悪魔side

 俺は悪魔だ。

 それも数いる悪魔の中でも最も力を持つ悪魔の一柱だ。

 そんな俺が、最近夢中になっているのがある一人の女で、それも俺ら悪魔を毛嫌いしてきやがる天使の女だった。

 当然、相反する存在同士、普通は顔を突きあわせれば戦闘になるのが常なのだが、あの女は俺を傷つけるにはあまりにも非力過ぎた。

 まあ、俺様を傷つけるには大天使でも出張ってこない限り不可能ではあるのだが、そのおかげというべきか、あの女が弱いおかげで俺も殺さずに接することが出来ているので、あの女が弱いのは俺にとっても、そしてあの女にとってもいいことだったと思う。


 初めてあの女と出会ったのは、俺が何の気まぐれか人間界に遊びに来た時のことだった。

 最初は、天使共に邪魔されるのが面倒だと人間に擬態していたのだが、ふとした拍子につい、擬態が解けてしまった。

 ……アレは、今考えてみても油断し過ぎていたな。

 とはいえ、それであの女が俺を察知して、人間界へと降りて来たのだ。

 そして、一目見た時、俺の身体に電流が走った。


 一目惚れだった。


 これまで、長い時間を過ごしてきて、面白い奴や気の合う奴、色々と出会ってきたが、誰かを好きになったことだけは無かった。

 そんな俺が、その天使にだけは、初めて恋という感情を抱いていた。


 その時は、一度だけ目が合ったものの、呆然としている間にその女は天界へと帰って行ってしまった。



 それから数日間、あの女のことを忘れられずに魔界での日々を過ごしていた俺だったが、ついに気持ちを抑えきれなくなり人間界へと再び赴くことを決めた。

 本来なら、俺ほどの大悪魔が人間界へと行くというのは、魔界の防衛としても、天使に迎え撃たれることも考慮すると軽々しく行えることではないのだが、その時の俺はそんなこともはやどうでもいいほどに、あの女の事しか考えられなくなっていた。


 そして、人間界へと出てあの女の姿を見つけた後は、まるで自分の身体が自分のモノではないかのように勝手に動き出して、気が付いた時にはあの女に気持ちを伝えていた。

 伝えてしまった直後に、しまった、と思った。

 俺とあいつは、男と女である前に悪魔と天使、相反する存在としていがみ合ってきていたのだ、当然受け入れられるわけがない。

 だから、俺は女が返答をする前に契約を持ち出した。


 果たして、女はその契約に同意した。

 一体、どのような思惑があったのかは分からないが、おそらくは契約を結ばないことで俺が天界へと攻め込むのを危惧したのだろう。

 流石に大悪魔とはいえ、俺一人で天界を滅ぼすことなど出来ないだろうが、それでも死力を尽くせば大天使の一人や二人は滅ぼせる。

 そうなってしまえば現在の均衡の保たれた状況が崩れ、そのまま天界が崩壊するのは目に見えている。

 ……もちろん、悪魔にもそれ相応の被害は出るだろうが。


 とはいえ、天界の為に動いたとはいっても俺はまた彼女と会えることに舞い上がってしまった。

 普通なら、天使と悪魔がそう何度も顔を合わせることなどありえないのだから。



 それから俺は、定期的に人間界へと遊びに来ると、それを察知して天界から降りてくる彼女と何度も会い、時には人間たちの言葉で言うデートと言えるようなことを何度もした。

 ……俺の気のせいでなければ、彼女もデート自体は楽しんでくれているように思えた。

 その度に、俺は次にどこに行こうか、何をしようかとまるで童貞のガキのようにはしゃいで妄想して楽しんでいた。

 彼女のことを考える日々は本当に楽しく、何時ぶりかも分からないほどに充実した日々を過ごせていた。




 それから何度も会い、勘違いでなければ彼女も俺と会うことを楽しみにしてくれているのではないだろうか、と思えるようになってきたある日、珍しく、いや、これまで一度も無かったことがおきた。

 何と、俺が人間界に行く前から彼女が天界から降りてきているのを感じたのだ。

 もしかして、本当に楽しみにしてくれているのか、と少しの違和感に気付かないふりをして意気揚々と俺も彼女に逢いに動き出した。


 そして、そこには翼を捥がれた彼女が呆然と立っていた。


 頭をガツンと殴られたような気持ちになった。

 何度も会う中で、彼女が天使としての自分に誇りを持っていたことに気が付いていた俺は、その天使としての力を剥奪された彼女が、どれほど今苦しんで、落ち込んでいるのかが分かってしまった。

 そして、そうなってしまった原因を作った自分のことが、とても醜悪なものに見えてきてしまった。

 自分勝手な、相手に断れないだろう契約を持ちかけて、そしてその後のことを想像もせずに彼女に逢えるという事しか考えていなかった自分にどうしようもなく嫌悪した。


 しかし、今は反省する時間では無いと自分に言い聞かせて彼女の元へと向かった。

 今は、彼女を守らなければ、天界から手の届かないところへと連れて行かなければ、そんな使命感に駆られていた。

 このまま放っておけば、天界の奴らも彼女の存在を消さんと出張ってくるだろうから。


 そうして近付いて、彼女に声を掛けた。


「もう天使で無いのなら、俺と一緒に来て欲しい。必ず、不自由はさせないと誓うから」


 頼む、一緒に来てくれ。

 俺はお前が消えるなんてこと許せない。

 こんなことが贖罪になるかは分からないが、それでもまだ生きて欲しい。

 愛しているんだ、もう手放したくない、君と共にいたいんだ。




 黙ったままついて来てくれている彼女に、もう二度と傷つけないと誓う。

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赦されざるこの恋の行方 かんた @rinkan

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