リリー2 (~三歳)


  大きめはお父さま。大きめ女の人はお母さま。少し大きめは一番目のお兄様。小さめは二番目のお兄さま。


  今は寝転がることが仕事。だから暇な私は、彼らを目にすると取りあえず呼ぶことにしている。


  「ふぇーっ、ふぇーっ、」


  「どうした? お腹が空いたのか?」


  見つめるだけの私。毎日忙しい大きめの後ろには、厳めしい顔のおじさんが、書類の束を持ちこちらをにらんでいる。


  「あぶあぶ、ぶぶぶ、」


  意味はない。歯も生えていないので、まだ上手く話せない。だが用もなく呼ばれただけのお父さまもかわいそうなので、ベビーのスペシャル・スマイルをプレゼント。


  にこっ!


  「!!っ、見たかアロー、今、私に微笑んだぞっ!!」


  「……さようでございますね」


  スマイルに撃ち抜かれた親バカパピーを、厳めしいおじさんはクールな感想でさらりとかわす。



**

 


 健やかに、我がままに、周囲を振り回しながら成長した私は三歳になった。


 だが私、中身はもちろん三歳児ではありません。


 これってきっと、転生したのかも。


 ムフッ!


 物語かゲームのヒロイン、それとも悪役令嬢なのか、モブなのか。大きな鏡に映る自分を毎日観察。


「かわゆいかお、くろかみ、あおいめ」


 ほっぺは桃色、色白美人の小さな私。だけど目尻は猫のように上がっている。よくよく考えてみると、美人のマミーもつり目にキリッとしたお顔だち。


「なにしてるの?」


 私より二つ上、五才の小さい方の兄が背後に立った。見上げてみると、彼も同じようなねこ目のつり目。


 つまりそう、


「あくやく」


「えっ?」


 後頭部がむずっとしたので、えいっと頭を背後にそらしてみる。もちろんこれは、攻撃だ。


「わあっ!リリーっ!あぶないよっ!」


 私の攻撃は五歳児に軽くかわされ、何かを感じて逃げる彼を追いかける。だって私は悪役だから。


  「きゃはははっ!」

  「きゃはきゃはっ!」


「お坊ちゃま、お嬢さま、走ると危ないですよ!」


 いつもの係員が慌てるが、私は小さめ兄と家中を走り回った。


 (広い…、)


 部屋数、廊下、中庭は、かつての記憶のどこかのお城。この家は、きっと大金持ちである。


 手加減に私を先導する小さめ兄。だがここから先は駄目と示すように、ぴたりと止まる。私は彼に飛びついた。


  つーかまえた!


  「きゃん!」

  「きゃははっ!」


「二人とも、セオが探していたよ」


「あ、はいっ、あにうえ、リリーいくよ」


 私よりも五つ上の大きめ兄。本を片手にこちらを見ている涼しい瞳。彼はきっと、小さめ兄と私がこの先に突き進んだら、怒ろうと思っていたに違いない。


  どこから見ていたの?


  さすが悪役一家。油断ならない。


 (イケメンお兄さま、八歳なのに、切れ長瞳がクール)


  厳しく笑顔の無いクールな切れ長に、ねこ目の私は通りすがりに微笑んだ。


 にこっ!


 もちろんごまをすったのである。


 その作為にすられたごまに、大きめ兄が目尻を柔らかくゆるめたのを確認した。




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