第6話 キルスイッチ
翌日、新しい学校の3日目だ。
朝からの流れは大体分かって、学校での授業はまだ全教科は受けていないが、大体のところは、以前から沙織さんや唯花さんと勉強しておいたお陰で、理解できたから、心配はなさそうだ。
お昼に関しては、引っ越しが済むまでは学食に行く事にしていたため、今日もクラスの女子の学食組と一緒に移動した。
とは言っても、私のいるクラスの女子の学食率は低くて、七海ちゃんと沙綾ちゃんを除くと2人しかいなかった。
私がたぬきそばをあらかた片付けた時、七海ちゃんがA定食を食べながら言った。
「今日から、耐久レースのエッセの作業に入るんですけど、後で作業の概要を説明しますね」
それを聞いた沙綾ちゃんが、カツ丼を食べる手を止めて
「ナミに、順序だてて説明なんてできるの? 私がやるわよ」
と言うと、七海ちゃんが
「沙綾っち、バカにするなよ~。私だってそのくらいできるったら!」
と反論した。
しかし、私にとって驚いたのは、この2人のやり取りよりも、この2人が食べるお昼の量だ。
七海ちゃんはA定食の大盛りで、沙綾ちゃんは、カツ丼の大盛りと、パンケーキなのだ。
2人は、外見は可愛らしくて、今はすっかり自動車部員だけど、元々空手部とキックボクシング同好会のエースだった事を思い知らされる瞬間だ。
お昼を食べ終わった後、教室で説明を受けたところによると、あのエッセは、外観、足回り、室内のロールバーまでは終わってるけど、あと2つほど作業が残っているそうなので、それの作業に入るのだそうだ。
放課後になり、私達は、部室に行ってジャージに着替えると、早速ガレージへと向かった。
2つの作業を同時並行でやるのは、人数的に無理があるとの七海ちゃんの話だったので、やるならば、どちらからやるかという事で、昼休みに3人で話し合った結果、重要度の高い方から先に片付けた方が良いという事で、決定した。
「今日から、急ピッチで、キルスイッチの取り付けをするよー!」
七海ちゃんが言うと、一斉にメンバーから
「オスッ!!」
という掛け声がかかり、私がビックリしてしまった。
それを見ていた沙綾ちゃんが
「あのさ、みんなそのノリやめないと、一般の部員が怖がって辞めちゃうからね~」
と、ため息交じりに言うと、みんながシュンとしてしまった……。
やっぱり、格闘系の部活からやって来た娘達が主力になって構成されてしまった部の性格が出てしまった一瞬だった……。
さて、キルスイッチってのは、レースカーなんかには必ず付いていて、事故など不測のアクシデントが発生した場合に、そのスイッチだけで車の全電気系統を一瞬でカットするスイッチの事らしい。
たとえエンジンが停止したとしても、電気系統が生きていると漏れたり気化した燃料なんかに引火する危険性があるため、全電気系統を一瞬でオフする必要があるらしい。
そして、ここも重要なんだけど、ドライバーの手の届く範囲に1つと、更に外にも1つ以上取り付けることが義務付けられてるそうだ。
要は、事故を起こしてドライバーが気絶していたりした場合に、外からもスイッチでカットできないとダメっていう事だね。
七海ちゃん達が、先生から用意して貰ったスイッチを見せてくれたんだ。
室内用と室外用でそれぞれ形が違うんだけど、室内用って、これ、どこかで見た事があるんだけど、確か、コンさんのシルビアのミラースイッチの脇に……
「シガライターのスイッチじゃない?」
私の言葉に、みんなが凍り付いたように黙ってしまった。
あれ? 私、なんか間違えちゃったみたいだ……と思っていると
「あぁ~、燈梨ちゃんは~、きっとニスモのやつを見たんだね~」
という声がして、その方を見ると柚月ちゃんがいた。
その話によると、昔、日産のメーカー系チューニングパーツメーカーであるニスモが、本物のキルスイッチの握りの部分を使ったシガライターを作っていた事があったらしい。
その室内用のスイッチは、Lの字に曲がったノブで、その先に小さな穴が開いた黄色のスイッチだった。
裏には2つのコネクタがあって、その先に配線を繋ぐようになっているように見えた。
そして、室外用のスイッチに関しては、私は、これまた見覚えがあった。
「ボンネットオープナーのノブじゃない?」
みんなとそのスイッチを見ると、黄色いスプレーで塗装されているけど、打刻されているのは、明らかにボンネットが開いた車の絵だった。
後で聞いた話によると、このボンネットオープナーを流用するのは、結構メジャーな手段らしい。
そして、七海ちゃんは柚月ちゃんに呼ばれて、3年生と文化祭の話についての打ち合わせに行っちゃったので、残りのメンバーでどうやって配線していくかで話が始まったんだけど、どうも一筋縄でいかなかった。
どういう作業分担でいくかで話が始まった際に、紗綾ちゃんが
「原理は、室内外のどちらのスイッチをオフしても、バッテリーがオフになればいいので、電源線にスイッチを繋ぐようにするよ」
と言った事に、時間が経つにつれて私がモヤモヤしてきたのだった。
なので、沙綾ちゃんに言った。
「ちょっと待って!」
「どうしました? 燈梨さん」
「あのね、今の回路だと、恐らくエンジンが止まらないと思うよ」
「ええっ!?」
みんなが再び集まってエンジンルームを眺めた。
そして沙綾ちゃんは言った。
「でも、燈梨さん。バッテリー端子を外したら、エンジンはかからないじゃないですか? だから、バッテリーを遮断すれば、エンジンは止まりませんか?」
「いや、それは、エンジンをかける前だったらね。エンジンがかかった後なら、電源が遮断されても、燃料がある限りエンジンは動くはずだよ」
私は言った。
夏に、唯花さん達が遊びに来た際に、唯花さんの友達の
確か、エンジンが止まらなければ正常で、止まったらオルタネータは寿命……って言ってたはずだ。
なので、このエッセも正常だったらエンジンが止まらないはずだ。
そこで、みんなの動きが止まったところで、考え込んでいた沙綾ちゃんが言った。
「そうかぁ、車は発電機が付いてるから、エンジンがかかってしまえば電気を作り出してるのかぁ……」
すると、突然背後から
「その通り、燈梨君の言う通り、当初の諸君の案だと、エンジンが止まらないんだ」
と声がして、声の方を見ると、いつの間にか、教師水野が私達の背後に立っていたので、その場にいた全員が驚いてしまった。
舞華ちゃん達が言ってたけど、本当にこの教師水野の神出鬼没かつ、突如背後からぬっと現れるところはどうにかならないのかと思ってしまう。
舞華ちゃんは、そのうちに慣れてくると、来そうな気配がするって言ってたけど、それって私にも身につくスキルかな? と思ってしまった。
教師水野は、その場の空気を完全に凍らせている事に、気付いているのかいないのかにもお構いなしに、紙束をテーブルに置くと
「この参考資料を見ながら、今日中に分からなかったら、私を訪ねてくれたまえ」
と言うと、どんよりとした空気をまき散らしながら去っていった。
「マジで不気味ですね、あの水野は……」
いなくなったのを確認した上で、沙綾ちゃんがちょっと苦々しい表情で吐き捨てた。
正直、私は、初めて会ってからさほど日が経っていないから、慣れていないんだけど、みんなはどうなんだろ?
「いや、私達は1年の時も今年も、水野が担任になったことが無いので、分からないんですよね……」
私が訊くと、沙綾ちゃんがそう言って、みんなが頷いていた。
話によると、教師水野は、舞華ちゃん達の1年生の頃に、他の1年生のクラス担任だった関係で、あの代の学年に貼りつく様に授業をしていたらしい。
「だから、分からないんですよね。アイツが何考えてるのか……」
沙綾ちゃんの言葉に、私は今後の部の事を考えて頭が痛くなってきてしまった。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます