実の兄に捨てられた迷宮で会ったドラゴンに感謝されまして。

三月べに

短編



 迷宮と呼ばれる魔物の巣窟は、獣臭を鼻で感じる。

 他にも、うっすらと届く臭さを感じているけれど、それが何かは知りたくはない。

 ほの暗いから、光の魔法で付近を照らしていた。

 それは、いつも私の役目だ。

 だから、ヒーラーであるタラさんが、ポッと光の球を作り出したことは変だとは思った。


「ベネディ。お前、ここで死ね」


 剣士として腕を上げ続けていて、パーティーのリーダーであり、実の兄は冷酷に告げる。

 ディクトお兄さんは、いつもと同じ、冷たい目で見下ろしてきた。


「えっ……なん、で?」


 私は渇いた喉から、そう声を絞り出す。

 でも薄々感じてはいたんだ。兄には愛されていないこと。

 雑用として働いてきた私を、機嫌を損ねれば、殴る蹴るをしてきた。私と関係ないことでも、苛立ちを向けてきて、罵倒を浴びせていたのだ。

 それでも、親も親戚もいない私に行く宛なんてなかったから、兄のそばにいた。

 残された家族だから、一緒にいることは当然で、当たり前だと思っていたんだ。

 でも、まさか、死ねとまで言われるなんて。

 自分の耳を疑ったくらいだ。


「初めから、いらなかったからに決まっているだろ」


 ディクトお兄さんは、また冷たく告げた。


「切り捨てたいところだが、ここで魔物に食い殺されろ。オレ達に迷惑かけないで死ね」


 吐き捨てられた言葉に、衝撃を受けていれば、ディクトお兄さん達は背を向けた。


「お、置いてかないでっ、お兄さんっ!」

「そう呼ぶなっつってんだろうが!!」


 呼び止めたら、怒声を浴びる。

 振り返った顔は怒りというより、嫌悪に歪んでいた気がした。


「てめぇと血が繋がってるってだけで一緒にいなきゃいけないなんて、うんざりなんだよっ!! 母親がどっかの誰かと作った子どもの分際で、家族ぶるなよ!」


 私は、酷い言葉を受け、自分の言葉を失う。

 ずっとそう思っていたのか。

 私を、家族とすら思ってなかったのか。

 だったら、そう言ってくれればよかったのに。


「追いかけてくるなよ。その時は、切り捨てる」


 はっきりと殺意を感じた。

 追いかけたら、本当に兄の剣で切られる。

 私は立っていられなくて、膝をついた。


「やっとですね」


 タラさんは、肩を竦める。清々したって口調だ。いつも不快そうに見ていたことは知っているけど、彼女はこの件に承諾しているのだろう。


「早く行こう、誰かに見られでもしたら厄介だ」


 大盾を背負ったハリダーさんは、急かした。私には無関心だった彼も、そうなのだろう。


「かっわいそー、まぁ生まれたこと後悔して安らかに眠れよ?」


 ニタリと笑うのは、バンダナを頭に巻いたダタシーンさん。彼も酷いことを言う。

 皆、私を捨てるつもりで、ここまで来たんだ。

 全体回復が使えるから、タラさんのサポートをした。ハリダーさんの大盾も鎧も、ピカピカに磨いた。ダタシーンさんのいくつものナイフも、研ぎ澄ませてもらいに鍛冶屋へ抱えて行った。

 そんな雑務をこなしても、仲間だと言う認識もなかったのだ。

 そう思っていたのは、私だけだった。

 酷い。

 なんて、酷いお兄さんなんだ。

 私を遠ざければよかったのに。どこかに行ってしまえと追い出してくれれば、他人として生きたのに。

 こんなところで死ねなんて……酷いお兄さんだ。

 縋りつくように生きていた私は、なんて愚かだったのだろう。

 兄達の道を照らす光が、どんどん離れていく。

 私は見送るしかなかった。

 追いかけたら、殺されるだけだ。兄の手によって。

 遠くにぽつりとあるだけになった光から、ようやく目を背けて後ろを振り返る。

 仄暗さの向こうには、闇があるだけだ。

 私はーーーー進むことにした。

 自ら死ぬためじゃない。生きるためだった。

 迷宮は地下にあるが、出入り口は無数にある。

 そこから魔物が外に出て繁殖しては、他の生き物に害を与える。

 だから、私は兄達のあとを追って地上に出るのではなく、魔物が利用する出口を目指した。

 涙が出る。溢れて光で照らす足元も、見えなくなってしまう。

 涙が溢れるのは、まだ諦めていない証拠だということを、私は知っている。

 ずっと昔から、知っていた。

 生まれる前の記憶がある。それも、この世界とは異なる世界に生きた記憶。

 始めは、何の夢だろうと疑問に思った。

 でも生きた時間はあまりにも生々しくて、それが私の前世だと受け止めることが出来たのは、きっとその世界でそんな物語が多くあったからだろう。

 俗に言う、異世界転生。それをしたのだと、私は納得した。

 前世の私は、長女で妹と弟がいて、面倒を見ていたのだ。

 頼られれば、助けていた。結構、世話のかかる妹だった。金銭的な面でも頼られ、お姉ちゃんだからと頑張って稼いで支えてあげたっけ。

 父親は早くに亡くして、母子家庭で育った私達は助け合うことが当たり前だった。

 前世ではお兄ちゃんって存在には憧れていたから、頼りにしていいとばかり思い込んでいたのかもしれない。それは、大間違いだった。

 そのせいで、現状に追い込まれただのだろう。

 つらくて泣くこともあったけれど、それはまだ諦めていない証だと誰かが言っていた。

 だから、唯一の家族に捨てられても、私は生きることを諦めていないと確信していた。

 生にしがみ付く力は、必要なものだと思う。生きていくためには、必要な糧だ。

 一刻も早く、この危険な迷宮から出よう。

 それからのことは、その時に考える。


「よし……って、うわぁああっ!!?」


 視界を遮る涙を袖でゴシゴシと拭って、前に進もうとした私はーーーー踏み外してしまった。

 身体を支えるためにも、前に出した右腕に激痛が走る。

 痛みで強張った両腕で、反射的に顔を庇う。

 私は真っ暗闇に落っこちた。


 全身の鈍い痛みを感じつつ、私は起き上がる。

 ついた右腕にまた激痛が走ったから、押さえた。

 これは……折れたかもしれない。

 ぐっと呻きを押さえて、真っ暗の中、どうするかを考えた。

 先ずは、治すとしよう。

 それから周りに注意を払いつつ、元の道に這い戻る。

 いつ魔物に襲われるかわからない。早くしよう。


「”舞い起こせ、癒しの風”」


 囁くように小さく、魔法の発動のカギである呪文を唱えた。

 私が使える治癒魔法は、周囲にいる者の怪我を癒すと言う魔法だけ。

 暗闇で、風が巻き起こることを感じれば、すぐに身体に軽さを覚える。痛みも消えた。

 そう言えば、あまりにも軽いことに驚いたけれど、そう言えば日頃の暴力を受けても、治癒魔法を使うなと言われていたんだ。

 連れ歩くから身なりはいいものを与えられていたが、その服のほとんどは怪我を隠すためのものだったかもしれない。

 いざって時に魔力切れで使えなくなるのは困るからと、タラさんに禁止されていたのだ。

 今日初めて回復の魔法を使ったことを思い出した。

 そして、不思議に思う。

 なんで、今日はやたら魔物がいないのだろうか。道中にあまり出てこなかった。私がサポートをしなくても余裕なほど。

 いつもなら湧いて出てくる魔物に、苦労するくらいだった。

 ましてや、かなりの奥地まで来たのだ。私が確実に死ぬほどの場所まで。

 魔物が少なすぎる。

 何故ーーーー。

 そこまで考えが至ると、私は目の前にしている暗闇がとてつもなく、怖くなった。

 ーーーー何かが、いるんだ。

 その辺の魔物が、逃げ出すほどの強者がいる。

 私はヒーラーのサポートとしての能しかない。

 所持している武器は、最低限の護身のための短剣のみ。

 どう足掻いても、強者には勝てない。

 弱者である自覚はある。

 だから、どうやってここを抜けるかを考えた。

 光はつけない方がいいか? 暗闇を登って歩いて行けるか?

 息を潜めていないと私は強者に食われるーー……。

 落ち着こう。

 手探りだけれど、壁らしき岩に手を付けた。このまま、登ればいい。

 ちゃんと足場を確認しながら慎重に登れば、きっと。

 立ち上がって、突き出た岩を、左足で踏んだ。

 ふにっ。

 岩らしかぬ柔らかさを、確かに感じた。

 これは、岩ではない。

 驚いて、私は足を引っ込めた。

 距離を取ろうにも、辺りは真っ暗闇でわからない。

 何がいるのだろう。魔物か?

 それとも、魔物の死体か?

 とんでもなく、大きな魔物ーー。


「っ……」


 私は明かりをつけて確認しようとした。

 前世でホラー映画の登場人物達が物音を確認しにいくような行為と重なる。

 そこに危険はないと、想像する恐ろしいものはないと、その目で確かめたい。そんな衝動にかられてしまったのだ。


「”光あれ”」


 震える声で、小さく唱えた。

 仄かな明かりが徐々に強まって、光の球になる。

 闇を遠ざけて、周辺を照らし出した光の球の向こうにはーーーー。

 大きな大きな瞳があった。

 私は凍り付く。

 兄の殺気には膝をついたけれど、こんな強者を目の当たりにして身動きが一つも取れなかった。

 岩だと思ったものは、その強者の鼻だった。今更、深く息を吐くから、生暖かい息が当たる。

 二つのまなこは、黄金のような色で、瞳孔が猫のように尖っていた。

 頭しか見えていないが、巨大だ。

 その強者はーーーードラゴン。

 魔物に分類されていて、魔物の中でも最強の捕食者と認識されている。

 私なんかが、目をつけられて、逃げおおせるような相手ではない。

 ーーーーこのドラゴンに食い殺されるんだ。

 事実が、痛みのように身体に突き刺さる。

 涙はもう出ない。一瞬で食べられる私に、そんな余裕はなかった。


「ーーありがとうーー」


 唐突に聞こえたのは、感謝の言葉だ。

 私はどこから聞こえたのか、理解出来なかった。


「ーー意図的ではないことはわかってる。でも結果的に、治癒魔法をかけてもらったから、ありがとうーー」


 今度は若い男性の声だということは、わかる。

 治癒魔法?

 さっきの魔法で回復した?

 それほど近くにいたとなれば……このドラゴンがそうだ。

 え。ドラゴンの声、なの?

 私に感謝している。そんなつもりはなかったことを承知で、感謝の言葉を向ける。

 思い返せば、そんな言葉いつ以来だろう。

 この人生で、初めてのように思えてならなかった。

 今は戸惑いが強いが、こんな状況で嬉しいさを覚えてしまう。


「……私を、食べないの?」


 ドキドキしながら、私は確認する。


「ーーその気なら、礼を言わずに食べているよーー」


 敵ではない。それがわかっただけでも私は安堵して、強張った身体の力を抜いた。

 ぺたり、とまた座り込んでしまう。

 人生で最大の危機を感じたのだ。疲労感はとんでもない。


「ーー何故落ちてきた?ーー」

「……踏み外してしまって」

「ーー仲間とはぐれたのか?ーー」

「……それ、は……」


 落ちた私を心配する声が聞こえてこないことに疑問を持っているみたいだ。

 仲間だと思っていた人達に置き去りにされた。

 なんてことは、口にしたら痛みを感じそうで、言えなかった。


「ーー……すまない、つい喋りすぎた。お前のおかげで人と意思疎通が出来るまで回復したから、ついなーー」

「……怪我をしていたの?」

「ーー厄介なトラップに引っかかってしまっただけの話だーー」


 ドラゴンが意思疎通が出来る能力を持っていたことに驚きつつも、私は訊ねてしまう。


「トラップ……?」

「ーー誰が仕掛けたのやら……次第に精神も肉体も蝕んでいくような悪質なトラップだ。解けるまでこの迷宮に身を潜めていたが、思った以上に深刻だったようで身動き一つ取れなくなっていた。どうやら自然に解けない類のものらしいーー」


 トラップ系の魔法か。こんな大きなドラゴンをそこまで追い詰めるなんて、すごい術者なのだろう。

 トラップではあるけれど、呪いと呼ぶ方が相応しいかもしれない。


「それじゃあ、私の回復魔法も一時的なのでは?」

「ーーああ、そうなるーー」

「……」


 お礼を言われるほどのことだったのだろうか。

 ましてや、私のついでに回復してしまっただけ。

 私は、上を見上げた。闇が覆っていて、見えない。


「あ、あのドラゴンさん。一緒にここを出ませんか?」

「ーー何?ーー」

「そういう質の悪い呪いを解ける人を知っているんです。私が連れてきます。ここに連れてくるのは難しいですから、外にしましょう。それに私もここから出たいので、ドラゴンさんの力を借りたいんです」

「ーー……お前が約束を果たすという証拠はあるのか?ーー」


 一緒に出たあとに、言葉の通りに呪いを解ける人を連れてくるか、疑っている。

 私は誰かを騙したり、嘘をつくのは嫌いだけれど、そんなことドラゴンさんが知るわけもない。


「んー……どうしたら、信じてもらえますか?」


 考えてみたけれど、わからない。

 何か信用出来る方法はないかと、ドラゴンさんにも訊ねてみた。


「ーー……そうだな。では、契りを交わすのはどうだ?ーー」

「契り、とは?」

「ーー契約を交わすと言うことだ。己の身体の一部を与えて、相手の信頼を得る魔法といったところだろうーー」

「身体の一部……」

「ーーそういうものがあると言ってみただけだ。人間には難しい……ーー」

「髪でも大丈夫?」

「ーーは?ーー」


 身体の一部と言われて思いついたのは、髪の毛だ。それなら与えることが出来ると思う。

 私は白銀の髪をしている。うねりがすごいからいつも一本に縛っていた。

 度々兄に引っ張られて、痛い思いをしていたっけ。


「ーー確か、女は髪が命という言葉を聞いた気がしたがーー」


 ドラゴンさんの言う通り、この世界でもそんな言葉がある。

 女性は、髪を大事に伸ばす傾向が強い。


「髪はまた伸ばせばいいです。これでいいですか?」


 私は取り出した短剣で、さくっと結んだ髪を切った。

 束ねるものがなくなり、ゴムが落ちてしまったけれど、もういらないので気にしない。

 ドラゴンさんに、髪の束を差し出した。


「ーー契りを交わす……ということでいいんだ? 一度交わすと、逃げられない。互いの居場所が感じ取れて、嘘もつけない関係になるーー」

「一生ですか?」

「ーー君の命が続く限りだね。約束を果たせば、オレの方が寿命は長いからーー」

「そうですか。大丈夫です。信じてもらえるなら、契りを交わします」

「ーーよかろうーー」


 別に不便に感じることではないと判断して、私は契りを交わすことにする。

 ぱかっと、ドラゴンさんは口を開けた。


「ーー髪を口の中に入れてくれーー」

「……うん」


 私の腕を食べないだろうか、一瞬過ってしまったが、信頼することに決める。

 大きな牙が並ぶ口に、そっと自分の髪を置いた。

 私が腕を引けば、口は閉じられる。

 ごくんっと飲み込む音が、耳に届く。


「ーーんっ、これは……ーー」

「不味かった?」

「ーーいや、そうではなく……まぁいいーー」


 ドラゴンさんは言いかけた言葉を取り返した。


「ーー悪いが、短剣を突き刺して、オレの血を飲んでくれーー」

「……ど、ど、どこに……?」

「ーー落ち着け。お前には治癒魔法があるだろう。それに短剣で突き刺されたくらいなら、かすり傷だ。鱗の隙間を狙うといいーー」


 そうは言われても、血を飲めと言われては動揺もする。

 そうか。普通は血を与えるものなのかもしれない。血も身体の一部。

 しかし、飲むのか。……吐かないかな。


「じゃあ……刺すね。行くよ?」


 光の球を連れて、ドラゴンさんの首元まで移動して、そこに短剣を突き付ける。

 確かにこの大きさならば、短剣が刺さったくらい、かすり傷かもしれない。


「……」


 けれども、私は血が飲めるとは思えなかった。


「ーーどうした?ーー」

「ごめんなさい、血が飲めるとは思えなくて……人間は血を飲まないから」

「ーーそうだったな、それは失念していたーー」


 何か他に方法はないかと訊こうとはしたが、互いの一部を取り込まなければいけないなら、やっぱり血がいいのかもしれない。

 ここは意地でも飲み込むしかないと、思い直す。

 口を開く前に、ドラゴンさんがいなくなったことに気付く。

 代わりのように、白銀の髪をした青年が立っていた。黒い鱗の鎧を着ている。瞳は黄金色。


「借りるよ」


 ドラゴンさんの声が、さっきよりクリアに聞こえた。

 ドラゴンさんが青年になったのだと、理解する。

 青年が借りると言ったのは、私が持つ短剣だ。私の手を掴んで、自分の手首に当てて引いた。

 その手首を口元に運んだかと思えばーーーー。

 私に顔を近付けて、唇を押し込んできた。

 どろりとした液体が、ねじ込んだ舌とともに入る。

 反射的に飲み込んだあと、喉が焼けるような熱さを覚えた。


「あ、つ、いっ!」

「ドラゴンの血は熱いらしい。心配しなくても、火傷はしないから少し待つといいよ」


 宥めるように言うドラゴンさんは、私を支えてくれる。

 中心から始まって、身体の中に熱さが広がっていく。

 言われた通り、ドラゴンさんの腕の中でじっと耐えた。

 だんだん治まってきたと言うか、慣れてきたかな。


「はぁ、はぁ……これで、契りは、終わりですか?」

「うん、完了だ」


 ちょっとぼーっとしてしまうけれど、契りを交わすことは出来たみたいだ。


「これでお前……いや、君とオレは結ばれた。互いの居場所はわかるし、約束を違えることは出来なくなったよ」


 ドラゴンさんは私の短くなった髪を撫でながら言う。


「ベネディって言います、私の名前」

「ベネディ、ね。オレは黒竜のネロック」


 ネロックと名乗るドラゴンさん。その名前には聞き覚えはないけれど、黒竜は知っている。

 ドラゴンの中でも、最強で希少な分類。

 顔を上げれば、ドラゴンの面影のある顔立ち。けれども、人にしか見えない。

 整った顔立ちと、左に傾いている白銀の髪型。


「ドラゴンは、人の姿になれたのですね」

「いや、これは君の髪のおかげだ。女は髪が命という言葉の通りだったのかもしれない。生命力が漲っていた。おかげで人の姿を容易く真似が出来たよ」


 さっき言いかけたのは、それだったのだろう。

 私の髪には、生命力が漲っていた。

 そうすると、人を食べたことのあるドラゴンは、人になれるということ……?


「今、人を食べたドラゴンは、人になれる……なんてことを考えただろう?」

「えっ」

「図星だな。オレの場合は、”与えてくれた”ということが大きい。契りを交わすとはそういうことだ。互いに互いの一部を与えることで成立する。まぁ、残念ながら、ベネディがドラゴンになることはない」

「そ、そっか……なるほど」


 別にドラゴンになりたかったわけではないけれど、納得しておく。

 にやりと笑うと、ずらりと並んだ牙が見えた。鋭利な口だ。


「あ、そうだ。傷を治すね。”舞い起こせ、癒しの風”」


 私は周囲を癒す魔法をもう一度使って、ネロックの手首の傷を治す。


「なんでベネディは、全体回復の魔法を使うのだ?」

「え? ああ……これぐらいしか使えなくて」

「何を言っているんだ? 全体に使えるほどの魔力があり、器用さもあるということだぞ。適正はあるだろう」

「そういうものなの? んーでも、私は他の魔法を学ぶ機会がなくって……。この癒しの風っていう魔法もね、ネロックさんに紹介しようと思った人から特別に教えてもらったの」


 ネロックさんは、呆れたように息を深く吐く。


「なんとなく君が不遇な場所にいることはわかった。それで? ここに一人でいる理由は、仲間に囮として捨てられたってところか?」

「っ……!」


 いきなりそこに触れられて、私は思わず震える。


「まぁいい。契りを交わした仲だ、君の成長をに手を貸してやろう。魔法も戦い方も教えてやる。二度とこんなところに置き去りにされないようにね」


 ネロックさんは、私の頭を撫でると告げた。

 そして、ふわっと風を巻き起こして、ドラゴンの姿に戻る。改めて見ても、巨大だ。


「ーーさぁ、乗るといい。こんなところから飛び去ってやろうーー」

「は、はい!」


 私はなんとかよじ登って、ドラゴンの背に乗った。

 がしっとしがみ付けば、ドラゴンは羽ばたいて、飛んだ。

 暗闇を突き進み、旋回して、迷宮の中を飛んでいく。

 天井とかにぶつかったりしないかって冷や冷やしたけれど、杞憂だった。

 ネロックさんは、出口を記憶していたのか、すぐに地上へ飛び出す。

 新鮮な空気を味わうことになる。

 どこかもわからない森が広がる世界は、夕暮れに染まっていた。

 人生で初めてなほど高い場所から見た異世界を見て、私は涙を溢す。

 生きて出ることが出来て、ホッとして私は泣いた。

 生きていることを喜んで、泣いてしまったのだ。

 いきなり背で泣かれたネロックさんは、驚いたのかすぐに地上に降りた。

 そして、理由を問い詰める。

 私は泣きじゃくりながら、実の兄とその仲間に捨てられたことを話した。

 喉も胸も痛くて、泣き続けてしまう。

 それから私は「ありがとう」とネロックさんにお礼を伝えていた。

 ネロックさんに会えていなければ、きっと無理だったから。


「実の兄に捨てられただと?」


 べしべしっとネロックさんの後ろで尻尾が激しく振られた。

 尻尾あったのか、なんて思っている場合ではない。

 ネロックさんは、殺気立っていた。

 う、動けない……。


「君がそこまで不遇だとはね……全く。人とは面倒だ」

「ごめんなさい」

「君が謝ることはないだろう」


 ネロックさんが怒った目を向ける。

 尻尾は、また不機嫌に振られた。


「その兄達はどこにいる? やっぱり都心にいるのかい?」

「ええ……活動拠点は都心ですけど?」

「ベネディ、君まさかそんな仕打ちをした兄達を野放しにするつもりじゃないよね?」


 ギロリ、とさらに目付きが鋭くなる。


「……正直言って、何も考えてません……とにかく迷宮を出ようとしていただけで……」

「いや普通は報復を考えると思うけど」

「報復……」


 私はまたポロリと涙を落とす。


「しても、何も……戻らないじゃない……」


 報復して、何を得るのだろうか。


「家族なら一緒にいることが当たり前だと思ってた……愛するのが当たり前だと思ってた……でも、最初から何もない……」

「あのね、ベネディ。君にした仕打ちの罪を償ってもらうべきだよ。人間だって、人間を殺そうとすれば罪に問われるだろう? 当然の報いだ。受けさせないともっと悪いことになるかもしれない。君だけじゃなく、気に入らない人間を同じ目に遭わせることも考えられる。悪者は繰り返す。被害者が増えるかもしれない」


 ネロックさんは片膝をついて、座り込んだ私と視線を合わせた。

 黄金色の瞳で真っ直ぐに見つめて、告げる。


「ベネディが欲しかったものは手に入らない」


 はっきりと現実を突き付けてきた。

 前世にあった家族愛は、現世ではない。

 それが現実。


「でも、オレがいる」


 ネロックさんのその言葉に、目を大きく見開く。


「これからはオレがいるから一人じゃない。オレを家族の代わりにしてもいいよ。オレは構わない」


 家族代わりになってくれる。

 また私の頭を撫でる手つきは、とても優しかった。

 そっと微笑む顔も優しさ、そのものだ。


「は、はい……」


 なんて魅力的な青年なんだろう。

 私は魅力に当てられて、顔を熱くした。

 その顔を見られたくなくて、俯く。

 すると、耳をつままれた。


「耳まで真っ赤」


 にやりと笑う顔を見てしまい、クラッと眩暈に似た症状を起こす。

 座っていてよかった。倒れるところだった!


「さぁ、行こうか。ベネディ。先ずはオレの呪いを解いてもらってからにしよう。それから、罰を与える。なーに、殺しはしないよ。ちゃんと敗北と言う屈辱を与えてから、牢屋に投獄させる」


 それから意地悪そうな笑みを浮かべて、私を片腕で抱き上げた。

 なんて力持ち!  ってそんなことに驚いている場合ではない。


「兄のパーティは強いですよ!」

「敬語、要らないから。さん付けも要らない。呪いを解いてもらえば、この姿に慣れてなくても勝てるよ。念のため、君には色々仕込むから覚えてね。サポートをお願いするよ」

「ええっ!?」


 そのまま歩き出すネロックさん。違った、ネロック。

 瞠目していれば、ちゅっと頬に口付けをされた。

 私は、またもや耳まで真っ赤になってしまう。


「なんでこれくらいで真っ赤になるかな? さっきは口にしたのに」


 とんでもないことを思い出された。


「~っ!!!」


 私は声にならない叫びを上げてしまうのだった。




 その後。道中で色んな魔法を教わり、そして試した。

 そして都心に到着してから、約束を果たして、ネロックにかけられた呪いを解いてもらった。

 兄達の居場所は、わかっていたので、ネロックと一緒に呼び出した。

 一戦交えて、敗北を与えた。

 兄達は若くても強者に数えられたパーティだったので、それなりに長期戦を覚悟したけれど、ネロックの圧勝だった。

 私も言われた通りサポートをしたけれど、それは要らなかったように思えるほど。

 あらかじめ、呼んでおいた兵に兄達を投獄してもらった。

 暴れながらも私の罵声を浴びせる兄を見送る。

 胸が痛んだが、またネロックが頭を撫でてくれた。


「オレがいるよ」


 あまりにも優しい言葉に、私はポロッとまた涙を落とす。


「ありがとう」


 お礼を告げて、手を握り締めた。




 

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