リリー3 (六歳)



  六歳にもなると、いろいろと考えることは増えてくる。


  「この木はなんの木? 気になる木」


  私の一人のりつっこみに、係員は首をかしげたが、いつもその辺をうろうろしてる警備員たちの一人が木の名前を言ってしまった。名前は知らないことが正解なのにっ。


  居住区の裏庭から森の手前に、気になる大きな目立つ木が一本。三メートルほどのツルツルの幹から上は、足場になる枝がいっぱい生えている。


  きになるでしょう?


  登れそうでしょう?


  「さあ、そろそろ帰りましょう」


  あれは絶対、登れそうでしょう?


  翌日、係員の行動時間を逆算しての激早朝。部屋から脱走した私は園芸コーナーで足場になる台を探し、お子さまにも持ち運び可能な一メートルほどの梯子を発見。


  木登りなんて、したことない。


  もちろん過去世でも、したことない。


  だけどそこに気になる木があるのなら?


  それはもちろん、登るでしょう?


  薄暗い早朝。係の人も警備員も家族も誰も、ここにはいない。大したことはしていないのに、なんだかちょっと背徳感。


  ムフッ。


  「あと、少し、」


  やはり足場は寸足らず。でもなんとか爪先立ちから手を伸ばし、目的の低めの枝にしがみついた。


  いけた!


  必死でじわじわしがみつき、大股開きでパンダのように枝に股がる。


  「成功…」


  達成感は、更に次なる高みを求めて邁進する。手に届く枝を掴まえては裸足の足指で幹を捉えて上に上に。


  馬鹿と煙は高いところが好きらしいって、過去世のパピーが教えてくれた。私はそれに従い、上に上に。


  カサリと頭が出た枝の隙間。朝日が射し込み、なんて美しい景色。これぞまさしく、新しい朝、希望の朝だ。


  「ーーーー!!!」


  喜びに胸をひらいていたところ、下から声がした。


  「え? あ、」


  たっ、けーーーー…っ。


  信じられないくらいに登っていた。上しか見てなかった。下を見ると、足指からカボチャパンツ、手のひらまで冷風が吹き抜ける。


  「むりだ」


  降りれない。


  細くて頼りなくなった木の幹にしがみつく。両腕どころか、両足も、がっちり固定で身動き禁止。


  ざわざわと、ざわめく気になる木の下。さすがに気になる木だけあって、皆が集まってきている。だけどざわめかれたって、集まられたって、降りれないものは降りれない。


  降りれないのに登ったとか、係員とか、現在世のパピーかマミーかお兄ちゃんズに怒られたってなんだって、降りれないものは降りれない。


  「た、たすけて、うええっ、」


  泣けばなくほど降りれない。そうこうしていた手に汗にぎる長い長い地獄タイム。日が昇り暖かくなり、緊張感がゆるんで少し眠くなってきたところで警備の人に腰を掴まれた。


  えぐっと、いう間に彼の腹に巻き付かされ、片ひざの上に乗せられる。見下ろしてきたのはおっかない顔。


  「えへへっ」


  私は悪役だから、おっかない顔には笑ってごまかしておいた。


  そんな六歳の大事件。




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