第15話 ホースとセンサー
それじゃぁ、早速始めようね。
私のホース班には、七菜葉ちゃんと陽菜ちゃんが来てくれた。
あとは1年生だね。
「それじゃぁ始めるんだけど、刃物使ったりするから絶対に無理しないようにね。分からない事は、都度みんなで共有して解決していこうね」
「押忍っ!!」
あっ、この瞬間が、自動車部だねって思っちゃうんだけど、このノリ、なんとかならないかなぁ……。
「コラっ! ここは格闘技連盟じゃないの。そういう事してると、部員が入らなくなるでしょっ!」
陽菜ちゃんが彼女たちを制してくれた。
「ゴメンね、燈梨さん。コイツらもそのうち慣れてくるから……」
「ううん、大丈夫だけど、みんなも徐々にで良いから、普通のノリに慣れていってね」
私が言うと、彼女たちは
「はいっ!」
と元気良く返事してくれた。
「ええっと、今回の1年生の応援は、志帆ちゃんと、塔子ちゃんと真由ちゃんだね」
そこまで言って、私の心の奥がちょっとだけズキッと痛んだ。
真由と言う名前は、私が家出をして見知らぬ男の人の部屋を転々と泊まり歩いていた頃、使っていたいくつかの偽名の中の1つだったからだ。
すると、私の様子を見た七菜葉ちゃんが
「どうしました、燈梨さん?」
と、私の肩を抱きながら言ったので、私は
「ううん、大丈夫だよ。ありがと。それじゃぁ、始めよう」
と言って、作業に没頭することにした。
ラジエーターのホースは、水道とかのホースに比べると、流れている液体の温度も高ければ、水流も強いので、しっかりとした厚みのある構造になっていた。
カットする位置は決めていたんだけど、間に入れるアタッチメントの厚さを考えて、その分のホース部もカットしなければならない事に気付いた。
「まずは、カットする位置はここなんだけど、このアタッチメントを間に挟むから、その分の厚みを計算して、ホースをカットする範囲を決めたら、ホースにこの白いマーカーで印を入れてね」
私は、1年生の3人にホースカットの段取りを教えて採寸をさせている間に、私は次の作業に移った。
水温計についていたセンサーの、取りつけのネジ部分にシールテープってものを巻いた。
このシールテープっていうのは、漏れ止めの効果があって、水道なんかで蛇口のねじ込み部なんかに巻いて使うものだそうだ。
なるほど、だから液体が通ってるラジエーターのホースに繋がってるセンサー部に巻いて使うんだね。普段は漏れてこなくても、圧がかかったりすると漏れだしてくるかもしれないからね。
このセンサーをアタッチメント部に開いてるネジ穴にねじ込んでいけば、センサー自体の接続は終了だ。
でも、センサー内部の構造は分からないけど、システム自体はあっけないくらいシンプルで、こんなのでいいの? と思ってしまうほどのものだった。
私だけでなく、他の2人も思っていたみたいで
「こんな簡単な仕組みだったんだ」
「なんか、拍子抜けしちゃうような構造ですね」
と陽菜ちゃん、七菜葉ちゃんの順で口々に言っていた。
ホースカット班に合流すると、志帆ちゃんと塔子ちゃんがホースを押さえて、真由ちゃんが、白いマーカーで線を引き終わったところだった。
確認のために、私達がセンサーを取り付けたアタッチメントを宛がってみたところ、ピッタリの寸法だったため、みんなで思わず顔を見合わせてニッコリした。
「よしっ! このままカット始めよう」
「はいっ!」
私が言うと1年生が今度は自然に言ってくれた。
説明書なんかでは、ハサミなどでホースをカットするって書いてあるんだけど、見た目に、どうやってもハサミなんかじゃ切れそうにないように見えるんだ。
ホース自体もしっかりした硬めの素材だし、肉厚も結構あるから、ハサミなんかでは刃が折れちゃうと思うんだ。
みんなにホースを押さえて貰って、私がカッターで切っていく事にした。
陽菜ちゃんが切るって言ったんだけど、陽菜ちゃんは普段、料理とかしないみたいで、刃物の扱いにも慣れてないみたいだから、私がやる事にした。
確かに、包丁とカッターだと、勝手がちょっと違うけど、大根とかを切るのと基本は変わらないので、筋に逆らわずにスーッと刃を入れていくような感じで切ったら、すんなりと切れたんだ。
これで、アタッチメントをカットしたホースに挿しこんでから、ホースを挿したところにホースバンドでしっかりと抜けないように抑える……と。
説明書を読むと、圧力がそれなりにかかるところみたいだから、しっかりと締め込んでいくんだって。
「これでOKだね」
私が言うと、みんなからどっと歓声が上がった。
私は、それを抑えながら
「それじゃ、出来上がったホースを持って、向こうに合流しようね」
と言って、七海ちゃん達の班へと合流した。
エッセのところまでやって来ると、七海ちゃんがホースを抜いた所だった。
沙綾ちゃんの方は、数人を率いてラジエーターの上側を固定しているボルトを外して、ラジエーターを前に傾けていた。
そうする事で、七海ちゃんの作業スペースを確保していたのだ。
それにしても、七海ちゃんが抜いたラジエーターホースは、明らかにカッチカチになっていた。
触ってみると、見た目に違わずカッチカチになっていて、私達が今まで加工していたのと同じホースだとは思えない程だった。
「同じホースなのに、えらい違いようですね」
「車のエンジンってかなりの高熱だし、中を通ってる冷却水も結構高温だから、温度変化とかで劣化しちゃってもおかしくないよね」
1年の塔子ちゃんの疑問に、七菜葉ちゃんが答えていた。
「それじゃぁ、早速新しいホースつけようかぁ」
私が言うと、沙綾ちゃんが
「ちょっと待ってください。今からちょっと洗浄しますから」
と言うと、七海ちゃんと一緒に、ラジエーターや、エンジン側の取り付け部に貼り付いたホースのカスなどを、お好み焼きのへらみたいな道具で、こそげ落としていた。
更に、七海ちゃんの方では、パーツクリーナーと書かれたスプレーも使ってガシガシと擦っていた。
「これでオッケーです!」
沙綾ちゃんの合図で、私達がホースを持ってエンジンルームを覗くと、今までホースがついていたところだけ、明らかに色が違ってピカピカになっていた。
やはり長年カバーされていると、こうも違うものなんだね。
今度は、新たなホースを取り付けていくんだけど、取り付ける前にホースバンドを通しておかないと、後からは取り付けられないね。
ホースを挿しこむんだけど、やっぱり新しいとちょっと各部がきつめになっていて、すんなり入って行かない。
すると
「任せるっス!」
と七海ちゃんが横からヒョイっと入って来て、ホースとの差込口の周辺に、さっきのパーツクリーナーを吹きつけた。
「えっ!?」
私達が驚いている間に、ホースはスルスルっと入って、すっかりと馴染んでいた。
私は、入った事を確認すると、ホースバンドを締め込んでいった。
「注意点はありますか?」
真由ちゃんが訊いてきたので
「ホースバンドを締める時は、外す時の事も考えてつけた方が良いよ。例えば、締めネジはきちんと回せるように障害物の無い位置に向ける……とかだね」
と答えると、1年生のみんなは目を爛々とさせて
「燈梨先輩の言う事は、凄くためになります」
と言ってきたので、私は少し照れ臭くなってしまった。
しかし、そのホースバンドを見ていた私は、1つ疑問に思ったので
「なんで、このホースバンドも新品にしたんだろう?」
と口にすると、七海ちゃんが
「これを見れば、その疑問も解消すると思いますよ」
と言って、古いホースの端を見せてくれた。
そのホースの先端には、恐らくマイナスドライバーか何かでこじったような多数の傷と、少し奥にはかなり深くホースに喰い込んだバンドの跡があった。
「このバンドが、かなりガッチリ喰い込んでいて、外すのにかなり無理な力を入れたので、再利用は危険っス!」
なるほど、そういう事なんだね。
分かったよ。それじゃぁ、遂に水温計は室内作業を残すのみだね。
次は、油圧計と油温計を取り付けよう!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます