたんだ。
隣って、いつも鍵かけないの知ってたよ。
どのくらいで部屋までたどり着けるか、うちの玄関から私の部屋までシミュレーションもしたよ。
夏休み、悲鳴がひどかった夜中の次の日、パチスロに二人で出かけた加害者の家。扉の閉まる音、遠ざかる車の排気音。
身体は自然に動いていて、緊張に心臓はドキドキうるさく騒がなかった。だけど入ったことのない隣の家。知らない空気の玄関。同じアパートの間取りでなんとなく探したあのこの部屋。私の部屋のちょうど隣の扉の前、犬小屋のプレートみたいな可愛いネームプレートがかけてある。
そこで初めて、ドキンと鼓動が強く打った。
ーーガチャ。
ごみ袋だらけの子供部屋。汚臭の中に乗り込むと、カサリと動いた痩せ細ったあの子を発見した。生きていたと安心してため息が出て、私を見て驚いた顔のその子が何かを叫んだ。
背後に、気配を感じて、そして後ろを振り向いてからの記憶が無い。
きっとそこで、私は失敗したんだ。
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