第10話 ワイヤー
「配線図!?」
悠梨ちゃんと、舞華ちゃんが同時に言った。
「うん、昼間に先生が持ってきたんだ」
私が言うと、2人は顔を見合わせて
「悠梨、どう思う? 水野の奴さ、打ち合わせもせずに答えだけ投下しやがって」
「マイ、同意見だ。全然建設的な議論が進まないじゃん!」
と言い合っていた。
私は、この部の構造的欠陥が何となく分かってしまった。
教師水野が、あまりにも部のみんなとの間に距離があり過ぎるのだ。
確かに、口うるさいよりはいいと思うけど、温度差があり過ぎるのだ。
これでは、みんなのやる気が削がれてしまう危険もある。
そんな私の様子を見て取ったのか、舞華ちゃんが
「燈梨ぃ、大丈夫だよぉ。今度水野の奴には私がビシッと言っておくからさ!」
と胸をドンと叩いて言った。
「でも、先生に対して、そんなビシッとなんて……」
私が不安そうに言うと
「大丈夫だよ~。マイはね~、水野には強いんだからね~」
と柚月ちゃんが、私の背後からやって来て言った。
「さてと、本題に戻るとして、燈梨の配線図を見せて」
舞華ちゃんに言われて、私は配線図を広げてみせた。
配線図とは、この配線がどこに向かっているかを示した線と四角形の図で、バスや電車の路線図みたいにも見える。
けど、その複雑さと細かさでは、それに勝るものだ。
私と沙綾ちゃん、そして3年生の3人が、その配線図を前にすっかり無言になってしまったところからも、この図の複雑さが推し量れる。
私が不安にならないように、常に何か話してくれていた舞華ちゃんと柚月ちゃんまで無言になっているのだ。
そこからも、しばらく無言が続いたところで、舞華ちゃんが口を開いた。
「それで悠梨、どう?」
「マイ~、一緒に見てたのに何も分からないのかよー」
「分かる訳ないじゃん! 電気の配線図なんて、私らの中では、悠梨だけが頼りなんだからね」
「柚月は? 一緒に見てたじゃん!」
「見てただけ~」
「てめー、柚月ー!」
「なんで~、私がキレられなきゃならないんだよ~」
私は、配線自体の読み方は分かったのだけど、肝心な配線の表記が英語で、しかも何の略なのか分からない略語になっているために、よく分からないのだ。
すると、沙綾ちゃんがフラっと前に出ていって
「あのぉ……この配線が、エンジンの始動線だと思うので、この配線にスイッチを割り込ませればいけると思います」
と、ちょっと弱々しい声で言った。
沙綾ちゃんって、七海ちゃんとかと話す時と、舞華ちゃん達に話す時で声のトーンや大きさが全く違うよね。
きっと、上級生には遠慮があるんだと思うんだけど、きっと意識しないでやってるんだろうね。
舞華ちゃん達は目をパチクリさせながら話を聞いていたが、悠梨ちゃんが紗綾ちゃんの話を聞いてから配線図をよく見てビックリしたような表情で言った。
「うん……そうだね。この配線にスイッチを繋げばオッケーだよ。……ええっと、あの、名前は?」
「2年の青海です」
沙綾ちゃんが言うと、悠梨ちゃんは続けて
「それじゃぁ、配線班は私と青海ちゃんでやるから、あとの3人でスイッチ班をやっちゃってよ」
と言ったため、私は舞華ちゃん達とスイッチの接続班に回った。
室内側のスイッチは、オーディオを外したスペースに、アルミ板を切ったパネルを作って、そこにスイッチを固定してから裏にワイヤーみたいなのを繋いでそのワイヤーを、舞華ちゃんが、ダッシュボードの奥の方にあるゴムの蓋にカッターで切れ込みを入れてワイヤーを通すと、柚月ちゃんがエンジンルームの中に引っ張り込んだ。
「燈梨ちゃ~ん。ちょっとスイッチをオフの位置にしてみて~」
柚月ちゃんが外から呼びかけてきたので、私は手元のスイッチをオフの位置にしてから言った。
「今、オフにしたよ~」
「おっけ~!」
私は、エンジンルームへと回ると、柚月ちゃんがワイヤーを引っ張っているところだった。
そこには、沙綾ちゃんと悠梨ちゃんもいて、2人はエンジンルーム内の配線を追っていた。
「どうなの?」
私は沙綾ちゃんに声をかけると
「制御している配線自体は見つかったんですけど、エンジンルーム内でスイッチに接続するか、室内の
と答えが返ってきた。
正直、私には判断しづらいんだけど、素人考えでは、わざわざ車内でやるよりも、エンジンルーム内ですべて完結させて終わりにした方が良いような気がしたので
「わざわざ室内に引き込むより、シンプルに近場で終わらせた方が良いと思うよ」
と言った。
すると、沙綾ちゃんは私が意見を言うと思ってなかったのか、ちょっとビックリしたような表情になった後で、周辺の状況を見比べて
「そうか……そうですね。悠梨先輩、ここでやった方が良いと思いますよ」
と言って、悠梨ちゃんも納得した表情で
「そうだね~、さんきゅ、燈梨」
と言うと、2人は憑き物が取れたかのように、迷いなく作業を始めた。
一心不乱に作業をする事、5分ほどで、配線班の作業は完了した。
その後は、私たちワイヤー班のパートになったのだが、室内と外からとの2系統の動きのどちらでもカットできるようにしなければならないって、いうのが最も大変な作業だった。
室内から動くようにワイヤーを引くと、室外のスイッチの動きに対しての反応が悪くて、外からカットできない……と言う状況になってしまうため、何度も失敗と調整を繰り返しながら、幾度目かの挑戦の後、遂に両側の動きがシンクロするようになった。
今になってみると、そんな理由でか……というレベルだったけど、必死になっていると、何故かこんなシンプルな事が見えないという事に気付かされたのだった。
取り敢えず、接続関係は全て終わって、今度こそ間違いないと思うキルスイッチ作業は、ひとまず完了した。
やはり、こうなったらチェックしてみて、もしダメだったら、再度やり直ししなくちゃね。
「それじゃぁ、エンジン、いくよ~!」
舞華ちゃんが言って、エンジンをかけた。
“ヒュルルルルル……フォォォォォォォ~”
そして、ライトを点けてから、まずは室内側のスイッチをオフにした。
“バツンっ”
きっと音にするとこんな感じになる衝撃が走って、エンジンが停止し、ライトも消えた。
やった! まずは第一段階は成功だ!
そうなったら次に、外側のスイッチレバーで停止すれば完成だね。
中側ができたから、理論上は間違いないんだけど、外側のレバーと接続が上手くいってなくて止まらないケースってのもあるから、まだ安心するのは早いんだって。
「よ~し、もう一丁いくよ~!」
室内のスイッチをオンの位置に戻した舞華ちゃんがエンジンをかけた。
“ヒュルルルルルル……フォォォォォォォォ~”
さっきと同じ軽快な息づかいのエンジン音がした。
このエンジンは、私が夏に免許を取って以来の、決して多くない車経験の中でも最も小さいエンジンだ。
なのでという訳ではないが、この弱々しいながらにビードの効いたエンジン音は、小動物や昆虫を連想させてしまうのだ。
次にライトを点けた舞華ちゃんが、合図のパッシングをした……ところ、待ち構えていた柚月ちゃんが、勢い良く外のレバーを引き上げた。
すると、さっきと同じ
“バツンっ!”
という感じでエンジンと電気系統が止まったのだ。
私たちは、なんとも言えない達成感と、無上の満足を感じながらその場で立ち尽くしてしまった。
これが、この部の醍醐味なんだと、みんなと共有できて、部活って面白いなと、本気で思った瞬間だった。
そして、もうこの車の作業は全て終わったような充足感を感じていた。……その時は。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
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