第96話 ベース車両の争い

 私には、教師水野が言っていたダート出場車に心当たりがあった。


 少し前に、友人の綾香が舞華ちゃんの紹介で、教師水野に車を探して貰った事があった。

 その結果、綾香は鮮やかな黄色の日産NXクーペを買ったのだけど、その際に教師水野がもう1台用意していた車があったのだ。


 恐らく、その車が今回のダート車両としてやって来るのだと思うんだ。

 なんか、舞華ちゃんがそんなような事を言ってたような気がするんだよね。


 前に、大学の自動車部の活動報告なんかでダートの画像なんかを見ると、この車の参加率が物凄く高いんだよ。

 だから、せっかく手配した車を無駄にしないためにもこれを使うような気がするんだよね。


 「ところで、水野はどんな車を用意したんですか?」


 沙綾ちゃんが言って、その後ろで陽菜ちゃんと若菜ちゃんが興味津々で身を乗り出しながら聞いていた。


 「トヨタのスターレットターボだよ」


 私は答えると


 「ええー-!?」


 みんなは驚いて言った。

 私だって、綾香の車の話に絡まなかったら知らなかったけど、その話を知ってるから推察できたんだよ。


 確か、綾香の話の後も、そのスターレットは職員駐車場の隅の方にいつも止まってるのを見てるからさ、きっと教師水野がなにかに使うつもりでとってるんだと思っていたんだよね。


 「水野の奴、そんな車を隠し持ってたんっスかぁ?」

 「でも、なんかまた隠してるのって気分悪くないですか?」


 七海ちゃんと七菜葉ちゃんが次々に口にしたけど、ここで教師水野の愚痴を言っていても仕方ないので、まずは決定した結果を持って、翌日に報告に行く事にした。


 翌日、報告をした私たちに教師水野が案内したのは、やはり教員駐車場の隅にあったスターレットだった。

 どうやら、綾香の話の後に車検が切れたのか、以前と違ってナンバープレートが外されていた。


 ナンバー無しの状態で外を走らせるわけにはいかないので、教員駐車場のフェンスを一部外して、敷地内から出さないようにしてガレージまで運び込んだ。


 運び込まれたスターレットを改めてみんなで見てみると、これがダート大会の常連車には見えないんだよね。なんか、ボンネットについてる空気取り入れ口以外は、普通のコンパクトカーって感じで、これがどういう感じの競技車両になるかってイメージが湧かないんだ。


 とは言え、エッセやノートの例もあるし、普通の車が競技車になる瞬間ってのがあるから、それはそれで楽しいかも……と思っていた。

 特に、つい最近まであのムーヴが激変した作業をやっていたばかりなので、この手の車が変わっていく様を見ていくのは楽しいかもしれないと思っている自分がいた。


 ただ、このスターレットって、綾香の車の候補にしていたくらいだから、いきなり競技車にしちゃうのは勿体ないような気がするくらいなんだ。


 「結構、中も綺麗っスよね!」

 「ただ、中は至って普通ですね」


 七海ちゃんが言って、七菜葉ちゃんが続けた。

 どうやら、七菜葉ちゃんのお祖母ちゃんが、同じ型のスターレットの通常グレードに乗っていたらしくて、その内装をよく覚えていたみたいだよ。


 「ところで、競技車にするために何が必要になるかをみんなで考えようよ!」


 私が言ってみんなで考える事になった。

 まずは、レギュレーションを、教師水野から貰った書類を見て調べてみた。

 最初にロールバーは必須で、他にダート走行用のタイヤ、足回りが必要になるとの事だった。

 ロールバーに関しては、横転の危険性が高まるコースだし、それは第二練習場の3台の練習車にだって危険防止のためにロールバーをつけてる事からもよく分かるよ。


 「LSDもあった方が良くないですか?」


 陽菜ちゃんが言った。

 LSDとは、リミテッド・スリップデフの略で、駆動輪のタイヤの空転を防ぐための機械の事なんだけど、モータースポーツをやる上、未舗装のこの競技では必要になってくるかもしれないね。


 でもって、このくらいのスポーツ系のグレードになると、標準でビスカスLSDとかついてるもんじゃないの?

 そんな事を私が口にすると、陽菜ちゃんが


 「この車は、標準ではオープンデフですよ」


 と言った。

 オープンデフっていうのは、LSDなどがついていない標準状態のデファレンシャルギアのついた車の事だそうだ。

 取り敢えず、確認のためにフロントをジャッキアップした状態で、片側のタイヤを手で回してみたところ、逆側のタイヤが反対方向に回転したため、オープンデフが確定したよ。


 まぁ、あとは軽量化とカラーリングとかかな。

 元々が軽量な車だから、驚くほど軽くはならないだろうけど、それでもダイエットさせれば結構絞れるんじゃないかなって思うんだ。リアシートとかリアの内装とかも要らないだろうし、この辺とかシート本体とかでも軽量化できそうな気がするんだよね。


 それと、綾香や舞華ちゃんが言ってたんだけど、このスターレットってパワーウインドーが付いていないのもポイント高いんだよね。

 この頃はオプション設定だったけど、バブル期だった事もあって大半の人が付けてたみたいなんだけど、この車を買った人は必要なかったみたいで付けてないんだよ。

 こういう装備品は、この手の競技車には軽量化と、故障を避ける意味で要らないっていうのが一般的なんだよね。


 それから、この車って年式の割りには綺麗な方だけど、やっぱり天井の一部とかの塗装が剥げかかってるから、その辺もあってカラーリングに関しては一考の余地があるかもね。

 まぁ、ここはみんなでどんなデザインにするかを考えるのも面白そうだね。 


 しかし、私は気になる事があったので、その前にみんなに質問してみた。


 「みんな、このスターレットでダートに出るって事で話が進んでるけど、ホントにそれで良いの?」

 「それって、どういうことですか?」


 陽菜ちゃんが訊いてきた。


 「だから、このままだと先生の術中に嵌まっちゃうって事。ダートに出るとしても、別の車を探してくるって手もあると思うよ。折角だから、ハイパワーなFFの練習車として、みんなで使えると思うよ」


 私が言うと


 「別に良いんじゃないですか?」


 と、七菜葉ちゃんが言ったが


 「確かに、燈梨先輩の言う通り、考えた方が良いと思うんですよ」


 と言ったのは塔子ちゃんだった。


 「今の学生大会って、既にスターレットでなくてシビックやミラージュじゃないですか? だから、そっちにはそういう車を持ってきて、このスターレットでFFターボの走りを体感する練習車にするんです!」


 更に続けた塔子ちゃんの言葉は凄く強かったよ。

 確かに、FFのターボ車って、軽自動車とかでないとなかなかお目にかかれないものになってきちゃったよね。


 だから、確かにその練習車にしちゃうのもアリだと思うんだよね。

 ホラ、ダート大会の車両にしちゃうと、大会前に壊さないようにっていう配慮からどうしても使う機会が少なくなっちゃうし、それに、大会で勢い余って横転なんかさせちゃった日には、正直、もう乗れなくなっちゃうからね……。


 「でも、代わりのダート車なんて、そんな簡単に見つかるんですか?」


 七菜葉ちゃんが言って、沙綾ちゃんも同調した。


 「ただ、そこは先生にお伺いを立ててみるしかないよ」


 私がなだめるように言った。

 なんか、この争いって1年生対2年生の様相を見せてない?

 来年の大会で乗ってみたい2年生と、みんなで楽しみたい1年生との対立の構図になってきているように見えた。

 さて、どうしたものか? 私の頭はだんだん痛くなってきたんだよね……。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『水野に代わりなんて用意できるの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。

 


 

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