第3の競技編
第95話 新たな競技の予感
部車の冬支度と、それに伴うムーヴのミッション載せ替えにはじまる基本整備もひと段落ついて、これからやって来る冬への備えは万全となった。
私は、北海道の出身だから雪と寒さに関しては慣れたものだけど、ここで迎える初めての冬という事もあって、少し不安な点も無いわけではないんだ。
私と同じ高校の出身である綾香が
『こっちの冬は、向こうとは違った厳しさがあるから、慣れたつもりでいるとダメだよ』
なんて言ってたから、何か違う点があるんだろう。
きっと、こっちは標高が高いから、そういった意味での厳しさもあるんだろうね。
そんな落ち着きつつある日々に戻っていた週明け、私と七海ちゃんは、放課後教師水野から呼び出しを受けた。
「来年度の参加競技について決めていきたいと思う。学生大会の一覧はこれだが、希望があればエントリーをしてみるので、遠慮なく希望を出してくれたまえ」
舞華ちゃんに聞いたところでは、この自動車部自体が急造だったために、今年は学生ジムカーナに出たのと、この間の軽自動車の耐久レースに出ただけって話だったよね。
しかも、両方とも教師水野が事前にエントリーだけしていて、車両もギリギリになって用意したような感じだったって……。
一覧を見ながら考えていると、ふと教師水野が
「私のお薦めはダートラだ。ジムカーナとセットでエントリーして練習する事で、車の基本の動きが学べる」
と、何故か妙に前のめりになって言ってきた。
いや、傍から見ているとそんな風には見えないレベルなんだけど、元々が一本調子で話して表情に乏しい教師水野なので、これだけでもかなり違うのだ。
そんな事が分かってしまう私も正直、悲しいなと思っちゃうけどね。
話を聞いてみると、舗装されていない低ミュー路を走る事によって、車の挙動がクイックになって、曲がり方のきっかけの掴み方や、滑ってしまった際の立て直しなんかの動きを学べるから、この競技の練習をする事が即ち、冬の凍った道路なんかでの立て直しや、滑らないアクセルワークの練習になるんだって。
そう考えると、私たちの地方向きの競技に見えなくもないよね。
「ところで、これってラリーとは違うんっスか?」
「誤解されやすいが、まったく違うものだ」
七海ちゃんが訊いて、教師水野が答えた。
正直、私もその疑問はあったが、違うものらしい。
ラリーとは、舗装や未舗装、街中などの様々な条件の中を走り抜けてタイムを競うもので、ダートとは、未舗装のコースの中を走ってタイムを競うものなので、その性格が全く違うものなのだそうだ。
「ところで、車はどうするんっスか? パジェロとかっスか?」
七海ちゃんが、また私の疑問を先回りして答えてくれた。
すると、教師水野は僅かにニヤッとしたような表情を浮かべて
「サファリラリーではないので、車種は一般的な乗用車だ。一応、今度入って来る予定の部車があるが、それを使って貰って構わないよ」
と得意気に言ってみせた。
なんか、また教師水野に上手い事ハメられている様な気がするけど、とにかく、ある物ではじめてみるってのも1つの方法だとは思う。
だけど、どうにも教師水野のドヤ顔が正直ムカつくので、敢えて言った。
「まずは、部員で総意を取って、何に出るのかを決める事にします」
すると、教師水野は驚いたような表情を浮かべて
「待ちたまえ。基本の2つだぞ。まずはこの2つに出場してみてから考えてみるべきだ」
と食い下がってきたが
「でも、部員の決を採るのが部活動の基本じゃないですか?」
と敢えて無表情で言って退け、一覧表の紙を持つと七海ちゃんと共に部室へと向かった。
◇◆◇◆◇
「大丈夫っスかねぇ……顧問にあんな事言っちゃって」
部室に向かいながら、七海ちゃんは心配そうに言った。
七海ちゃんはこういう時って結構、慎重派なんだよね。見た目と普段の行動では結構イケイケに物事を進めていきそうなんだけど、いざ顧問とか大人にブチ当たると、途端に弱気になっていっちゃうんだよね。
だから、本人も『補佐が向いてます』なんて言っちゃうんだよ。
でも、私だって、家出するまでの17年間は大人の目に怯えて、存在感の無い“いい子”を演じてきたから、今みたいな時に対決するのなんて、正直膝が笑っちゃってる状態なんだよ。
でも、舞華ちゃんから教師水野はああいう人だって聞かされていたし、それに、もうその舞華ちゃん達が一線から退いた今、私がこの部の方向性をしっかり決めていかないといけないっていう思いだけで、ここまでさせてるんだよ。
今ならまだ3年生もいるし、それに、ここでしっかり教師水野の扱いを心得ておかないと、今後の運営にだって支障をきたしちゃうもんね。
なので、私は思わず七海ちゃんに言った。
「先生の言いなりにばっかりなっていたらダメだよ。特に、ウチの部は顧問がああなんだから、しっかり自分の方向性を持っておかないと!」
すると、七海ちゃんはいつもの七海ちゃんとは打って変わってシュンとなってしまい
「すみませんっス! つい顧問に言われると、盲目的に従ってしまう自分が悲しいっス!」
と、ずっと謝り続けていた。
私は、その様子を見ながら、今後の部の運営を含めて考えなければならないと思ってしまった。
◇◆◇◆◇
「……という感じなんだけど、どうだろう? なんか、希望や意見はある?」
私は、部室に1年生を含めた全部員を集めて今回の事についての意見を求めてみた。
でもって、やっぱりみんなだっていきなりこんな聞いた事の無いような競技の一覧表を渡されて、すんなり分かる訳ないよね。
私も目を通した後で、ネットなんかで調べてみたんだけど、この一覧で一番、私たち向きなのはダートトライアルなんだよね。
元々、高校生向けの競技なんて数が物凄く少ない上に、主だった花形競技がこの2つなので、まぁ、決定だね。
しばらく意見を募ってみたけど、他の競技に関する希望や、ダートに関する反対意見などは出てこなかった。
「やっぱり、メインの競技に出てみたいです!」
「オンロードだけでなく、オフロードでも速くなりたいですっ!」
「折角の第二練習場を活かしたくないですか?」
「マイ先輩に抱かれたいですっ!」
また、関係ない意見が聞こえるけど、部員の総意としては間違いなくダート出場を希望してるとみて間違いないね。
「それじゃぁ、出場の是非を多数決で決めるから、無記名で投票して貰うよ!」
私が言って、沙綾ちゃんが作った投票用紙をみんなに配って投票が始まった。
みんなから投票してもらった後で、七海ちゃんにムーヴのプラグチェック等のメニューでの監督を依頼して、私と沙綾ちゃんで開票作業をしてみた。
その結果は、全会一致でダートトライアルへの出場が決定した。
反対意見や、違う競技への希望は全く無かったので、気持ち良く決定したんだよ。
「ところで、車ってどうなるんですか?」
沙綾ちゃんが、不安そうに私を上目遣いで見ながら言った。
「それに関しては、心当たりがあるんだ」
私は、心当たりを思い浮かべながら言った。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『どんな車が用意されてるの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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