個人情報、空中ブランコ、影響力

「なあ、ほんまに頼むって」

 そう言ってテッペーは両手で拝む仕草をしながら頭を下げた。

「あかん。無理。個人情報やで、そんなん」

 すげなく答えながら、心臓はずっとバクバクいってる。テッペーに冷たくしてるからじゃない。テッペーは昔から単純な奴で、意地悪を言われても次の日にはけろりと忘れてるぐらいだ。言い過ぎた、なんて気に病むだけ無駄。

「自分で聞いたらええが。クラスメイトなんやから何もおかしいことないよ」

 テッペーが知りたいのは、女の子の連絡先だ。何ていうか、まあ、そういうこと。相手は私ともテッペーとも同じクラスの河村さん。私とは仲は良くも悪くもないけれど、校外学習の班分けで一緒になって連絡先を交換した。そこにテッペーは目を付けたのだ。

「それができたら最初からしとるが」

 一向に頷かない私に、テッペーは歯痒そうに苛立たしそうに顔を歪め、頭を振った。話が通じない、とでも思っているのだろう。こちらからすればテッペーの方がよっぽど理解力がない。自分で聞けって言ってるのに。

 いつも考える前に動いてるようなテッペーがこんな風になるのはすごく意外だ。その感情の影響力はこんなにも大きいのか。なんだか少しぞっとする。

 私にはよくわからない。

 漫画の中やドラマの中ではキラキラしてる。友達も、その話をする時ははにかみながらも声は上擦っていて楽しそう。でも時々、そんなことで?と思うようなことで苛々したり泣き出したりして、近くで見てるだけでもすごく不可解で疲れる。

 そう言うと、皆「いつかはあんたもわかる」って笑う。ちょっとの優越感をにじませながら。わかりたいって言ってるんじゃないんだけど。

 私にとってそれは地続きの階段なんかじゃなく、空中ブランコみたいなもの。外から見てるぶんには華やかで、だけど実際やる側になったらたまったものじゃない。だって次のブランコに飛び移るには、今の場所から手を離さなければならないのだ。勇気を出したとしても、失敗したら真っ逆さま。それって痛いんじゃないの?

 焦れた声でテッペーが呻く。

「ほんまに頼むって。こんなんお前にしか頼めんのや」

 まあ、そうだろうな。テッペーは友達は多いけど、女の子の友達は小学校入学してから増えてない。数少ない中から同じ中学に進んで同じクラスにまでなったのは、私だけだ。

 テッペーも今、空中ブランコから飛ぼうとしているのだ。それで命綱に私を使おうとしている。手を貸すのは簡単。でもそのすぐ後に、今度は実際に連絡するっていう次のブランコが控えていること、テッペーはわかっているのだろうか。

 そしたらテッペーは落ちる。

 だって河村さんは他校に彼氏がいるから。これも不可解なところなんだけど、その状態にある人って、内緒だよって言いながらよく喋る。だから校外学習で同じ班になっただけの私にも、そんなことを打ち明けてしまう。

 心臓はずっとバクバクいってる。頭の中では、テッペーが空中ブランコから落ちる場面が延々と繰り返されている。

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