第9話 不要なスキル
新生活3日目の朝になった。
あの後は、唯花さんと朋美さんの幼馴染コンビから、事あるごとにスキンシップされて疲れたが、私の事が心配であることの裏返しであるのは知っているので、敢えて抵抗せずにやられ役に徹していた。
帰り際に唯花さんが
「燈梨ぃ、この間も言ったけど、ウチらのバイト先がね、今度、燈梨が住む町にあるショッピングモールに出店するんだって、だから、燈梨が良ければ、オープニングスタッフで推薦するよ」
と言ってくれた。
唯花さん達のバイト先のファミレスは、創作和風がコンセプトで、制服もちょっとハイカラな和装で凄く可愛いのだ。
前に唯花さん達と、お店にお客として行った際に、私が見惚れているのを見た唯花さんに
「燈梨が1人暮らし始めたら、やってみる? 紹介するよ!」
と言われていて、是非にとお願いしていたのだ。
さすがに冬場になったら山越えしてバイトに行くのは無理だと思っていたが、こちらの街にできるのだったら、問題ない、是非ともやりたい。
「うんっ! 是非お願いします」
と、次の瞬間言っていた。
一人暮らしに凄くワクワクが募って、こんなので良いんだろうか?
私はなぜか次々に舞い込む今後の生活への嬉しい知らせを喜びつつも、一方では怖くも思っていた。
すると、そんな私の様子を見た朋美さんが、私の頬をムニっと引っ張って
「燈梨ちゃん。いい事があったら、代わりに悪い事が起こるなんて考えてちゃ、幸せが逃げていっちゃうぞ!」
とちょっと怖い顔で言うと、それを聞いた唯花さんが
「なんだと、燈梨がまたそんな事考えてたのか! これは、お仕置きが足りなかったかな?」
と言って指をワキワキさせながらこちらにやってきたので
「そんな事ないよ! ないったら!」
と必死に否定しながらその場を逃れたのだった。
そんな出来事から一夜明けて、学校に到着した私は、お昼休みになるのを待って、沙綾ちゃんに昨日の唯花さん達とした話をしてみた。
「確かに、オルタネータも勝手に動いてる訳じゃないと思うから、何かしらの信号線が来ていてもおかしくはないはずですね」
「でしょ、だから、そのために配線図があると分かりやすいと思うんだよ」
沙綾ちゃんに納得して貰えたので、私は配線図の話をしてみた。
「それじゃ、ナミに言って、水野に配線図を手配させましょう」
沙綾ちゃんが素早く答えて、七海ちゃんを探しに立ち上がった。
私は、まだ敬語を使う2人と早く打ち解けて、フランクに話して欲しいな……と思いながら見送っていると、次の瞬間
「その心配は無用だ」
と言う声と共に、教師水野が、突然私と沙綾ちゃんの真横に現れた。
「どわぁ!」
私も突然の出現に驚いたが、沙綾ちゃんはもっと驚いて、思わず声が上がってしまった。
それを見た教師水野は、驚いたような表情で私達を見ると、ようやく自分の行動を
「申し訳ない。どうも、善は急げで周りを見ていないきらいがあってね……」
とバツの悪そうな表情で言った。そして
「それで、昨日は急遽の職員会議で、回答ができなかったが、諸君の言った通り、電気以外にストップさせる系統がある。そこで、今回は資料を用意した」
と続けると、配線図の紙を渡してきた。
「今日の作業には、3年生も参加するので、力を合わせて作業に励んでくれたまえ」
そう言うと、教師水野はそそくさと教室を後にした。
「マジでビックリなんだけど……」
沙綾ちゃんはあまりにビックリして、素になって驚いていた。
そう言えば、以前にも、結構にゅっと現れてビックリした覚えがあるから、きっとこの先生は、気配を消して突然現れてくるタイプなんだろうな……と改めて思った。
◇◆◇◆◇
「あぁ、水野はああいう奴だからさ、そのうちに気配で何となく出現が予想できるようになるよ。取り敢えず、今のところは、話題にした時に現れるかも……くらいのつもりでいればオッケーだよ!」
放課後のガレージで、エッセの配線作業をしている舞華ちゃんが、へらっとしながら言った。
「まぁ、持ってても役立たないスキルの筆頭だけどね~」
舞華ちゃんが続けて言うと、私が参考資料を基に見つけた配線を、テスターで検電してから、キルスイッチへと繋げた。
ガレージの片側のスペースは、床下が2メートル弱、掘られていて、リフトが無くても車の床下作業ができるようになっていて、その中で、私達が作業している。
舞華ちゃんが言うには、春からの僅かな間にそのスキルを会得したらしいので、私にもいずれ身につくよ……との事だった。正直一生は欲しくないが、高校を卒業するまではあっても損はないかなぁ……と思った。
そして、配線作業を終えたところで、地上にいる沙綾ちゃんに合図して、エンジンをかけてもらった。
“ヒュルルルル……フィィィィィィィン~”
私達も地上へと上がって、ライトをつけて貰った状態のエッセの左前にテープで仮止めしたキルスイッチを“パツンッ”って引いてみたんだよ。
すると、ライトは消えたものの、エンジンだけはしばらく回り続けて、燃料ポンプが止まったため、燃料が尽きたところでガス欠で停止した。
オルタネータが停止しないで回り続けてるね。
あれ? 失敗しちゃった。
みんなにあれだけ力説した私の説は間違ってたんだ。
申し訳なくて、私は顔を上げられずにいた。
すると
「燈梨ぃ、気にしなくていいよ。だって、私らじゃ、エンジンを止めようって発想にならないで、バッテリーカットしてオッケーじゃね? って思ってたからね」
と舞華ちゃんが言って、私の肩をポンと叩いた。
すると、柚月ちゃんもやって来て
「そうだよ~、ウチらなんて、しょっちゅう失敗してるからさ~、みんなで次の手、考えればいいんだよ~」
と言ってくれた。
「でもって、私は柚月の失敗は許さないからね。柚月だけ失敗1回につき、パンツ脱いでもらうからね」
「なんで~、私だとパンツ脱がなきゃならないんだよ~!」
「うるさいやい! 柚月のくせに、口答えするな!」
すると、舞華ちゃんと柚月ちゃんが、軽快な寸劇で、失敗で沈みかかったみんなの気持ちを和ませてくれていた。
おかげで、すっかり雰囲気が柔らかくなったところで、配線図を色々見ていた時
「あのさ、電気をカットして車を止めるんじゃなくてさ、電気と同時にエンジンに行ってる信号をカットするって言うのはどうだろ?」
と言う声がした。
そこには、肩までの長さで、下半分がウェーブした明るめの茶髪の娘がエンジンルームを覗いていた。
この娘は、3年生の
確か、元々は舞華ちゃんと同じく軽音楽部にいた娘で、独特のセンスから、主に外装の仕上げを担当している。
七海ちゃん達の話では、舞華ちゃん達のグループの中で唯一、R32では無くて、R33型のスカイラインGTS25tタイプMに乗ってるそうだ。
確かに、私はオルタネータを止めることばかりに目が行っていたが、そもそもとしてエンジン自体を先にストップさせてしまえば、オルタネータを止める必要はなかったのだ。
そうなると、エンジンを始動させるように指令を出している信号がスイッチによって制御されていれば、電気と同時にそちらをカットすることが可能になる。
すると
「おおっ! 悠梨冴えてるね~。それで、その配線ってのはどれだい?」
「おいおい、急に言われても分かる訳ないだろー。私は可能性の話をしただけだからな」
舞華ちゃんが言って、悠梨ちゃんが即座に返した。
そこで、私は思い出した。
昼に教師水野から渡された資料を。
そこで言った。
「あのね、配線図があるんだ」
その言葉に、みんながこちらを一斉に見た。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
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