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  「では姫様の危機管理を怠った理由により、セオル・ファル神官の解任、及び教院関係者へ責任問題を追及します」


  「次に庭師のホレオの処罰ですが、」


  「私としては、姫様の命を秤にかけたのです。死刑が妥当かと」


  「いえ、利き手の切断に留めましょう。彼は姫様のお気に入りとのことですし」


  「そうだな。命の処断を行えば、リリーは何を始めるかわからない」


  「あの、」


  「ブロード子爵」


  成人してから、武勲により爵位を与えられたばかりのトライオンは、初めての議会での発言に身を強張らせる。だが議題に上がった名前に、何度も自分の背を叩いた手が、早く立ち上がれと彼を急かした。


  「今回のホレオの罪、それを軽減してはもらえませんでしょうか?」


  年若い議員の発言に、トライオンより若い議長代理を始め、古参の十人は嗜める声も上げずにしんと静まり返った。


  ごくり、と鉛が喉を伝う。鋭い視線を浴びたトライオンに、議長代理のグレインフェルドは冷ややかな視線を向けた。


  「罪の軽減、では、その代わりに、それを提案した卿は何を差し出すのか」


  「私の、今回頂いた爵位の返上と引き換えに、あの者の罪の軽減をお願いいたします」


  「………」


 

 **

 


  「処罰、無し、ですか、」


  牢の錠が外されて、読み上げられた書簡を手渡される。腰が砕けたようにその場に崩れ落ちた庭師は、告げられた内容に安堵し涙した。そして蒼白の顔のまま、騎士を感謝に仰ぎ見る。


  「礼ならば、ブロード子爵に言うべきだろう。…いや、今は子爵ではなかったな。それは返上された故、ケイズ令息へ」


  「!!」



 **



  「トライオン様!」


  「礼を言われる事はない」


  「ですが、私ごときのために、爵位の返上などと、」


  「思い上がるな。お前の為ではない」


  「!」


  「これは全て、姫様が望み、姫様が俺に頼まれた事なのだ」


  「姫様が」


  頭を下げて身を竦める庭師の男を前に、トライオンは内心で与えられたものの大きさに目を瞑る。そして冷や汗に登った木、思い出したくもない緊張が、再び記憶と共によみがえった。


 *


  大樹の枝を掴み、慎重に足場を確認しながら降りていく。そして地上では、少女の無事を確認し集う人々が安堵に胸をなで下ろしていた。その中、足場に短い梯子を捉えると、立て掛けられたそれに何かを思ったのか、リリーが「ねえねえ」とトライオンの背をとんとんと叩いた。


  「このはしごはね、お庭にかくしてあったのを、私がすごーく探してみつけたの。すごいでしょ?」


  「……そうですか」


  「大変だったのよ。誰も使ってなかったのね、小屋のおくの、すみっこにあったの。それをゆうしゅうな、私だから探せたのよね。きっと、タイオ様でも探せなかったわ」


  「……そうですね」


  片腕で大切に抱え込んだ温かい少女の体温。動物の子供の様に腹に巻き付くリリーだが、背をつかんだ手は再びとんとんとトライオンの気を引く。


  「ゆうしゅうな私だから、あのはしごをみつけたのよ」


  「………姫様、」


  「だからね、庭師のホレオはね、全く悪いところなんてないわよね。私がゆうしゅうなせいなのよね」



 *



  「同じ事を、私もメルヴィウスも何度も聞かされている。おそらく父上と母上もね」


 

  議会が終了し集う議員が席を立つ中、同じく退出しようとしたトライオンを呼び止めたのは、銀色の髪の議長代理だった。


  「トライオン、礼を言おう。お前はリリーの身も心も救った恩人だ。与えるものは、ブロードという小領地では狭すぎると、そういうことにしておこう」


  「そんな、そんなつもりでは、」


  「主君に与えられた称号の返上、その不敬を不問に処す。新たに称号が与えられればそれを背負い、最後までリリーを護り通せ」


  「はっ」



 **



  「これは姫様、ご挨拶申し上げます」


  「よいお天気ね、ホレオ。今日もお花がきれいだわ」


  あれから二年、八歳になったダナー城の末子は、毎日城の中を元気に歩き回っている。


  「今日もいらっしゃいますよ。ノース伯爵様とプラン伯爵様を、先ほどお見かけしましたから」


  「本当っ!?」


  「姫様だ」


  リリーより一つ上のノース伯爵家の跡取りメイヴァーと、一つ下のプラン伯爵家の跡取りエレクトがやって来た。大公家に仕える貴族たち十枝。似たような年頃の子供たちがたまに城に来るのを、リリーは楽しみに待っていた。


  「姫様!」

  「姫様、ご挨拶申し上げます」


  「!」


  だが庭にやって来た二人の少年を見て、ホレオは今まで見たことの無いリリーの表情を見た。


  「!?、どうされましたか? 姫様」


  いつもにこにこと笑い、身分に関係なく気さくに声をかけ纏わりつくリリー。だが二人の少年を前にしたのは、無表情に感情が抜け落ちた顔。


  「そのキズは、どうしたの?」


  メイヴァーは片目を隠すほど、顔の半分に大きな包帯を巻いており、エレクトは無数の小さな傷当てと、両の手首に包帯を巻いていた。


  「…?」

  「あの、」


  少年たちも初めて見る少女の様子に動揺し、困惑して顔を見合わせる。それにリリーは口を尖らせた。


  「どうしてケガをしたのよっ!」


  不満を顕に詰め寄る少女。それにいつものリリーだと安心した二人は、訓練で失敗したと謝罪した。


  「訓練…」


  不穏な目付きになった少女に、それを行ってきた少年たちは、なぜかリリーが不機嫌になったことに首を傾げた。

 


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