糸を引く者 参

二時間前の下界 平頂山  


美猿王達が棲家にしている神社の神門の前に、髑髏の花魁の姿に変化した無天経文が降り立つ。


髑髏の方に座っていた黄泉大津神が降り、出迎えた星熊童子を抜いた鬼達の前に立つ。


「誰だ?テメェ、ここは王の城だぞ」


「金平鹿、喧嘩を売るんじゃなくて売られないと」


「そんな悠長な事を言ってらねーだろ、縊鬼。王を狙ってくる輩が出て来てるかもしんねーし」


「それはそうだけど」


二人の会話を他所に、夜叉が黄泉大津神に尋ねる。


「ここは美猿王様の城だ。知らずに訪れたのなら、そのまま帰す。知っていて来たのなら、死んで貰うが」


「私の息子に会いに来ただけだ。息子は中にいるの

か?」


黄泉大津神の言葉を聞いた鬼達は言葉を失う。


今し方、信じ難い言葉を黄泉大津神は放ったのだ。


「む、息子?王のお母さんって事?」


「いやいや、王の親って?」


金平鹿と縊鬼が騒ぐ中、美猿王と星熊童子が本殿から出て来る。


「何の騒ぎだ」


「あ、王!!聞いて下さいよ!!この女、王の親って言うですよ」


「親?」


金平糖の言葉を聞いた美猿王は、黄泉大津神に視線を向ける。


怪訝な表情を見せるが、すぐに美猿王は黄泉大津神に近付く。


黄泉大津神は美猿王の頬に優しく触れ、頬から腕に手を移動させた。


その光景を見た星熊童子達は、黄泉大津神の言っていた言葉を信用するしかなくなった。


誰もが二人の姿を見れば、母親が愛しい息子の体に触れている姿と重なるからだ。


「本当に伊邪那美命なのか」


「お前は私の姿を一度も見た事がないから、信じれないだろうな。だが私が腹を痛めて、産んだ事は事実だ。こんなに大きくなったのだな」


黄泉大津神は美猿王を愛おしそうに見つめ、美猿王は黄泉大津神の手を取る。


「本当にそうなら何故、親父…、鳴神の所に帰らない。俺の所に来る必要があったのか」


「私にはやる事があるからだ。お前と同じ"目的"だと知っているから来たのだ」


「俺と同じ?へぇ、親父よりと俺を取るのか」


「無天経文、私が手にしている経文の名だ」


その言葉を聞いた美猿王達は、ピタッと体の動きが止まる。


「無天経文だと?まさか、その髑髏がそうなのか」


「あぁ、そうだ。残りの経文を集め、世界を作り変えるのがお前の目的だろ?なら、私と同じだ。私はこの世の秩序を壊してでも、成し遂げるつもりだ」


美猿王は黄泉大津神の言葉を聞きながら、小さく笑う。


「なぁ、黄泉大津神。俺は親父だろうが殺すぜ。邪魔する奴等は殺す。親父を愛してんなら、俺の元から消えた方が良い。俺はアンタを引き止める事はねーよ」


「私は飛龍を愛している。だからこそ殺してでも、神をこの世から消す。その思いだけで、私は黄泉の国でよみざえったのだから」


「無天経文は俺達側にあると解釈して良いんだな」


美猿王の言葉を聞いた黄泉大津神は黙って頷く。


「残りの経文は四本か、その前にやる事が一つある。月鈴、お前が温羅達を連れての仕事だ」


「なぁに?王」


星熊童子はそう言って、美猿王に抱き付く。


「ここから近くに寺の集落がある。どうやら観音菩薩達と坊さん達が集まり、よからぬ会議を始めるらしい。俺の天耳通(てんにつう)の力で得た情報だ。集まった坊さん達を殺し、羅刹天と法名和尚を連れて来い」


「分かった。すぐに連れて来るね?夜叉は残って、お姫様の監視をして。私達は王の命令通りに集落に向かうから」


星熊童子の言葉を聞いた夜叉は、頷いてからすぐに姿を消す。


星熊童子達もまたすぐに姿を消した後、神門の前に二人の人物が現れた。


美猿王は二人の姿を見てニヤリと笑いながら、「遅かったな、天邪鬼」と呟いた。



法名和尚(人間)


冷や汗が額から流れ落ち、呼吸するのすら躊躇してしまう威圧感。


「何だ…、お前は」


「俺か?俺は封印されてた鬼の一人さ。温羅と呼ばれてるなぁ」


そう言って、鬼の男は持っていた煙管に口を付ける。


フゥッと紫色の煙を美味そうに吐き、俺に視線を戻した。


「お、鬼が何の用だ」


何故、鬼がここに入れた?


普通の妖なら、ここの敷地内に入っただけで体が吹き飛ぶ。


それだけじゃない。 


この結果は陰陽術で出来ているものだ。


鬼がどうして、俺達と同じ陰陽術を使えるんだ。


「よくもまぁ、こんな話し合いに参加してんなぁ?解決策は出たか?」


「俺の質問に答えない気なのか?」


「用があるのは、お前の方じゃないのかぁ?」


「なっ?!何だ…、この映像は…」


温羅が差し出して来た水晶に映し出されたのは、三蔵達が木に吊るされている映像だった。


しかも、四人はかなりの大怪我を負っている。


「お前、このガキの様子が知りたがっただろ?だから教えてやってんだよ、お前に。親切だろ?俺」


「何故…、こんな事になって…」


「お前等の崇拝している神達の命令を聞いたからさ。コイツ等は鬼の伝承を取りに、閻魔大王の所に向かわせられた。そして、このザマだ」


「鬼の伝承を取りに…?」


ジュワッと背中に冷や汗が噴き出てきた。


濡れた着物が肌に張り付き、嫌な感触がする。


「神の言う事を聞いてきてさ、良い事があったか?特に、三蔵に関してはどうだ?」


「か、観音菩薩殿はいつも正しい事をおっしゃら…」

 

ガシッ!!


勢いよく顎を掴まれ、最後まで言おうとしていた言葉が言えなくなった。


「おいおい、嘘は良くねぇーなぁ?テメェはそんな事を思っちゃいねーだろ?いや、"思えなくなってきてる"と言った方が良いか」


ゾワゾワッと悪寒が全身を駆け巡る。


煙管から放たれる紫色の甘い香りがする煙が、結界の中に充満して行く。


クラクラしそうな程に強い煙管の香りだ。


温羅と言う鬼は、俺の思考の深い所まで見透かしているようだ。


「当たり前のことだろ?自分の可愛がってる子供が酷い目に遭ってんだ。神に対して不信感を抱くのは当たり前だろ?」


見えなかった筈の目が、少し乱れた前髪の間から見えた。


ゾッとするぐらいの黒い瞳が俺を見据えて、口元は優しげな笑みを浮かべる。


この男には俺が綺麗事を並べても、全て見抜くに違いない。


「お、俺に用があって来たんだろ…。何の用だ」


「羅刹天と仲が良いらしいじゃねーか。お前がたらし込んで、神側に寝返えさせたのか?」


そう言って、短剣の刃を俺の首筋に押し当てた。


スッと後ろに引けば、動脈が切られ血が噴き出す状況だ。


「羅刹天はお前等の仲間だったのか?だから、温羅はここに来たのか」


「ハハッ、同じ鬼だからな。仲間と言えば仲間だが、今は裏切り者だ」


「裏切り者って…」


「そうだろ、お前等みたいな人間と共に行動してんだぜ?おかしいだろ?神と妖が手を取り合うだぁ?馬鹿吐かせ、そんな事はありえねぇんだよ」


温羅から神に対しての強い怒りと憎しみを感じた。


スッといつの間にか結界が解かれ、何故か俺を解放したのだ。


何を考えているんだ? 


俺を何故、結界の外に出すような真似を…?


「どうした?外に出たがってたんじゃねーのか?」


「何で、俺を外に出した。いきなり結界を解くとか、

おかしくないか」


「鬼は気まぐれなんだよ。ほら、さっさと行けよ」


温羅は煙管を咥えながら、シッシッと手を払う。


今、温羅はこの会場の中に現れた事になるよな?


ネチャッとした感触がし足元に視線を落とすと、床が赤黒い液体が流れていた。


何だ…、これ?


謎の液体に触れてみると、大量の血液だと判明した。


当たりを見渡すと大勢いた坊さん達の首が、皆斬り落とされている。


この血は全部、ここにい坊さん達の血なのか!?


嘘だろ…?


俺が閉じ込められていた数分の間に、この数の人間を殺したのか?


誰が…、誰がこんな事を…。


ハッと我に帰り、隣にいる筈の水元の姿が見当たらない事に気付く。


「水元、水元!!どこにいるんだ水…」


俺の左足を掴む謎の手首だけが目に入った。


ドクンッと心臓に衝撃が走り、嫌な想像が頭を過ぎる。


血溜まりの中を視線だけを頼りに水元の姿を探した。


「あ、あ、ああ、ああああああああ!!」


恐怖の顔を浮かべながら死んでいる水元が、床に転がっていた。


慌てて腰を下ろし、血溜まりの中にいる水元を引き摺り出す。


水元は右手首を切断され、更に複数回も刺された傷が目に入った。


「どうして、どうしてだ!!どうして…っ、こんな事になって…」


「天帝、早く逃げましょう。奴等の命は貴方を逃す為に、捨てても良い命です。我々は貴方を失う訳には行きません」


観音菩薩殿の言葉が頭に響く。


更に、観音菩薩殿は黙っている天帝に声を掛け続ける?


「人間なんて、いつ死んでもおかしくない短い人生の生き物です。貴方様の為に死ねる事は、人間達にとっては栄誉に等しいのですよ。さぁ、こちらに」


「嘘だろ…?これだけの人間が殺されておいて、アンタ等は逃げんのか…?」


「法名和尚、貴方は我々に力を貸す事を惜しんだでしょう?なら、天帝の為に死ぬくらいはして下さい。そもそも、貴方が一番に協力すると名乗りでなければならいのでは?」


「は…?本気で言ってるんですか…?アンタ、正気か?」


「私は至って正気ですよ?法名和尚。貴方達よりも優先すべきものは天帝の身を守る事。この話し合いも結局は無駄に終わってしまいましたが…」


観音菩薩殿は俺の問いに対し、一つ一つ冷静に答えて行く。


その態度が妙に腹立たしく、憎らしく感じた。


何なんだよ、何なんだよ。


コイツ等、神はこんなに人間の事を下に見ていたのか?


じゃあ、今までの言葉は何だった?


じゃあ、三蔵を旅に行かせたのは…?


「三蔵を俺の元から離れさせ、経文を探す旅に出した理由はなんなんですか」


「はい?今、必要な質問ですか?」


「貴方達にとってはどうでもいい事でも、俺にとっては大事な事だ!!まさか天帝の為に、じゃないだろうな」


そう言って、俺はキッと天帝を睨み付ける。


天帝は俺の方を見向きもせず、怠そうな態度を取った。


その行動だけでも、俺をイラつかせる。


こんな男の為に、ここにいた人達は集められ、殺されちまったのか…。


「今更ですか?当たり前の事を聞かれて驚きましたよ。源蔵三蔵を育てさせたのも、陰陽の術を貴方に伝授させたのも。全ては経文を天帝の為に届けさせる為です」


サッと全身の血の気が引き、後ろに倒れそうになる。


本当は観音菩薩殿の言葉通りに、江流を試練の旅に出した時から。


不安で仕方がなかった。


江流はもはや、自分の息子と言っとも良い存在だ。


本当に経文を探す旅に出して良いのか。


観音菩薩殿の言葉通りにしても良いのか。


この人は本当に"正しい"事を言っているのか。


その気持ちは年々増すばかりで、神の言っている言葉が響かなくなってしまっていた。


「そうかよ、よく分かった。アンタ等の言っている事は綺麗事だってな」


「どう言うつもりだ?法名和尚。天帝に銃口を向けるとは」


如来は俺が手に持っている霊魂銃を見て眉を顰める。


こんな事をするとは思っても見なかったのだろう。


大事な弟子を殺され、大事な息子が危険な目に遭いそうな状況だ。


神の言う通りにしていたら、江流までも殺されてしまう。


「ほーら、言った通りだったろ?」


細長くて白い肌の指が後ろから伸び、俺の肩を優しく叩く。


紫色の甘い香りの煙が俺を再び包み込み、温羅が声を掛けて来る。 


「神なんてな、自分の事しか考えてねぇんだ。お前の三蔵を外の世界へ出したのも、全ては自分等の利益の為だ。連中は経文や天帝の身の安全しか脳にない。現に、お前等を見捨てているだろう?」


温羅の言葉が一つ一つ脳内に響き渡る。


目の前に広がっている光景、観音菩薩殿の言動。

温羅が言っていた通りだ。


神は誰かと協力して生きて行く事など出来ない。


「こんな男の何処か…、守る価値があるんだ」


「は?」


俺の言葉を聞いた如来は目を丸くさせながら、短い言葉を吐く。


「俺の弟子や江流よりも、神を崇拝する事は出来ない。もう二度とアンタ等なんかを信じて生きてやるか」


「法名和尚、それは我々とは別の道を歩むと言う事か。俺達を信じないのなら、お前には神の加護を授かる事は出来んぞ」


「神がなんだって言うんだよ。今までアンタ等が俺達に何かしたのか?いいや、一度もだってした事がないだろ。何が神頼みだ、何が神を崇拝しろだ。笑わせんな、アンタ等はな…。傍観者を気取り、何もしない連中だ。そんな奴等に命を張ってまで協力する気は毛頭ない。妖達も解放するべきだ。アンタ等といたら命を無駄にするだけだ」


俺は如来に向かって、胸を打ちをぶち撒ける。

「法名和尚、お前は賢い男だぜ?さっさとコイツ等とは縁を切るべきだ。神なんて、所詮は綺麗事しか並べない人間なんだ。王の方がよっぽど、神と呼べる存在だぜ」


「王…?お前等の王とは誰の事だ?」


「美猿王さ、俺達の王として君臨した男だ。そして、神の悪事を暴いた男。お前はまだ知らないだろうから教えてやるよ」


そう言って、温羅は再び水晶玉を俺の前に差し出す。


映し出された映像を見て、俺は言葉を失った。


神達が妖達を地下と思われる場所に放り込み、奴隷のように仕事をさせていた。 


はたまた女の妖達を無理矢理に蹂躙し弄んでは、暴力を振るいかざし。


美猿王率いる妖達と神達は長い間、戦争を繰り返しては妖達の無罪を証明して行く。


世界を作った神が妖達を邪魔に思い、濡れ衣を着せてから神々達は欲望のままに生き始めた。


俺達、仏教の道を歩む者達は誰一人知らない事実。


何故なら神々がこんな事をしていたと、どこにも記されていない。


ましてや、観音菩薩殿達がこの事を言う筈もないのだから。


世に出ている書物には美猿王が悪だと、凶悪な妖達だとしか記されていない。


これが世に出たら…、神を崇拝していた者達はどう思うのか。


「これが本当に真実なのか…?だとしたら、本当に悪なのは神の方じゃないか」 


「だろう?俺達はこの真実を世に知らしめたいんだ。王は、お前の陰陽術の才能を高く買っている」


何も言わずに後ろにいる温羅の顔を見つめる。


「王の為に働く気はあるか?」


「…お…」


ガシッと勢いよく肩を掴まれ、温羅のいる方向とは逆の方に向かされた。


「おい、和尚!!しっかりしやがれ!!」


ブォォォォォォォ!!


その瞬間、紫色の甘い香りの煙が吹き消される程の暴風が吹く。


風が止むと、傷だらけの羅刹天の姿が現れる。


「お前が今見てんのは、温羅が作り出した幻術だ!!騙されんな!!」 


「何を言ってるんだよ、羅刹天。俺が騙されてる?騙されてるのはお前の方だろ…」


「はぁ?!」


「目の前に広がってるのは…。坊さん達の血で出来た血溜まりじゃないか」


煙が晴れた所で広がっているのは、真っ赤に染まった広間だ。


床には沢山の坊さん達の死体が転がっていて、その中には水元の死体もある。


「これをやったのは金平鹿だ。見えるだろ、死体の山に座ってる男だ!!」 


「おいおい、羅刹天。なぁに、お前は部外者面してんだよ」


オレンジ髪のピエロのメイクをした男がそう言う。


「おい、温羅。ソイツの大事な弟子だったか?間違えて羅刹天が斬り落としたんだぜ?俺を斬ろうとして、間違えるか?」 


「えー、ヤバくない?普通、間違えるか?お前と人間をか?」


金平鹿と呼ばれた男の言葉を聞いた温羅は笑う。


間違えて斬った…?


「どう言う事だよ、羅刹天。間違えて斬ったって…?本当なのか」 


「違うに決まってんだろ!?水元を斬り落としたのはコイツだ。なに騙されてんだよ、お前!!」


ガッと胸ぐらを掴まれ、羅刹天に睨まれる。


何故、俺はコイツに睨まれないといけないのだろうか。


天帝と観音菩薩殿達の姿が見当たらない。


居るのは羅刹天が連れて来た女だけだった。


「おい、羅刹天。天帝達はどこに行った」


「あ?」


「どこに行ったか聞いてんだよ、羅刹天」


「天帝等なら天界に帰ったけど…って、マジでどうしたんだよ。お前、俺に霊魂銃なんか向けやがって」

無意識のうちに俺は、霊魂銃の銃口を羅刹天に向けていた。



羅刹天の腹に銃口を向ける法名和尚を止めようと、雨桐が走り出す。


「おいおい、邪魔すんなよな女」


金平鹿は雨桐の腕を掴み、床に押し倒す。


背中に掴んだ腕を回させ、金平鹿が雨桐の背中に馬乗りになる。


「離せっ、羅刹天様っ、離れて下さい!!」


「うるせー女だな、黙らせるぞ」


そのまま腕を固定させたまま、金平鹿は雨桐の腕をへし折った。 


ゴキッ!!!


パァァンッ!!


骨の折れる音と同時に発泡音が鳴り響く。 

「ら、羅刹天様っ!!」


雨桐の叫びは虚しい結果に終わってしまう。


羅刹天の腹に霊魂銃の弾が命中し、そのまま後ろに倒れ込む。


「テメェ、マジで撃ちやがったな和尚」


ドクドクと流れる血を手で抑えながら、羅刹天は体を起こす。 


羅刹天は法名和尚の目を見て、思わずゾッとしてしまった。


正気のない唇の色、死んだ魚のような目をしていたからだ。

 

法名和尚の心がここにない事を実感させられる程、彼は絶望の表情を浮かべている。

 

「お前、何を吹き込みやがった」


「人聞き悪い事を言うなよなぁ、羅刹天。見せやっただけだぜ?過去の出来事をな」


「それだけで、和尚がこうなんのかよ」


「羅刹天、お前の方がどうかしちまったんだよ。王に散々、面倒見てもらっただろ。それなのによぉ、神側に寝返るのはなぁ」


そう言って、温羅は羅刹天を見据える。


「王がお呼びだ。羅刹天、来ないとは言わせねぇぞ」

「あ?行くわけねぇだろ。アンタ等のやり方に無理矢理、従わされてたんだよ俺は。付いてけねぇって本当によ。特に姫の…、星熊童子のよ」


温羅の問い掛けに嫌々ながら羅刹天は答える。


「羅刹天!!お前、ふざけた事をぬかしてんじゃねーよ!!何が付いていけねぇだ、ふざけんなよマジで」


金平鹿が牙を剥き出しにしながら叫ぶ。


「羅刹天」


「っ!?」


トンッと優しく羅刹天の肩を叩いたのは、星熊童子だった。 


「久しぶりだね、羅刹天。どうしたの?固まってるみたいだけど」


「おま…、なんで…っ、ゔっ!?」


星熊童子は羅刹天が霊魂銃で撃たれた傷を、ぐりぐりと抉り出す。


「や、やめて!!」


ガシッ!!


雨桐は床を這い蹲りながら、星熊童子の右足首を掴む。


「お願いだから、羅刹天様を傷付けるのはやめて下さい…っ」


「羅刹天のお気に入りの子?昔からだよね?こう言う女の子が好きなの」


そう言って星熊童子は雨桐の手を払い除け、すぐさま腹に蹴りを入れる。


ドカッ!!


ドゴォォォーン!!


吹き飛ばされた雨桐は壁に激突し、その場で意識を失ってしまう。


「雨桐!!テメェ…、俺の女に手を出しやがったな!?」


「羅刹天、私に口答えする気?」 


「お前は昔からそうだよな。自分の身内以外の鬼や妖には、横暴な態度を取って来た。離れて行った妖達の言葉を忘れたのかよ!!」


「言葉を聞く前に斬り捨ててるから、分からないな。だって、裏切り者は殺さないといけないよねぇ?殺されても当然の奴等なんだから。だけど、王の"お母さん"が羅刹天を連れて来いって」


星熊童子の言葉を聞いた羅刹天は呆気に取られていた。


「美猿王のお母さん…だと?まさか、嘘だろ?伊邪那美命の事を言ってんじゃねーだろうな」


「ふふ、その人しかいないでしょ?王のお母さんはね、黄泉の国の王となって、この世に再び君臨なさったの」


「お前等と伊邪那美命が手を組んだと言う事じゃねーだろうな?そうだとしたら、伊邪那美命は…。何故、鳴神の元に戻らない。生きていたら鳴神の元に真っ先に戻る筈だ」


「本人に聞いたらどう?ほら、早く行くよ」


そう言って、星熊童子は乱暴に羅刹天の髪を掴む。


「アンタもついて来るだろ?法名和尚」


「…、あぁ」


法名和尚の返答を聞いた温羅は、一枚の札取り出し破る。


ボンッ!!!


美猿王の棲家の神社に繋がる鳥居を召喚し、星熊童子と金平鹿の二人は先に入って行った。


二人を追うように、温羅と法名和尚の二人も鳥居の中に入って行ったのだった。

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