第14話 アマガエルと骸骨
「ふぅ……」
まるで台風の後みたいに静かになっちゃったよ。
あれから、舞華ちゃん達がバカバカ言い合ってるところに、結衣ちゃんが来て
「お前らー、打ち合わせの休憩時間は終わってるんだよー!」
と言って2人を引きずって、部室へと戻って行っちゃったよ。
それじゃぁ、作業再開しようね。
今のところ、冷却水を全部抜いたので、さっきのコックを戻して、今度は本題のラジエーターホースの加工と交換だね。
新品の方を加工して使うんだけど、実際にこのアタッチメントをつけるのはどの辺が良いんだろう?
「でも、実際センサーつける位置以前に、整備性の問題もありますよね」
と沙綾ちゃんが言った。
私は、改めてエンジンルームを見て、沙綾ちゃんの言葉の意味が分かった。
このエッセのエンジンルームって、凄くぎっしりなんだよね。
いや、部車のスカイラインなんかに比べると、隙間という点では、こっちの方があるんだけど、問題は、エンジンルーム自体が小さく、エンジンとミッション、バッテリー以外の部品が全て見える場所にレイアウトされていないのだ。
例えばラジエーターなんて、バンパーの中に潜り込んでしまっていて、バンパーに開けられた僅かな穴から整備するように作られているのだ。
どうしようか考えていると七海ちゃんが
「こういう場合は根性っス!」
と、何故か予想できたような事を言ってラジエーターホースにかかっていったが、手も工具も入らなかった。
見てみるとホースには、ラジエーターの入口とホースの継ぎ目の所にホースバンドがあるんだけど、このバンパーに空いてる穴からだと、狭すぎて外す事ができない。
だからと言って、エンジン側から引き抜こうにも、手を入れて引っ張るスペースがないのだ。
私は、部にある車を見て、自分のシルビアのエンジンルームの恵まれたレイアウトを、改めて思い知ってしまった。
スカイラインはエンジンが大きすぎ、そしてこのエッセはエンジンルームが小さすぎて、レイアウトに無理が生じてるんだ。
私は、しばらく様子を見ていたが、この状況を見て考えていた事を口にした。
「バンパー外した方が良いよ」
「ええっ!?」
七海ちゃんと沙綾ちゃんが同時に返した。
「燈梨さん。ホース1本外すのにバンパー外すなんて、大袈裟すぎるっスよ」
七海ちゃんが、私に詰め寄ってきた。
「でもね七海ちゃん。こんなに作業スペースが狭いんじゃ、ホースが抜けないよ。現にホースバンドですら外れてないじゃん」
「そ……それは……」
私が言うと、ホース外しに苦戦していた七海ちゃんは黙り込んでしまった。
「このバンパーが外れれば、作業スペースが広がって、手が入りやすくなるんだよ。急がば回れだよ」
私が言うと、黙ってエンジンルームを見ていた沙綾ちゃんが
「ナミ、燈梨さんの言う通りだよ。バンパーが外れれば、作業効率がグッと上がるよ」
と言って、それを聞いた七海ちゃんが考え込んでいた。
そして
「よしっ! 外しちゃいましょう!」
と言って、パンパーにしがみつくと、力を込めて揺すり始めた。
それを見た私と沙綾ちゃんは、七海ちゃんを後ろから押さえた
「ナミ、壊す気?」
沙綾ちゃんが言うと
「ショックを与えれば外れるに違いない!」
「そんな事ないから~!」
七海ちゃんが真顔で言うので、思わず押さえながら私は言っていた。
沙綾ちゃんと1年生に七海ちゃんを押さえて貰ってる間に、私と七菜葉ちゃんでスマホを使って調べてみた。
どうやらバンパーの下側にボルトが4本ある以外は、クリップ12本で留まってるみたいだから、案外簡単に外れそうだね。
よしっ! こうなったら、七海ちゃんはボルト班で、その他は手分けしてピンを抜くよ。
なんで七海ちゃんをボルト班にしたのかと言うと、正直、七海ちゃんのせっかち具合から見て、クリップが外れないとか言って無理矢理引っ張って壊しちゃいそうだからなんだよ。
だから、七海ちゃんがボルトやってる間に、手分けしてクリップを抜いちゃうよ。
まず、先端をマイナスドライバーとかでこじってピンを抜くと、クリップのロックが外れるから、外れたところでクリップ本体を抜けばOKだね。
このタイプのクリップがバンパー上のフロントグリル部に5本、バンパー下に2本、ナンバープレートを外した所に1本、更に形の違うクリップがバンパーの両端のタイヤハウスの付け根に4本でついてるんだって。
「抜けました!」
「こっちも!」
「下も抜けました!」
よしっ! 12本全部抜けた。
「こっちも抜けましたっ!」
七海ちゃんのボルトも抜けたから、もう留まってるところはないね。
「よしっ! みんなで引っ張ろう。くれぐれもみんなゆっく……」
「任せてくださいっス!」
私が言い終わる前に、七海ちゃんがダッシュでバンパーにしがみついてきた。
私は驚いたが、次の瞬間、反射的に叫んだ。
「みんなっ!!」
「了解っ!!」
沙綾ちゃんが言うと同時に、周辺の1、2年生が七海ちゃんを取り押さえた。
「なにするんっスか?」
「ナミがやると車が壊れるからダメっ!」
「そんな事ないっス! ねぇ、燈梨さん?」
沙綾ちゃんと七海ちゃんの応酬が続き、七海ちゃんが私に救いを求めるように視線を送って来た。
「……ゴメンね。七海ちゃんは見学で」
「そんなぁ~」
七海ちゃんが離脱して、みんなとバンパーを持って、ゆっくり慎重に、そして力をしっかり入れながら揺すりながら引っ張っていった。
まずは、フロントフェンダーとの接合部を外していって、他はゆっくりと流れに任せるように外していった。
1つ接合が外れると、次々に接合部が外れていった。
そして、全ての嵌合部が外れた時、バンパーが外れて、遂に隠れていたラジエーターがその姿を現した。
なんか、バンパーって、車の正面から見た中で半分くらいの面積を占める構成部なのに、こんなクリップばかりで留まっていたのには拍子抜けだったけど、それ以上にバンパーが外れた車の顔の異様さにも驚いてしまった。
今までのこのエッセという車の正面からの表情は、犬のようでもあり、アマガエルのようでもある可愛らしい表情だったのだが、バンパーが外れてしまうとライトだけが残って、エンジンルームが丸見えになってしまうため、目だけが残った骸骨のような、グロテスクな表情になってしまったのだ。
しかし、バンパーが外れた事で、ハッキリ分かったよ。
やっぱりバンパーを外して正解だったって。
ラジエーターの全貌が見えた事で、ラジエーターがどのように固定されているのかが分かり、それによって、どうやってアッパーホースにアクセスすればいいのかが分かったからだ。
「燈梨さん。やっぱりラジエーターを傾けた方が良いかも……ですね」
「うん、沙綾ちゃん。私もそう思うよ」
沙綾ちゃんの言葉に頷きながら、次の作戦を考えていた。
でも、まずは2班に分けた方が良いような気がする。
ホースを加工してセンサーを付ける班と、ラジエーターを傾けて、古いホースを抜く班だね。
「放すっスー!」
あ、七海ちゃんだ。
まだ取り押さえられてたんだね。
近寄ろうとする私に、沙綾ちゃんが目で『そいつにエサを与えないでください』と言うようなサインを送っているので、私は見ないフリをする事にした。
「どうします?」
沙綾ちゃんが訊いてきた。
「2班に分けようと思うの。新しいホースを加工する班と、ラジエーターを傾けて古いホースを抜く班に」
私が自分の考えを答えると。
「良いですね。それでいきましょう。燈梨さんは、ホース加工班にいってください。私とナミはあっちに行きます」
と言って、バンパーの外れたエッセを指さした。
よし、やるぞぉ!
その時の私は、妙に力がみなぎってくるような感じだった。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
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