第11話 レースカーと水温計
よしっ! これで終わった。
これで安心して舞華ちゃん達3年生をレースに送り出せるよ。
「やったね!」
私がみんなを見上げて言うと、紗綾ちゃんと、3年生3人はニコッとした。
そして、柚月ちゃんが私の背中をポンと叩いて言った。
「やったね~、燈梨ちゃん~。それじゃぁ、次いってみようかぁ~」
え? 次って、一体何をするんだろう?
私が考えていると、舞華ちゃんが
「私は、このままでもイケるんだけどさ~、他の連中がヘタクソだから、無いと壊しちゃうかも……なんだ。だから、燈梨たちには申し訳ないけど、お願いね」
と、両手を合わせるポーズでお願いしてきた。
すると、柚月ちゃんが私の背後から顔を出して言った。
「私は~ヘタクソなんかじゃないやい~!」
「じゃぁ、なんだって言うんだよ。柚月が無いと壊すって主張するから付ける事になったんじゃん!」
私は、2人の話から考えてみたが、一体何が足りないのかが分からずに、考えていた。
すると、その様子を見た舞華ちゃんが、私の傍に来て言った。
「燈梨は、まだ作業の話を聞いてないんだね。それじゃぁ、私から説明するね」
それを聞いて、私は、自分がこれからこの部で楽しんでやっていくためには、もっともっと知らなければならない、いや、知りたいと思った、なので
「待って舞華! 私に、考えさせてもらって良い?」
と、思わず言っていた。
すると、突然の事にきょとんとしていた表情の舞華ちゃんがニコッとして
「燈梨ぃ、良いねぇ、そのフランクな感じ。私は大歓迎だよぉ、それに、自分で考えたいって言うのも良いんじゃない? それじゃぁ、燈梨、ヒントあげるから考えてよ」
と言って、エッセの助手席に乗り込んだ。
そして、続けて言った。
「今、燈梨の目の前にある中に、足らないものがあるんだよ」
私は、そう言われて、必死に目に入る範囲内に足りないものを探してみた。
まっ平らなダッシュボードには丸いエアコンの吹出口が4つ、そして中央には、さっき取り付けたばかりのキルスイッチがある。
その下には空調関係のスイッチがあるが、一体何が足らないというのだろう?
私は、更にダッシュボードの真ん中にちょこんっと鎮座しているメーターを見た。
140キロまでのメーターは、文字盤が中央向きに揃っているため、見た瞬間は、0と140が真横になっていて違和感を覚える……それを見た瞬間、私は思っている事が口をついて出た。
「タコメーター……」
「そうなんだよ、燈梨! このエッセにはタコメーターが付いてないんだよ。まぁ、エンジン音で分かるんだけどさ、柚月みたいなヘタクソだとダメだからさ」
舞華ちゃんは、私の言葉に嬉しそうに言った。
そして
「さすが、燈梨だね~。頬をスリスリしちゃうぞ~」
と言うと、私の頬に自分の頬をつけてスリスリとし始めた。
私は、ちょっと恥ずかしかったが、今までの人生の中で、そこまでスキンシップをされたことがないので、決して悪い気分はしなかった。
「えへへへへへへ……」
思わず言って舞華ちゃんに任せていると
「マイ~、燈梨ちゃんが嫌がってるじゃん~!」
と外から柚月ちゃんが舞華ちゃんの肩を引っ張って引き離そうとしていた。
「なんだと柚月、パンツ脱ぐ?」
舞華ちゃんが私の顔から離れて柚月ちゃんの方を向いて言うと
「マイはすぐに私にパンツ脱げとか言ってきて、横暴だよ~!」
と柚月ちゃんが舞華ちゃんの肩を揺さぶりながら言ったので、舞華ちゃんは
「ゴメン燈梨。ちょっと待ってて」
と言って車から降りると、外に出て柚月ちゃんを羽交い絞めにして向こうへと消えていった。
この作業の言い出しっぺである3年生2人が消えてしまったので、私は何もすることが無くなって、エッセを降りようとしたところ、開いていた運転席のドアから紗綾ちゃんが身を乗り出し、そして助手席側から七海ちゃんが乗り込んで来た。
「まったく、ズッキー先輩もマイ先輩も困ったもんだな~。それじゃぁ燈梨さん。モノは揃ってるので、ウチら2年生でやっちゃいましょうかぁ」
と、七海ちゃんが言った。
そう言われてみれば、昨日からほとんど七海ちゃんを見かけなかったけど、なにやってたんだろう? と思い
「七海ちゃんは、今まで何してたの?」
と訊くと
「自分は、大会のタイムスケジュールとか、レギュレーションなんかについて3年生や水野と一緒にレクチャーを受けていたんですよ」
と言って、その概要を話してくれた。
話によると、8時間の長丁場になるため、ピットイン時にどの程度の整備ができるのかとか、それによる影響とかがあるので、事前準備にも影響が出るらしい。
ノーマル車のクラスに参加しているため、調整をしたりという事は無いし、故障する可能性も現時点では低いけど、長時間の連続走行という事もあり、どんなことが起こるか分からないので、万全を期すために、各種メーターを取り付ける必要があるという話も決まったそうだ。
「取り敢えず、タコメーターは準備できてるとして、水温計、油温計、油圧計も必要なので、明日までには揃えるそうです」
と言われて、私は違和感を感じたので
「でも、水温計って、最初からついてるんじゃない?」
と言うと、車外から
「燈梨ぃ、それは昔の車の話だよぉ」
と、舞華ちゃんの声がした。
そして、七海ちゃんと交代して、助手席に乗り込んできてメーターについて話してくれた。
それによると、2000年くらいまでは、どの車にも水温計は付いていたけど、結局見ていない人が多い事から徐々に廃止され、今ではランプに置き換えられている場合がほとんどだという。
「日産なんかは10年くらい前から復活させてるけど、純正のだと、レースに使うにはぶっちゃけお飾りだね」
と言っていた。
「なんで?」
「純正の水温計って、よっぽどのことにならない限りは『H』を指さないようになってるからね」
私の問いに舞華ちゃんは説明してくれた。
あまりにシビアなメーターにすると、真夏の渋滞路などで『H』ギリギリまで上がったりして、そうなると運転してる人がパニックを起こしてしまうために、敢えて、本当にヤバいところにならない限りは、真ん中を指すように鈍感にさせているらしい。
「だから、耐久レースなんかの場合には、コンディション管理のために、社外品の水温計とかがあった方が良いよねぇ」
舞華ちゃんがしみじみと言って深く助手席に座ったのを見て、私は初めて分かった事があった。
競技に使う車と、街中を走る車は、たとえ同じ車だったとしても、見るべきポイントが全く違っているという事にだ。
そんな私の様子を見て、舞華ちゃんがニヤリとして言った。
「燈梨も分かったみたいだね。このエッセはノーマルだし、お買い物にも行ける普通の軽だよ。だけど、競技に持って行ったら、立派なレースカーなんだよ。私達が、レースカーにするんだよ」
私は、その意味を知って、この部の奥の深さを知る事となり、凄く魅力的だった。普通の車を、自分達の手でレースカーに仕立てる事ができるなんて、なんて夢があってやりがいのある活動なんだろうと、愛おしくなって、思わずこのエッセのシートを撫でていた。
「まぁ、そこのお爺ちゃん、買い物だけでなく肛門科にも、そのエッセでよく行ってましたよ!」
と七海ちゃんが、舞華ちゃんの後ろから言ったので、思わず私は手を止めて、自分の座っているシートの座面を見てしまった。
それを見た舞華ちゃんはハッとした表情になると共に、次の瞬間
「ななみん! デタラメ言うんじゃないよー!」
と言って、七海ちゃんに掴みかかっていった。
「本当っス! そこのお爺ちゃんは、肛門科に通ってたって、母さんが言ってたっス!」
「やめろ~! ななみん~!!」
「えっ!? ズッキー先輩、どうしたんですか?」
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
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