第97話 レギュレーション
その日は結論を出さずにみんなの意見を聞いたが、やっぱり、ダートでスターレットを使いたい2年生と、それによって使えなくなるのが嫌な1年生という構図が色濃く残っており、結論が出そうな雰囲気ではなかった。
部を終えて、今日の活動報告をしに七海ちゃんと職員室に向かっていたが、七海ちゃんは
「まったく、1年生は自分達が乗りたいからって反対してるに決まってるっスよ! アイツらは、私が1回シメておくっス!」
などと言うため
「ダメだよ! ここは自動車部なんだから、シメるとか、意見を認めないとかなんて無いからね!」
と言って諫めたんだ。
職員室に行って、教師水野に今日の議題とその結果について話した。
すると、教師水野は目をしぱしぱと瞬きさせながら
「了解した。別にあのEP82は、たまたま手に入っただけで、ダート車にしろと言うつもりで用意したものではないから、そういう事ならこちらで何か探してみる」
とあっさりと言った。
教師水野はあっさりと言うんだけど、いつもいつもどこから車を入手してくるのかが、不思議なんだよね。
綾香のNXクーペや、今回のスターレットなんて、明らかにあの解体屋さんに回ってきたものじゃないと思うんだよね。
その話を聞いて、帰ろうとしたその時、教師水野が言った。
「ちなみに、希望者に販売しても構わないよ。部員で希望者がいるなら、私を訪ねるように伝えてくれたまえ」
でも、もう3年生は車を持っているし、2年生は留年した私以外は当然免許を持っていない。
部員で希望者なんて出る訳ないじゃん。未来に購入希望する娘を探して来いってのかな?
私は七海ちゃんの同意を得ようと、ちょっと呆れ気味に七海ちゃんの方を見て、『教師水野は困ったもんだねぇ』という感を出そうとしたが、その七海ちゃんの表情が明らかに満更でもなさそうな、何かに期待してるようなものだったので、正直驚いてしまった。
なので、七海ちゃんに
「七海ちゃん、あのスターレット欲しいの?」
と訊くと、七海ちゃんは慌てて
「そ、そんな事ないっスよ! でも、それは条件次第では、今から家の農機具小屋にでも入れさせてもらって……」
と前半は否定しながらも、後半は明らかに乗り気な様子でへらっとしながら言っていた。
やっぱり、金額次第では欲しいんじゃん!
部は解散していたので、ほとんどの部員は帰っていたけど、沙綾ちゃんと七菜葉ちゃんは、七海ちゃんの事……というより、今回のダートのベース車の話を待っていたようだ。
そこで、さっきの教師水野の話をすると
「ええーっ!? 他にも用意するって言ったんですか?」
「しかも、スターレットは欲しい人がいたら売っても良いって、どういう事なんですか?」
と、2人とも驚いていた。
そして、七海ちゃんは
「燈梨さん、スターレットの話はみんなにしなくても良いっスよ!」
と私に噛みついてきた。
どうやら、みんなに話さずにスターレットを独り占めするつもりだったみたいだ。
それを見た2人が
「なんで、ナミはそこのところを秘密にしようとしてるのよ?」
「ナナっちさ、もしかしたらウチらに黙って、EP82を買っちゃおうって算段だったんじゃね?」
と、七海ちゃんに詰め寄っていったよ。
結局、その日は七海ちゃんの抜け駆けがバレて、2人が七海ちゃんを締めあげるという流れのまま、建設的な議論になることなく終わっちゃったよ……。
翌日以降も、ダート車の話になると、やっぱり世代間での議論が分かれちゃって難しい状況になっちゃったんだよね。
ただ1つ、七海ちゃんが何故か1年生側に立つようになったって事だけで……。
その間も、みんなはダート車についての調査は怠っていなかったようで、色々な代替案が出たんだよ。
「シビックタイプR買いましょう!」
「何言ってるの? そんなの高くて部費で買える訳ないよ! 先輩、スイフトにしましょう!」
う~ん、1年生のみんなは、私たちの年代の次にその車に乗るだけに、凄く真剣そのものなんだけど、やっぱり金銭感覚はないよね。
……でもって、確か舞華ちゃんがスイフトスポーツでも初代なら人気が無いから安いって言ってたなぁ。
そう思って、私はスマホで初代スイフトスポーツの画像を見つけてみんなに見せてみた。
すると次の瞬間、みんなが明らかに『ゲッ!?』みたいな表情になったのを見逃さなかった。
まぁ、スイフトが日本人に指名買いされるようになったのは2代目以降のモデルだから仕方ないよね。
形も全く違うんだけど、スポーツのイメージカラーがイエローなのは以降の代と同じなんだね。
その日の活動は、スターレットの基本整備をしようかと思ってたんだけど、何故かガレージの中のスターレットのフロントガラスに『商談中』なんて札が掛かってたから、できなかったよ。
なんか、書いてある字の癖から見るに、七海ちゃんっぽいんだよね。
私は、とにかく今日の意見をまとめたものを、部活終了後に教師水野に見せて報告した。
教師水野は、珍しくその議事が書かれた紙に見入っては、目をしぱしぱとさせて見てから
「となると、ダート車に関してはシビックタイプRか初代のスイフトといったところなのかね?」
と質問してきた。
「一応、彼女たちの意見として出たのはこのくらいだったんです。もう少し時間があれば、もっとたくさんの車種が出てくると思うんですが……」
私が説明すると、教師水野はフッと笑って
「了解した。ところで、妥協できない点などはあるかね? 無ければ私の独断と偏見で決めてしまうが……」
と言ったので、特に私には思い浮かべてみたが適切なポイントは見つからなかったので
「いえ……特に」
と言うと、教師水野は
「難しく考える必要はない。ただ、競技に出るのだから、勝ちが狙える車に乗るのか、好きな車で頑張るのか……といった意味でしかない」
と言った。
正直、私にはどの車が勝ちを狙るのかなどという事は分からない話なので、選択のしようが無いのだ。
ただ、入手しやすい価格帯のものとなると、恐らくはみんなの候補に挙げているようなものでは無くなるのではないかと思うのだ。
舞華ちゃん達3年生に聞いたところ、ジムカーナでもノートで出場している学校はウチだけで、他の学校はスイフトスポーツかシビックが大半だったそうだ。
軽耐久レースでのエッセは、結構メジャー車種ではあったけど、あれは偶然車が先に見つかったようなもので、私たちで候補を挙げて探したものではないそうだ。
私は、部屋に戻った後も、パソコンで検索をかけながらダートのベース車について色々調べてみたけど、学生大会のレギュレーションでは、中排気量のターボ車などでは出場できないため、となると自ずと車種が限られてくるようだ。
やっぱり、みんなの言うようにミラージュやシビックのような1600cc級のノンターボか、スターレットやマーチRといった小排気量のターボ車というところがメジャーどころになるらしい。
私は色々調べてみたけど、まだ車の知識に詳しくない現段階では、具体的にどんな車がこのクラスにあって、それをどのように仕上げていくと良いのかのイメージが湧かなかった。
そんな中で迎えた翌日、私と沙綾ちゃんは、教師水野から呼び出しを受けたため、今日の部活は3年生と七海ちゃんに任せ、教師水野が運転するサニーに乗って向かった先は、いつもの解体屋さんだった。
「おおっ!? 沙和子来たな? あれはあっちにある」
解体屋のおじさんは、最初は私たちがいるとは思っていなかった様子で教師水野に話しかけていたが、その様子があまりにもいつものおじさんのテンションの高いものとは打って変わって低い声でボソッと言ったので驚いてしまった。
教師水野は、サニーの運転席に戻ると、ガレージの中へとサニーを入れ
「そこにあるのが、私が用意したベース車だ。降りてじっくり見たまえ」
と言った。
サニーから降りた私と沙綾ちゃんは、目の前にある車を見て、思わず言葉を失ってしまったんだ。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『水野が用意したベース車って、一体なに?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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