激闘!耐久レース編
第5話 舞華と柚月
部車の説明が終わって、現在の活動については、軽自動車の耐久レースの準備と、文化祭の準備が並行で行われているのがメインで、明日からは、七海ちゃん達と耐久レース準備班に入る事になると言われた。
正直、入部早々いきなりレースの手伝いなんて、緊張するところではあるが、沙綾ちゃんがポンと肩を叩いて
「大丈夫。ウチの部って、結構ノリも軽いし、責任も軽いから」
と元気づけてくれたので、すっかり緊張は消し飛んでしまった。
明日からの説明を受けているところに、教師水野がやってきて
「あ~、2年生の3人、ちょっと来て」
と手招きをするので、それについて部室へと移動した。
椅子に座ると、教師水野はおもむろに言った。
「今度の耐久レースの随行メンバーなんだが、ここの3人は確定として、あと7人選抜して欲しい。つまり、2年生の合計は10人だ」
話によると、当初は1年生からも選抜する予定だったが、部員が増えたために、2年生からだけで充分になって、2年生のみの選抜にする事にしたそうだ。
しかし、なんで転入早々の私が既に選抜の筆頭に入ってるんだろう? まだ、入部して2日目なんだけど……。
すると、七海ちゃんが
「先生、それは分かるんですが、鷹宮さんは転入して日も浅いので、まだ慣れてないかと思うんですよ……」
と、私の思いを代弁してくれた。
すると、教師水野は
「こういう事は、習うより慣れろだと私は思っているし、鷹宮君は免許取得者で、適任と思う。無論、当人の意向によるものであるし、担任との交渉は私が行う。もし、代案があるのであれば、検討に応じる用意はあるが……」
と一気に言った。
なるほど、舞華ちゃんや七海ちゃんが毛嫌いするのも、なんとなく分かる。
理論整然とし過ぎていて、おおよそ議論の余地が無いのだ。高校生の課外活動をみんなで決めていく……という雰囲気にはならないのだ。
「いえ……特には……」
七海ちゃんは、妙な空気感に耐えられず、早々に引いてしまった。
特に意見が出ないようなので、教師水野は説明を続けた。
移動には学校のバスを借りて行き、前日に現地に入って前泊し、レース後に大事を取ってもう1泊して学校で解散……という日程だそうだ。
本番では、タイムを記録していく係や、オフィシャルとして燃料の補給や、必要に応じてタイヤ交換や修理なども行うような要員としての活動が、私達2年生の主な役割だそうだ。
そして、私には、この選抜の狙いはもう1つあるように思えた。
来年は私達の中から選手が選抜されるので、来年のレースの流れを掴むために今年は手伝いの形で参加させているのだろうと。
そうなると、もしかしたら、私は来年選手として出場できるかもしれない……そう考えると私の心はとてもウキウキしてきてしまった。
説明が終わると、早速競技車に移動した。
オレンジの軽乗用車で、ちょっと車高が低く見えるけど、普通っぽい。
このオレンジも塗ったのではなくて、新車時からこの色だったようだ。
「これが耐久レースのマシンです。これはほぼタダで手に入れた車なんだよ」
沙綾ちゃんが説明してくれると、七海ちゃんが
「この車は、ウチの裏のお爺ちゃんが乗ってた車なんだ……です」
レースに出場する車の出所があまりにひょんなところからだったので驚いていると、その車の中から舞華ちゃんが降りて来た。
「燈梨ぃ、これが耐久レースに出る車なんだよ。ねぇねぇ、ちょっと乗ってみる? みたいよね?」
と言うと、私の手を取って一緒に中へと引き込もうとした。
「マイ~、燈梨ちゃんが嫌がってるでしょ~」
と柚月ちゃんが開いてる助手席の窓から車内に身を乗り出して言った。
「なんだと柚月、パンツ脱ぐ?」
「パンツなんか、脱がないもん~!」
舞華ちゃんが言うと、柚月ちゃんの即座の返しがきた。
これが幼馴染の阿吽の呼吸なんだな。
私は見ていて羨ましくなった。
それを見ていた七海ちゃんが、柚月ちゃんを捕まえて向こうへと消えた。
「なにするんだよ~、ななみん~!」
「ズッキー先輩、実は空手部の後輩からの相談でですね」
そして、沙綾ちゃんが、私をそっと押して車内へと入れた。
車内には、前後に横転した時に車内を守るバーが、ジャングルジムのように張り巡らされていた。
私が言葉を失って見回していると舞華ちゃんが
「水野が貰ってきてから今日までで、ここまで仕上げたんだけど、もう少し手を入れて、バッチリとしたレース仕様に仕上げていくからね。燈梨も一緒に行こ」
と言って手を握ってきた。
私は、その手をぎゅっと握り返すと
「うん、さっきね、お手伝いのメンバーに選ばれたから、一緒に行って応援できるね」
と、笑顔で言った。
すると、突然
「マイ~! これから、2年生中心でエッセの活動するから~、マイはこっち~!」
と柚月ちゃんが助手席のドアを開けると、舞華ちゃんを連れて外に出てしまった。
「なんだよ柚月! 私は今から燈梨とキャッキャウフフ……じゃなかった、エッセの室内作業を2人きりでやるんだから、邪魔するなよ!」
舞華ちゃんは言ったが、柚月ちゃんに連れられて部室の方へと行ってしまった。
その様子を見ていた沙綾ちゃんが
「じゃぁ、燈梨さん、始めよっか」
とニコッとして言ってきたので、私は
「うんっ!」
と思わず同じくらいの笑顔で返した。
七海ちゃんの姿が無いが、沙綾ちゃんの説明では、この軽自動車は、ダイハツ・エッセという15年くらい前の軽自動車なんだけど、今となっては背の低い軽自動車が少ない中で、この手の競技に使える車としては人気が高い車らしい。
どうやら、教師水野の伝手で、近所のお爺さんが廃車処分しようとしていた物を、獲れた野菜と交換で貰ってきたらしい。
なんか、野菜と車を交換ってレートのほのぼのさに、思わず笑みがこぼれてしまった。
「あと、来週までにいくつか作業をして仕上げておかないといけないので、明日から、早速作業に入って貰いますね」
沙綾ちゃんが説明してくれた。
でも、せっかくさっきは、フランクな感じになれたのに、すっかり敬語に戻ってしまった事に、少しだけガッカリしているところに、七海ちゃんが戻ってきた。
なんか、心なしか少し服が乱れてるような気がするよ。
「ナミ、なにやってたの?」
「ズッキー先輩に捕まっちゃってさ~、まだあの人の言う事に絶対な後輩が多いから、困っちゃうんだよな~」
沙綾ちゃんの問いかけに、苦笑いしながら七海ちゃんが答えていた。
なんか、さっきの沙綾ちゃんの話からも、以前に唯花さんがしていた話からも、柚月ちゃんが、この学校の格闘技系の活動をしている人間に物凄い影響力を持っている事は確かみたいだ。
だから、自動車部の部員が元格闘技系のメンバーで占められてるのかと思うと、ちょっと怖いような気がしてきた。
すると、その様子を見た沙耶ちゃんが
「燈梨さん、違うんですよ。別にズッキー先輩にシメられたとかじゃないから、心配しないで大丈夫だよ~」
と私の肩を叩きながら言うと、七海ちゃんも
「そうっスよ。この部は別に体育会系の上下関係とか、関係ない楽しい部活っスから!」
と言って、ニコニコしていた。
私は、その話を聞いて、安心した。
私が知っている舞華ちゃんと柚月ちゃんからは、後輩に暴力で睨みを利かせているような雰囲気は感じられなかったからだ。
とにかく、明日からの活動が楽しみだな。
私は、そんな不安よりも明日からの活動の楽しさの方が遥かに勝っている事に、そのときは気付かなかった。
よしっ! 明日から頑張ろう!
私は、学校生活の中で、初めて明日に希望を持てる自分に驚いていた。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
たくさんの★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。
今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
感想などもありましたら、どしどしお寄せください。
次回は
翌日の活動から、遂に本格化する耐久レース出場用のエッセの作業。
まずは大きな難関となるものの取り付けが残っていたのだった。
お楽しみに。
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