第2話 サニー

 2日目の朝。

 私はちょっと早く起きると、沙織さんと私の朝食を作ってから沙織さんを起こして、一緒に朝食を取った。

 沙織さんは、昨夜のワインが残っているのかちょっと眠い様子だった。


 「燈梨も来週からは、もうちょっと朝ゆっくりできるね」


 沙織さんはニヤッとすると言った。

 

 私が入居するアパートは、学校から車で15分くらいの場所にあるので始業時間の30分前に家を出れば十分に間に合うそうだ。

 ちなみにバスで行けない事もないそうだが、乗り継ぎがあり45分かかる上に、1時間に1本しかないので、あの学校で使っているのは、1年生で免許が取れる年齢になる前の生徒に限られてるそうだ。


 誕生日が来ると、即2輪の免許を取得してバイク通学し、18歳になるとすぐに4輪に切り替えるよう推奨されている。高校としては珍しい学校だった。

 私自身は北海道にいたが、田舎とはいえそこまで辺鄙へんぴな場所ではなかったため、バイクや車での通学は禁止されていた。

 免許に関しては、地域がら禁止はされていなかったが、なるべく在学中は取得しないように指導されていたので、この地域の熱の入りようは、驚くと共に嬉しいものだった。


 朝食を終え、準備を済ませると私は別荘を出発した。


 「行ってきます」

 「行ってらっしゃい! 燈梨、気をつけてね」


 朝、送り出されるのも、私にとっては初めての経験だった。

 母さんとの関係はあまり良いものではなく、怒られるか怒られないかだけの違いで、家を出てからは、泊めてくれる人が出かけてから、外へと出かけていた。

 コンさんとの暮らしでは、私が送り出していたので、引っ越しまでの数日間だけのこの感覚は、とても私にとって新鮮なものだと気づいた。


 ガレージの電動シャッターを開けると、サニーに乗って出発した。

 こういう車に乗るのは初めてだけど、このサニーという車、良く言えばとてもマイルドで、悪く言えばグニャグニャでダルい感じのする車だ。

 ギアチェンジする時、シフトレバーが吸い込まれるようにグニョッと入るところとか、紙を1枚挟んで歩いているかのような路面からのショックの吸収の仕方とか、どうにも、ダイレクト感を殺している感じがするのだ。


 でも、この車の持ち味はそういうところなんだろう。

 ユーザー層の大半が高齢者だった事からも、そういう人達が求めているのは、こういう感じのフィーリングだったのだろう。だから、高齢者に受けていたのだ。


 それでも昨日と同じ道を今日は車で行ける事は、ちょっと新鮮で嬉しかった。タコメーターも付いてないこの車でも楽しくて、ワクワクしてしまう。改めて車というものの魅力を再確認させられた。


◇◆◇◆◇


 昨日と違い、職員室には寄らずに直接教室へと行った。

 私がドアを開けて入って来ると、みんながこっちに集まって来てくれる、初めての体験だった。


 今までの私の学校生活は、ごく一部の時期を除いては、誰とも関わる事のない、孤独なものだった。教室に入ったら、必要最小限の挨拶を済ませて自分の席に直行するだけだったから、正直、これだけの大人数の娘達に、あれこれ質問される状況に戸惑いは隠せなかった。


 すると、七海ちゃんがやって来て


 「ちょっと待てーい! いっぺんに言っても燈梨さんが困っちゃうだろー。そうやって困らせるなら、今後の面会はマネージャーの私を通した上でってことにするぞー」


 とみんなを一喝して、その場を収めてくれた。

 やっぱりみんな、転校生には興味があるのと、私が1つ年上になるので、壁を作られないようにと気を遣って、積極的に話しかけてくれているのだそうだ。


 七海ちゃんの話だと、去年他のクラスに17歳の1年生が編入してきた時に、みんなとの壁に悩んで退学していったエピソードがあるため、みんなは特に敏感なんだそうだ。


 「燈梨さん、コイツらは悪い奴じゃないんです。分かってやってください!」


 私は、みんなが私を受け入れてくれることの嬉しさと、みんなに気を遣わせてしまっていた事の申し訳なさでいっぱいになってしまった。


 みんなの話を聞いていくと、北海道ネタと部活には入るのか? というところに質問が集中していて、なるほど、みんなが必死に私との接点が欲しいんだな……というところが分かってしまった。

 ただ、七海ちゃんがその様子を察したのか


 「燈梨さん、この辺も結構な豪雪地区でして、その『北海道とかに比べるとさぁ』とか言われる事が多くて、ぶっちゃけ対抗意識バリバリなんですよ」


 と耳打ちしたので、私は察して、北海道の冬についての事とかを、知ってる限りみんなに話してみた。

 すると、さすがにここは高原という事もあって、北海道と言えども体感したことのない苦労などもあり、ドヤ顔になって『勝ち』を確信して満足する娘と、それでも、道央以北の私の街での苦労を知り『まだまだだ』という現実を知る娘との2つに分かれたようだ。


 そして、みんなから訊かれたのが、部活についてだった。

 この学校は、結構課外活動が活発で、同好会や愛好会を含めて多くの部活動がある事は分かっていた。


 実は、それに関しては最初から決めていて、既に昨日、入部届も出していたのだ。夏の初め、自分のこの先の事に悩み迷っていた私の手を引いて、この場所まで導いてくれた2人の恩人が入っていた部活に、私は是非入りたかったのだ。

 なので


 「自動車部に入ったんだ。昨日、入部届出してきたんだ」


 と言うと、一斉に女子からどよめきが起こった。

 ……そうだよね、女子が自動車部なんて、ちょっとおかしいもんねと、思っていたところ次の瞬間


 「マジ~? また自動車部だよぉ、最近女子の人気、急上昇なんだよね~」

 「あちこちの運動部から移籍組がメチャいるだけじゃ飽き足らず、遂に転入生までその毒牙にかけるとは!」


 など、あちこちからブーイングと羨望がごちゃ混ぜになった、妙な感想が聞かれたのには、ちょっと困惑してしまった。


 とは言っても、ほとんどの部活が3年生の夏の終わりくらいで、主だった試合も終わってしまっていて、活躍の場が限られるのに対し、自動車部は18歳で免許を取ってからが本番なので、3年生が活動の主役というのも私が魅力を感じた理由だった。


 人生初の部活動なので、やっぱり大会とかの活動に参加できる可能性があれば、それだけ部活に対する期待度や、熱中度も変わってくると思うのだ。

 凄く楽しみなんだ。今日から部活に参加できるのが。


 ちょっと、授業が終わるのが楽しみになってきてしまった。

 実は、今までの学校生活の中で、放課後がここまで楽しみだった事なんて今までなかった。

 今までは、その日の授業数を把握している母さんから、すぐに帰ってくるよう管理されていたので、授業終わりはある意味での憂鬱でしかなかった。


 今日からは違うんだ!

 私の心は、何故か踊り出しそうだった。



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 お読み頂きありがとうございます。

 早速、★、♥評価、ブックマーク頂き、大変感謝です。

 今後の、創作の大きな励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。


 感想などもありましたら、どしどしお寄せください。


 次回は

 遂に授業も終わって、初の部活動へと向かう燈梨。

 そこで待っていたのは……。


 お楽しみに。


 

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