逆恨み、整骨院、骨休め

「ああ~、痛い、痛いよぉ」

「みっともない声出すなよ。もう着くから、ほら、頑張れ」

「頑張れないよぉ~」

 恥も外聞もない様子で延々と泣き言を繰り返す父に肩を貸しながら、整骨院の自動扉をくぐる。今まで何の気なしに前を通り過ぎていたが、なるほど押し戸や引き戸を開けるのもままならない患者にはありがたい。

 昼前に自分が起きてきた時には、もう父はこんな状態だった。居間のローテーブルの脇に蹲って呻いている父を見た時には肝をつぶしたが、症状を聞いてみればただ腰に激痛があるだけという、つまりはぎっくり腰だ。何故か急に家具の配置が気になり模様替えをしようとしたところ、手始めにローテーブルに手を掛けた段階で発症したらしい。

 救急車を呼ぼうかとも考えたが、それは父が拒否した。こんなことで救急車なんてご近所に恥ずかしいだの何だの。その結果、生まれたての小鹿のようなへっぴり腰と甘ったれた泣き声を町内に披露したのだから、世話はない。

 受付の女性は慣れているのか、情けなく呻き続ける父には目もくれずにこちらが提示した保険証を受け取った。

 整骨院の中は何故だかおろしたてのレザージャケットみたいな匂いがした。待合室には確かに合皮のソファが置いてあるのだが、おろしたてどころか使い込まれて擦り切れている。

 そのソファに父を座らせて、自分も隣に腰を落ち着けた。家を出てからずっと肩にあった重さがなくなり、人心地つく。が、横の父はまだふにゃふにゃと泣き言を言い続けていた。

「お前、お前なぁ、みっともないなんてお前、父さんがぎっくり腰になったのはお前のせいなんだぞ、もっといたわれよぉ」

 泣きながらひどい逆恨みをぶつけてくる。どうも父が初めてぎっくり腰になったのは幼い頃の自分を持ち上げた時で、そのことを言っているらしい。ぎっくり腰は一度発症すると癖になるらしく、その最初の一回のために以降の父のぎっくり腰の原因は全て自分に集約される仕組みになっている。

「はいはい。明日は会社休むか。こんなんじゃ仕事に行けないだろ」

 自分も思春期頃なら反発したと思うが、反論するのも疲れてしまって今はもう軽くいなすだけだ。でも自分の父親の子供っぽい面というのは、やっぱりあまり見たくはない。

「あっ、休む休む。有給消化しろって言われてたんだ。ちょうどいい骨休めだな」

 整骨院だけに? と思ったが黙っておく。

「整骨院だけに」

 父は自分でそう言ってナハハと笑った。同じことを考えていたというのが親子だなと思う反面、思っていても口にするのとしないのとでは大きな違いがあるとも思う。少なくとも自分は、「くだらない」と自制が働いたので言わなかった。

 父に呆れかけて、けれどこれは子供っぽいのではなくて年を取ったということなのかも知れないな、と考え、少し気持ちが塞ぐ。

 同時に父に優しくしなければいけないような気がして、とりあえず自分もナハハと笑った。そう笑う自分の声は、父によく似ている。

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