6
夏場でも冷え冷えとしたダナー城。その中で、唯一陽射しが満ちる庭園。リリーは花に囲まれ、そこに真白い蝶は集う。
蝶と同じ様な白いドレスを身に纏う少女は、周囲を見回すと人の気配を確認する。
「いないわね」
そして薄暗い回廊を走り始めた。
幼い頃より立ち入りが禁止された会議場への回廊。今はメルヴィウスには解放されて、禁じられているのはリリーただ一人。
そろりそろりと不自然に扉に忍びよった姿。それを少し離れて見守る護衛と侍女は、真横を過ぎるダナー家の跡取りに素早く深く一礼した。
見守る少女の元に、真っ直ぐに向かうグレインフェルド。
(姫様………、後ろを、)
侍女が強く念じるが、真白いドレスは背伸びに室内を覗き込む。
「…………、……、」
冷涼な蒼の瞳の先には、わずかに開いた扉の隙間を覗き込み、そして扉にぴたりと寄り添い耳をそばだてるリリー。
「境会が、口を出す事は控えてもらわなければならないな」
「いや、それよりも中央の者たちの杜撰さでしょう」
王族が要求してきたのは、ある貴族を秘密に処分すること。しかし依頼主の不手際により、それを境会に咎められたのはダナー側だった。
「我々を使えないようでは、そもそも意見を言うこともおかしな話です」
「まあ、そうですね。いざとなれば、首は落とせばいいではないですか? 王族といえど、今回はただの分家です」
「…………」
「リリー」
「はっ!」
会議の前の議員たちの雑談を盗み聞きする妹。それを背後で眺めていたグレインフェルドの、かけた声にリリーは飛び上がった。
「……何してるの?」
きょろきょろと目を泳がし、はっと何かを思いつく。すると妹は、明らかにおかしな嘘を口にした。
「蝶を見ませんでしたか?」
「蝶、」
六歳以降、外の丘にでさえ許可が無いと出られない。いつも城内の庭園で遊ぶ妹を不憫に思っていたが、今回の盗み聞きには罰を与えようと考えていた。
「何色?」
蝶は、光の射し込まない、冷気の漂う城内の奥には迷いこまない。
見え透いた嘘を追及したが、リリーは動揺もなく更に嘘を重ねた。
「銀色の、ふわふわーって、ひらひらしてるの」
「銀色、」
グレインフェルドの髪色を見て、咄嗟についた嘘の蝶。
(私の髪色の蝶なんていない)
十三歳から貴族を束ねる議員代理を担い、十五になった今では侮られる事はなくなった。そのダーナ家の跡取りとしての自分を蝶に重ねた妹に、ふっと力が抜ける。
「それは蝶ではなくて、蛾だよ」
「が、」
明らかに嘘をついた妹に、嘘で仕返しをした。グレインフェルドはリリーの困惑した顔に、いつもより肩の力を抜いて会議場の扉を開いた。
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