第13話 イチゴとメロン
翌日は、朝から放課後が待ち遠しかった。
正直、学校生活あっての部活なんだけど、私にとって初めてとなる部活動があまりにも楽しみで、授業中も時々部活の事を考えたりしていた。
「……さん、燈梨さん!」
昼休みに、学食でも考え事をしていたら、いつの間にか周りの声が聞こえなくなっていて、陽菜ちゃんに呼ばれていた事に気が付かなかった。
私は慌てて
「ゴメン! それで陽菜ちゃん、なんだったっけ?」
と言うと、陽菜ちゃんと沙綾ちゃんがニヤニヤしながら私の方を見ていた。
「燈梨さん。今日の活動で使うメーターが、さっき届いたって話ですよ。朝から、その話ばっかりしてたじゃないですか?」
陽菜ちゃんがテーブルの下から、取っ手のついた紙袋を取り出しながら言った。
そうだった。
私は、朝から部のメンバーには、メーターの事ばかり話していたのだ。
でも、クラスの他の娘達とは、駅前に持ち帰り餃子専門店ができた話から、餃子の作り方についてずっと話していたため、今日の私の頭の中は、メーターと餃子の事でいっぱいになっていたのだ。
私は頭の中から餃子の話題を追い出して、メーターの話に集中した。
「昨日は回転信号から取ったんだけど、この水温と油温、油圧はどこから取ればいいんだろうね?」
沙綾ちゃんが言った。
みんなが、一斉にうーんという表情になったんだけど、私は昨日も帰ってから沙織さんとその話をしてたから、何となくの原理は分かっていたので言った。
「センサーをつけるんだよ。そこからメーター本体に配線してあげれば、動作するようになるんだよ」
それを聞いたみんなが、私の事を『おおっ』というような表情で見ていた。
そして、その紙袋の中を漁っていた沙綾ちゃんが
「これですか?」
と、いくつかの小さな箱を出した。
私は、センサーという話は聞いたものの、その形や付け方については詳しく知らないため
「ゴメン、詳しくは知らないんだ」
と言うと、七海ちゃんが
「そんな事ないですよ。私もつけ方どころかセンサーの事も知らなかったんだし、そんな気にしないでくださいよぉ」
と、私の肩をさすりながら言った。
◇◆◇◆◇
放課後になると、私達は足取りも軽く部室へと行き、着替えるとガレージへと移動した。
ガレージのメインには、エッセが昨日と同じ姿で鎮座していて、早速七海ちゃんと私でボンネットを開けると、沙綾ちゃんが教師水野から受け取った部品をそばにある机に並べ始めた。
「どれからいけばいいんだろう?」
私は、素朴な疑問を口にした。
すると、色々と調べていた沙綾ちゃんが
「まずは水温からだと思います。作業が複雑そうですし」
と言うので、その方法を覗き見てみた。
どうやら、ラジエーターに行っている2本のラジエーターホースの内、アッパーホースを外して、それをカットし、そこにセンサー取付用のアタッチメントを挟み込んでからセンサーを取り付けて、室内まで引き込む……というものらしい。
なんか、このサイトでは、とっても簡単そうに書いてあるんだけど、やってる事のレベルを考えると、絶対簡単そうじゃないよね……と思ったので
「結構大掛かりな作業にならない?」
と言うと
「同感です。なんか、同時に冷却水の交換もやっちゃった方が良さそうですね」
と、沙綾ちゃんも言った。
「なんで? ホース外して、ちょちょいのちょい、じゃね?」
七海ちゃんが言ったところ
「ナミ、何言ってるのよ。そのホース、新車の時から一回も外したこと無いと思うよ。そんなホースが簡単に外れると思う? しかも、ひび割れとかしてそうだし」
と沙綾ちゃんの鋭い返しが飛んできた。
それを聞いて、私は、今日で作業が完了できるのかが不安になった。
何故なら、新品のホースを用意していないからだ。確かに、こんな古い車のエンジン関係のホースなら、劣化していてもおかしく無いし、カットなんかしたら、尚のことどうなっちゃうか分からないから、新品は必須だと思ったのだ。
すると
「良いところに着目した。その通り、新品のアッパーホースは必須だ。私が昨日注文しておいたので、さっき届いたところだ。使ってくれたまえ」
と、突然教師水野が背後から現れたため、私達は、身の毛がよだつほど、ビックリしてしまった。
教師水野は、その様子に臆する事なく、ホースを机の上に置くと、ガレージの外へとスーッと消えて行った。
「心臓が止まるかと思っちゃったよ」
私が思わず言うと
「同感っス!」
「もう、いるならもうちょっと早く声かけて欲しいよねっ!」
と、七海ちゃんと沙綾ちゃんも口々に言った。
今日は、3年生は打ち合わせでガレージにはいないため、教師水野の気配に敏感な舞華ちゃん達がいなかったのが災いしてしまったようだ……。
とにかく先生の登場に心臓止まってる場合じゃないよ。
まずは作業を進めないと。
私は言った。
「最初に、冷却水を抜いちゃおう」
「どうやって抜くんですか?」
七海ちゃんが不安そうに言って、冷却水のタンクの蓋を開けた。
「違うよ、七海ちゃん。こっちだよ」
私は言うと、半地下になっている作業スペースへと降りて行った。
確か、これも桃華さんのラパンを唯花さん達が整備していた時にやってた事だ。
ラジエーターの下には、白いプラスチック製のコックみたいなのがついてるから、それを開けてあげると……。
私は、受けを持って構えている七海ちゃんに合図を送ると、そのコックを取り外した。
すると、液体が勢い良く噴き出してきた。
どんどんと溜まっていく液体を見て、私は疑問に思った。
「燈梨さん、顔色悪いっスよ」
「あのね、七海ちゃん。この液体、色が違うんだよ!」
「ええっ!?」
私は、唯花さん達の作業を思い出していた。
中古のラパンSSを桃華さんが買ったことを知った唯花さん達4人は、夏に遊びに来た時に、近くに住んでる桃華さんの車を整備したのだ。
その時も冷却水の交換をしたのだが、確かあの時は、コックを抜いたら勢いよく緑色の液体が噴き出してきたのだ。
確か、フー子さんが、抜いた冷却水を桃華さんの所に持って行って
『オイ桃華、メロンソーダ飲めよぉ』
とか言って、ふざけていたら、桃華さんに頭を叩かれてたのだ。
でも、今このエッセから出てきているのは、真っ赤な液体だ。
明らかに色が違うので、もしかしたら間違えてしまったのではないかと思い、私はコックを手に元の場所にねじ込もうとしていた。
すると
「燈梨ぃ、間違いじゃないよ。エッセのクーラントはイチゴ水なんだ」
と、頭上から声がして、車の隙間から顔をのぞかせたのは舞華ちゃんだった。
「でも……」
私が狼狽えて言うと
「トヨタとダイハツが赤、その他のメーカーが緑を使ってるんだけど、別に色が違うだけで中身は同じだから」
とニカッとして言ったので、私はホッとした。
舞華ちゃんは降りてくると、私達の作業を見ながら
「水温計をつけるついでにクーラント液の交換なんて、さっすがだね! どうせ少しでも抜けちゃうんだから、この際一緒にっていう姿勢が良いよぉ。頬をスリスリしちゃお~」
と言って、頬を擦りつけてきた。
「えへへへへへ……」
私は思わず微笑んでいると、舞華ちゃんはニコニコして言った。
「ホントに今年の1、2年生はレベルが高いよぉ、部長として鼻高々だよぉ! まったく、柚月の奴に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよね!」
「なんで~、私になんだよぉ~!」
間髪入れずに頭上から柚月ちゃんの声が響いていた。
すると、舞華ちゃんが言った。
「当ったり前だろぉ! 柚月なんか水温計の取り付け方を聞いたら『車両診断カプラーに挿しこめばいいんだよ~』とか、適当な事言いやがったからな。一体、この水温計のどこに、車両診断カプラーのハーネスがついてるんだよぉ!」
それを聞いて、私は唯花さんと朋美さんの話を思い出した。
確か、市販の水温計の一部には、車両の故障診断カプラーに挿しこむと動作するタイプのものがあるって言ってた気がするけど、あくまでセンサーの情報を拾っているだけだから、センサーが故障すると無意味になる上、レースなんかに使う車には不向きだ……って、言ってた気がする。
「街乗りとか、たまに走行会でサーキット走るとか程度なら、それで充分なんだけど、耐久レースに使うのには、ちょーっと心許ないから、みんなのが正解なんだよ。みんな、ありがと。そして、柚月のバーーカ!」
舞華ちゃんは、そう言ってフォローしてくれた。
私は3年生のナイスフォローで、自信を持って作業を進める事ができた。
でも、その後の2人の応酬には、七海ちゃん達の目が点になっていた。
「マイのバカバカ~!」
「柚月のバカバカバカ!」
「マイのバカバカバカバカ~!」
「柚月のバカバカバカバカバカ!」
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
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