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  周囲から怒号が飛び交う、真剣による訓練試合。その日、実戦を常に想定する訓練は、試合形式で午前は年少者から行われ、午後になると青年騎士の槍試合が始まっていた。


  「右側! 余所見してるな!!」

  「休むな!! 腕を上げろ!」


  「ああやって、子供にもケガをさせたのね」


  「!?」


  石畳に叩きつけられる青年。気付けに水をかけられた青年。周囲からは立ち上がれという野次と怒号の合間、この場では聞こえるはずのない少女の声がした。


  「り、リリー様!?」


  見届けるダナー家の騎士たち、そして各領地から試験の為に訪れていたものたちは、ここに居るはずの無い少女の登場に驚いた。


  「姫様、なぜこちらに? 従者は、」


  審判の一人であるノース伯爵のクレヴィル・エールは、自分の真横に腕を組む少女の周囲を見回す。すると少し離れた場所に、護衛と従者は待機していた。


  「私はね、お城の中はね、一人でおさんぽしてもおこられないのよ。お外に出る時は、まあ、お父さまかお兄さまに聞いてからなんだけど」


  「…ですが、」


  汗と血の臭いがむせ返る殺伐とした訓練場。そこに現れた場違いな少女は、瞳の色と同じ青のドレスを身に纏う。だがその顔は、いつものリリーとは違っていた。


  「ご存じ? 皆さま。教育のためだと理由をつけて、子供をキズつけることをよろこんだり、何とも思わないでぼうりょくする大人は、心の病気だと言われているのよ」


  「?」


  「私はね、お父さまとお仕事しているあなたたちに、そうはなってほしくない」


  「!?」


  真摯に思い詰めた少女の顔。だが問われた意味が何の事なのか、騎士たちは理解をすることに間をあけた。


  (一体、どういう意味か、)


  大半の者はそう思ったが、見つめられていたクレヴィル・エールは少女の視線の先、観戦者の包帯を見て、怪我を負った息子や、子供たちの姿を思い出した。そしてようやく問われた内容に、片膝をついて目線を少女に合わせる。


  「姫様、彼らの負傷は努力の結果なのです」


  「子供のためと言いながら、自分のイライラをぶつけるだけの大人もいるのよね」


  リリーは父親である大公の威を借りて、誰にでも何でも問いかける事があると噂になっている。それを初めて自身が受けたクレヴィルは、内心ではこれかとほくそ笑んだ。


  「そうですね、未熟な者は、大人も子供も弱者を見つけては、いたぶる事しか出来ない者もいるでしょう。ですが我々は違います」


  それだけでは納得が出来ないと、大きな青い瞳は不満げに見つめている。


  「我々の害となるものと、戦う為に訓練しているのです。それが強者であれ、弱者であれ、必ず排除致します」


  「やりすぎは、良くないわよね」


  「これは自分の身を守る為に必要な訓練。そして我らの子供だけでなく、グレインフェルド様とメルヴィウス様、お二人共に同じ訓練を受けています」


  二人の兄の名前に、リリーは驚き口を開いた。そして少し考えると、再びクレヴィルに問いかける。


  「お父さまも?」


  思っても居なかった問いかけに、周りの騎士たちは顔を見合わせ、思わずクレヴィルは口の端を上げた。


  「もちろん大公閣下も例外ではありません。ここに居る者は皆、ステイ大公領を守る剣と盾。姫様やこの城、領民を守る為、そして自分を守る為に日々訓練しているのです」


  固く結ばれていた唇がゆるみ、少女はすんと項垂れた。


  「だから努力の結果では、大人も子供も怪我をすることもあります。お分かり頂けましたか?」


  「………そうね。分かった気がするわ」


  納得出来たのか素直に同意した。もっと駄々を捏ねるのかと思っていたクレヴィルは拍子抜けしたが、リリーはまだ不安そうに怪我人を見つめている。


  「ならば訓練を大公閣下に許可されていない姫様が、ここに長居してはいけません。そういえば、庭師のホレオが、新しい花壇を作っていましたよ」


  「そうね。さっき見たけれど、もう一度かくにんしに行くわ」言ってリボンに結われた黒髪は、騎士たちの合間を通り抜ける。だが入り口で、それはくるりと振り返り、力なく呟いた。



  「皆さま、いつもありがとう」



  突然の感謝の言葉に兵士たちはとっさに礼をとったが、少女が去った後、その場は騒然となった。いつの間にか試合は中断されており、クレヴィルを始めとする審判たちは目を合わすと、一様に少し疲れた笑みを浮かべていた。


  「リリー様の我が儘は、他の子供とは違うのだな」


  「そういえば、そうですね。私もこの前、使用人の不手際を嗜めたところを姫様が見ておられ、嗜めた理由を説明させられ、逆に私の態度を責められました」


  「ほう」


  「心が、狭いと」


  クレヴィルは笑ったが、プラン伯爵は苦々しく溜め息する。


  「閣下への拝謁に、伝達の手違いで、三時間も無駄に待たされたのですよ! 私は優しい方ですよ! それを心が狭いなどと、」


  「はははっ」


  「笑いすぎですよ。…本当に、子供らしい我欲を口にするのであれば、それなりに対応出来るのですが、なんとも、普段意識もしない内容を説明させられるので、困ったものです。まあ、それが面白くもあるのでしょうが…」


  最も望ましくない来客に中断させられた試合。仕切り直しに休憩を挟むことになり、訓練兵たちはざわざわと動き出す。少女の去った後を再び見つめたクレヴィルは笑顔を消し、同じ様に通路を見つめたプラン伯爵に頷いた。


  「なるほど。これが大公閣下が心配する理由か」


  ただの子供の探求心ではない。他者への、生き方の疑問。


  「そうですね。今はまだ領内だからいいのですが。王都や境会区域では、大変危険でしょう」


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