赦されざるこの恋の行方
かんた
天使side
私は天使だ。
それ以上でも以下でもない、大天使様のように大した力も無いが、悪魔に何も出来ずに消されるほど非力でもない、自分で言ってしまうのは悲しいが、中途半端な存在だ。
けれど、それを悪いこととは思っていない、何故ならそんな大した力も無い天使には、本当に危険な悪魔の相手をするようなことはなく、監視する地区もそれほど大きくないので、仕事に追われるようなことは無いからだ。
「……はぁ」
けれど、それも少し前までの話。
最近の私はほぼ毎日、多い時には日に何度も人間界へと降りて悪魔と対峙している。
私の担当区域に多くの悪魔が来ているわけではない、同じ悪魔が何度も何度も来るようになってしまったのだ。
まさに今も、悪魔が人間界に現れたのを察知して、私自ら降りてきているところだった。
「お、来た来た♪ それじゃあお前もういいや、どっか行っていいよ」
「やはり、貴方ですか……」
私の目の前には、人間に寄せているのか小奇麗な服を身に纏った、黒髪で長身の男がいた。
しかし、天使の私には目の前のその男が悪魔だと知っている。
……正確には何度も会ったことで気が付いたのだが。
実は、目の前のこの男は悪魔の中でも力を持っていて、七柱の大悪魔の一人であり、私如きが何をしようと、それこそ死力を振り絞ってこの身と引き換えにしようとも傷一つ付けられないような存在だったりする。
しかし、私がまだ存在出来ているのは、悪魔憎しと教えられてきた私が未だに彼に何もしていないからだ。
何故、何もしていないのか、それは……
「っ!」
彼との出会いを思い出してしまい、その時の感情まで思い出してしまったのか、顔が熱くなるのを感じた私は、目の前の彼に顔を見られたくなくて顔を逸らしてしまった。
私たちが初めて出会ったのは、もう一月ほども前のことだった。
いつものように、担当区域に悪魔を察知して人間界に降りてみたのだが、悪魔がいる、というのは感じられるのにどこにも姿が見つからず、諦めて天界へと帰ろうとしたところで、やけに強い視線を感じてそちらを向いて、強い衝撃を感じた。
そこに居たのは、一人の男で、後にその男が人間に擬態していた悪魔だと気が付いたのだが、何故か彼を見ていると顔も体も熱くなり、それなのに不思議と嫌な気持ちにはならず、どこか心地よい気分でさえあった。
その時は、もう天界へと帰ろうとしていたのでそれ以上人間界にいるわけにはいかず帰ってきたのだが、天界に帰ってきても考えることはあの男の事ばかりで、何も手につかなくなってしまった。
それから数日後、再び悪魔の気配を感じて人間界に降りてみるも悪魔の姿は見当たらず、自分の調子が崩れているのか、一度誰かに見てもらった方が良いのかと心配になりながらも町を歩いていると、彼を見つけた。
その瞬間、私の中に芽生えたのは歓喜の感情だった。
そして同時に分かってしまった、これが人間たちが夢中な、恋なのだ、と。
とはいえ、私は天使なのだ。
天使たる私には使命がある、人間と恋をすることなど、到底許されない。
これまでの長い歴史で、中には人間と恋をして天界から去っていったものもいたが、彼ら、彼女らは例外なく天使としての力を剝奪され、残りの生を人として生き、そして死んでいったのを知っている。
だからこそ、私にはそんなことを出来る気がしなかった。
私は、天使なのだ、これまでもずっと天使であることに誇りをもって生きて来たし、これからもそうでありたいと思い続けてきた。
それが、その私が天使としての力を剥奪されるだなんて、どうしても許せない、いや、天使でなくなることが、私にはどうしようもなく恐ろしい。
しかし、天使でなくなることに恐怖を抱いているはずなのに気が付いたら自分から彼に近付いていた。
いや、正確には彼も私へと向かってきていたのだろう、それでも私が、自分から彼に向かって歩き始めていたのは事実だった。
苦しい、嬉しい、辛い、恋しい
ああ、ダメだ、この恋は辛すぎる。
それでも、せめて、一言交わしたい、気持ちを伝えるだけでもいいから、答えはいらないからそれだけでも言いたい。
そう思いながら近寄った私だったが、結果として、彼に気持ちを伝えることは出来なかった。
何故ならば、先にその男に声を掛けられたからだった。
『そこの天使。貴様に惚れた』
言葉自体は、私にとっても嬉しいことではあったが、声に力を籠めているかのような、いや、実際に目の前の悪魔は力を籠めていたのだろうが、その言葉で私は目の前の男が悪魔だという事をようやく気が付いたのだ。
本当は知りたくなかった、知らなければどこかの一人の人間に恋をしただけで、相手もすぐに死んでしまうだろうから悲しいことではあってもいずれ諦めもつくと思っていたのだ。
それが、人間だと思っていた相手が悪魔、それも目の前で、言葉を聞いてようやく悪魔だと、それまでは気付かせないほどの隠蔽が出来る相手と言えば、私からしたら圧倒的に格上で、相手の気まぐれで私などすぐにでも消し飛ばせるような存在なのだ。
そんな相手に気持ちを伝えるというのは、人間に対して同じ気持ちを抱く以上に罪なことで、天界で知られようものならすぐにでも異端審問にかけられ、天使としての力を剥奪、それどころか存在を消滅させられるだろう。
だから、気持ちを伝えなくてよかったのだ、今すぐにでもこの気持ちを忘れて、そして大天使様をお呼びして相手してもらうしかない。
そう、それで全て終わる、はずなのに……
相手は悪魔だ、人間に対して恋情を抱くのとは訳が違う。
圧倒的に許されないことなのに、どうしても目の前の、悪魔と分かった相手への恋情が、愛情が止まらない。止められない。
ダメだダメだダメだダメだ。
しかし、そんな葛藤をしている私の目の前にいる男は、その私の葛藤を理解しているのか、それとも別の理由なのかは分からないが、また口を開いた。
『とはいえ、だ。流石に俺は悪魔で貴様は天使。純粋に惚れたと言っても信用しないだろうし、天界へと戻ったら貴様も仕事であるのだから大天使のクソども、もしくは神に告げ口するだろう。それで邪魔をされるのは俺としても面倒くさいし、そんな事よりも貴様をもっと知りたい。そこで提案だ』
……悪魔との契約だ、絶対に結んではいけないと、そもそも話すことすら禁忌とされているのは分かっていた。
けれど、気が付いた時には私はその悪魔と契約を結んでしまっていたのだった。
それから私とあの悪魔は、数日おきに、多いときは連日それぞれの領域から出てきては何度も逢った。
悪魔との契約は、定期的に会うことを条件に、彼が天使、ひいては天界に対して手を出さないというものだった。
彼に会えることを喜んでこの契約に同意したのではない、この目の前の大悪魔が天界に手を出してきたときの被害を考えて契約を結んだのだ。
……それでも、彼に逢えると思うとどうしようもなく胸が高鳴る自分がいて、そんな自分に失望しながらも気分が高揚するという、矛盾した感情を抱いていた。
「おう、来たか」
「……貴方はいつも早いんですね。これでも早く来れたと思っていたのですが」
「それは当然、貴様に逢えるのなら気持ちが高ぶって早く来てしまうだろうよ」
……あまりにも直接的に気持ちを伝えてくる彼に、私は赤面した。
ダメだなぁ、ここまで正面から気持ちを伝えられ続けて、彼は悪魔だというのにどうしても恋しい気持ちが溢れてしまう。
そうは思っていても、気持ちを抑えるなんてことは出来ずに今も好きだと口にしたくなっている。
それからも、会うたびに好意を伝えてくる彼と、そんな彼に言えないけれども好意が募っていく私。
好きになるほどに天使としての自分の在り方との間で苦しむ日々が続いた。
「それでは、神に仕える天使でありながらも悪魔と交流を持った異端な天使への取り調べを行う」
そして、私はついに他の天使に悪魔と交流していたことがバレて、大天使様のいる前で取り調べを受けることになっていた。
「これから、貴様は質問に対して真摯に、偽りなく答えなければいけない。偽りが判明した瞬間に、貴様の存在は消え失せるものと心得よ。それでは、始める」
そう言ってから、彼らは、私に様々なことを聞き始めて来た。
何時から交流を持っているのか、契約はしたのか、したのならどのような内容で契約したのか、これまでどのようなことをしてきたのか、天界についての情報を漏らしたことはあるか、魔界について何か聞いたことはあるか、など、質問はいくつもあり、流石に最後の方は疲れていたが、それでも私は偽ることなく、全て正直に答えていった。
悪魔と契約を結んだ時からずっと、いずれこのことがバレてしまった時には、せめて天使として恥ずべきことのない振る舞いをしようと心に決めていたからだ。
その甲斐あってなのか、大天使様たちも、異端な私の言葉を信用してくれていた。
「……それでは、其方は天界を思うが故に、自分では敵わぬ相手からの契約に同意した訳だ。悪魔と内通していたわけでも想っていたことも無いのだな」
しかし、最後に独り言のように問われた内容については、動揺してすぐに答えることが出来なかった。
「……どうした? 違うというのか?」
それを不審に思ったのか、質問をしてきていた大天使様に睨まれてしまった。
天使として、すぐに答えなければ、悪魔の事なんて鬱陶しい、天界を守るためだけに関わっていたのだ、と言えばいい。
そうすればもう悪魔との関係も終わる、天使として、楽になれる、そう思っているのに……。
ダメだダメだダメだこの気持ちだけは偽れない、好きだ好き大好きだ。
もはや自分の気持ちを偽れないほどに、あの悪魔の彼のことを好きだ、愛しているといってもいいほどに、狂おしいほどに彼のことを好きだ。
そんな私の反応で察したのか、大天使様は顔を歪めたが、すぐに表情を消すと、
「……では、判決を言い渡す。貴様はもはや天使としての力を持つことを許さん。翼を捥ぎ、天界から追放とする」
大天使の判決に、生ぬるい、といった声も周りから上がっていたが、一言も発さずに周囲を黙らせると、大天使はさっさとその場から消えるのだった。
天使としての力も失い、天界から追放されてしまった私だったが、何故かそこまで落ち込んではいなかった。
これまでは、天使としての力を失うことを、天使でなくなることを誰よりも恐れていたのに、いざ天使で無くなってみると、それでも彼に逢えるのなら、と思えてしまっていた。
「……これから、どうしようか」
とはいえ、今は一人、何もすることは無く、何をしたらいいのかも分からない状態で人間の世界へと堕とされた私は、途方に暮れていた。
いつもは、彼がいたからこそ何とかなっていたので、もはや天使でもなくなってしまった私には、どうしたらいいのか分からなかった。
「……珍しい、俺が来る前から人間界に降りてきているとは。いきなり感知して、驚いてしまったぞ」
驚いたといった口調とは裏腹に、彼はとても上機嫌そうであった。
しかし、いつもと違う私の様子に気が付いたのか、少し怪訝そうにすると、すぐにその違和感に気が付いた。
「翼はどうした? ……いや、聞くまでも無いか、ついにバレたか」
そう言うと、彼は私を腕の中に包み込んだ。
そして囁くように口を開いた。
「もう天使で無いのなら、俺と一緒に来て欲しい。必ず、不自由はさせないと誓うから」
……悪魔の囁きだ、しかし、もう天使でもなくなってしまった私には守るものなど何もない。
そうして、私は彼について行くのだった。
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