排他的、短歌、練習場

 カシュッ、と乾いた音がして、打ち出された白球は真っ直ぐな軌跡を描いて飛んでいった。

「ナイショー」

「イエーイ」

 隣の打席にいたチセが、ゴルフクラブを持ったまま拍手してくれた。もちろん音はパチパチなんて気持ちいいものにならないけど、こういうのは気持ちだ。こちらも満面の笑みでピースサインを返す。

 こういう時にチセがいてくれてよかったな、と思う。一人じゃこんな風にはしゃげない。

「やるじゃーん」

「まあねー、やっぱ打つなら止まってる球だよ」

「バッセンの時は二人とも一つも打てなかったもんねー」

 その言葉に、バッティングセンターの打席の中でひたすら目をつぶってバットを振っていたチセの姿を思い出す。行ったのは先週のノー残業デーのこと。正確にはチセのバットは一度だけボールに掠った。それだけなのに何度も飛び跳ねてはしゃいでいた。かわいかったので印象に残ってる。

 別に野球にもゴルフにもそんなに興味があるわけじゃない。チセだって同じサークルだったけどそこは規模が大きくて、属してるグループは別だったのだ。でも就職で地元を離れた私とチセの職場が案外近くて、なら仕事終わりに遊ぼうよって話になって、だけど二人ともお酒は飲めなかった。そこで「体動かしたいよね」ってチセが言ったのがきっかけ。

 というわけで、今週はゴルフ練習場だ。オフィス街から好アクセスな立地だけに、仕事帰りっぽいサラリーマンも結構いる。やっぱり男性が多め。こういう場にはいるんだ。

「今どれくらい飛んだの? フォームを直せばもっと飛ぶようになるよ」

 はい、来た。コーチ押し売りおじさん。もちろん先週にバッティングセンターでも遭遇済みだ。別人だけど習性は同じ。女性のみのグループに声をかけてあわよくばお近づきになろうとする。

「お構いなく。うちら楽しくやりたいだけで、飛距離とかどうでもいいんで」

 チセと話す時よりかなり低いトーンで返すと、それだけでおじさんはちょっと鼻白む。変に愛想よくすると期待を持たせるだけだということは、先週のうちに学習済みだ。

「時間がもったいないんで、用がないなら失礼しますね」

 おじさんが何か言い返すのを遮ってチセが追い打ちをかけた。話し方は礼儀正しいんだけど、決定的によそよそしくて、迷惑顔を隠さない。おじさんはまだ何かぶつぶつ言っていたけど、無視してスタッフ呼び出しボタンに手を掛けるとやっとどこかに行った。

 古い居酒屋とかゴルフ練習場とか、男性中心の場に女性がいると、やけに排他的になるか鼻の下伸ばして近付いてくるか、どちらかのおじさんが多い。前者も面倒だけど後者も大概だ。なんで赤の他人が無償でホステスやってくれると思ってるのか。

「おじさんも、親切顔で下心隠せてないのどうにかしろよ」

 とげとげした気持ちでそう言うと、チセがいきなり噴き出した。

「短歌生まれてんじゃん」

「えー? 嘘ォ。お、じ、さ、ん、も……。うわ、マジだわ」

 そこで自分の思わぬ才能に驚いて、おじさんのことはどうでもよくなる。チセは何がツボに入ったのやら、笑い過ぎて涙まで浮かべている。

 チセがいてくれてよかったな、と思う。ナイスショットにはしゃぐのも、仕事終わりに寄り道するのも、おじさんに立ち向かうのも、一人じゃ心細い。でもそれだけじゃなくて、自然体で楽しくさせてくれるところが、一緒にいて心地いいんだ。

「来週はビリヤードだね」

「あ、止まってる球?」

「そう、止まってる球打ちに行こう」

「行こう」

 チセみたいになりたいなぁと、密かに思ってる。チセにも、私と一緒にいたら楽しいって思ってほしいからね。

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