第98話 ベース車決定

 ガレージの中には、2台のハッチバック車があった。

 1台はボディが白なんだけど、ドアの後端から後ろの窓にかけて『VZ-R』という大きな文字と、その下に小さな文字のデカールが貼られているちょっと派手な車だった。


 しかしながら、後ろに回ると何故ここにあるのかがよく分かる状態になっていた。

 明らかにリアバンパーの辺りが、がっつりとへこんでいて、トラックに追突されてしまった痕跡がありありと分かるものだった。


 そして、もう1台は濃い赤色、ワインレッドというのかあずき色というのかがちょっと微妙な感じの綺麗なボディの同型車で、室内を覗くとオートマのシフトレバーが生えていた。

 外観を見ていくと、こちらはへこみもなく綺麗な状態で、トランク部分には『PULSAR』と書かれていた。


 その名前を見て、私もなんとなくはその車が分かった。

 確か、コンさんが日本で一番最初に乗った車が、パルサーのミラノX1ツインカムという車だったと聞いた事がある。

 確か、ヨーロッパを中心に売っていたコンパクトカーで、サニーとはほぼ共通のシャーシの上に成り立っている前輪駆動車、そして、ヨーロッパを主戦場にしているため、ややスポーティな性格だと聞いている。


 しかし、ドアロックの開いていた赤い方の室内を覗くと、オートマであることは別として、メーターもスピード計だけで、まったくスポーティさを感じさせなかった。

 外観は社外品のアルミホイールが目を引いたが、それもカー用品店などでタイヤとセットで激安で売られている物であり、恐らくはスポーティというよりも主婦の足車というような感覚で乗られていた車に見えるのだ。


 ボンネットを開けてみたが、エンジンも、見た感じはごくごく普通のエンジンにしか見えなかった。

 排気量は分からないけど、見た感じ1200cc~1500ccくらいなんだと思う。


 「なんか、このパルサー、普通っぽいね」


 沙綾ちゃんがボソッと感想を言い、私も同意するように頷いた。

 一体教師水野は、この車を何に使おうというのだろう?


 とすると、私たちの興味は必然的に事故車へと向いた。

 派手な外観と言い、きっとメインはこちらの車なのではないかと思うのだ。

 すると、スマホを見ていた沙綾ちゃんが、交互にこの車と見比べながら言った。


 「これって、VZ-Rじゃないんですか?」

 「なに? VZ-Rって?」


 私が訊ねると、背後から


 「VZ-Rとは、パルサーセリエと、ルキノハッチ、S-RV、及びルキノクーペに設定されていた可変バルブタイミング機構付きの最強版だ。しかし、それはただのVZ-Rではないぞ」


 と、教師水野の声がした。

 沙綾ちゃんはハッとした顔になって


 「まさか……N1なんじゃ……」


 と言うと、ボンネットを揺すって、教師水野に開けるように催促した。

 そして、開いたボンネットに収まるエンジンを見て


 「やっぱりだ……」


 と言った。

 私もその様子を覗くと、こっちのパルサーのエンジンは、さっきの小豆色とは違って、一回り大きく見え、そしてヘッドカバーは眩しいメタリックレッドの、見るからに高性能さを感じさせるものだった。

 そして、心なしか私のシルビアのエンジンにも似た形に見えた。

 勿論、後輪駆動と前輪駆動なので、積み方の向きは違っていたけど、このヘッドカバーの形には私は妙な親近感を感じた。


 「ちがーう! ただのN1ではないと言っているだろう! これはN1・バージョンIIだ」


 と教師水野が不満全開といった表情で捲し立ててきた。

 

 それにしても、さっきからVZ-Rだけでも理解が追いつかないのに、N1だのバージョンIIだのと言われると、更に理解が追いつかないんだよ。


 沙綾ちゃんが言うには、このVZ-Rには、N1耐久レースというカテゴリーで、打倒・シビックタイプRを目標に作られたN1というグレードがあり、通常のVZ-Rが青いヘッドカバーで175馬力なのに対して、こっちは赤いヘッドカバーで200馬力を発揮するさらにハイチューンなクラス最強のエンジンだそうだ。


 確かに、1600ccのノンターボで200馬力って、ちょっと尋常な数値じゃないって事だけは確かだよね。

 そして、このエンジンの名称はSR16VEというそうで、そのシリーズ名称からシルビアに載るSR20DEエンジンと同じシリーズという理解で合っているらしい。


 そして、'97年に200台限定で出たN1に続いて'98年に300台限定で出たのがN1・バージョンIIなんだって。

 なるほど、車の成り立ちは分かったとして、それで、教師水野はこれをどうしろと言うのだろう?

 そう思った私は


 「それで、この後ろの潰れた車でどうやってダートに出るんですか?」


 と訊くと、教師水野はきょとんとした顔になって


 「だから、ここに同型のセリエレッツォのボディを用意したのではないか! このボディに、このメカニズムをそっくり移植するのだよ」


 と言った。

 私はそこまで言われて、ようやく教師水野の考えている事が分かった。

 要するに、教師水野はおじさんから、VZ-R N1・バージョンIIの事故車がある事を聞かされ、同時に極上の同型ボディを手に入れて、合体させて競技車を作る事を思いついたのだろう。


 しかし、そう簡単にいくのだろうかと不安に思っていると


 「不安要素が思い浮かぶのはよく分かるが、何事も習うより慣れろだ。現に諸君らは、ムーヴのミッション載せ替えをやってのけたではないか!」


 と言うと、私の背中をポンと叩いた。


 教師水野が、そのようなスキンシップを取ってくるとはとても信じられなかったので、正直驚いてしまった。

 恐らく、妙にハイテンションになっているのだろうと思う。


 そんな私たちの動きを尻目に、沙綾ちゃんが不安そうに2台を見つめているのを見た教師水野は


 「不安ならば、別に無理しなくても良いぞ。このバージョンIIは、何を隠そう私がこのB15に移植させようと目論んで入手していたものだからだ」


 と言って、乗ってきたサニーの屋根をポンと叩いて言った。

 どうやら沙綾ちゃんの話だと、この型のサニーの初期のごく僅かな期間のみ、VZ-Rは存在していて、通常の青ヘッドの方が搭載されていたそうなので、エンジンが載る事は間違いないらしい。


 何故かサニーの屋根に手をついて、ドヤ顔で迫ってくる教師水野を見ている沙綾ちゃんの表情が見る見る不機嫌そうになっていった。

 

 「燈梨さん。この2台の移植作業、私たちでやろうよ!」


 沙綾ちゃんは言うと

 

 「先生、ありがとうございます! この2台の移植作業でダート車両を作っていきます!」


 と教師水野に対して続けて言った。


 正直、この時の沙綾ちゃんは完全に教師水野にハメられていたと後で知ったのは、教師水野がサニーに赤ヘッドのSR16VEを積んでいるのを数ヶ月後に見た時だったんだよ……。


 「なるほど、了解した。この2台に関しては、この間入手した2台積みのローダーで学校に運んでおくから、車が到着したら、早速始めてくれたまえ」


 教師水野は、普段と変わらない調子で言っているつもりだったけど、顔の表情がいつもと明らかに違って、血色のあるほころんだ表情になっていたんだ。


 ダート大会に向けて、全てが動き始めた瞬間だったんだ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『パルサーでダート車なんて作れるの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。

 

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