糸を引く者 弐

五百年前の黄泉の国ー


一つの出来事は、いくつもの螺旋のように繋がっている。


一つの選択によって、無限のように可能性の未来が広がる。


そんな事を昔、誰かに言われたような気がする。


もう数億年?


もう数兆年?


目を開ければ赤黒い空が一面に広がり、血生臭い匂いが鼻に届く。


地面に突き刺さった沢山の刀や武器、壊れた鎧が落ちている。


人間や妖の白骨化から生えている彼岸花。


黒いアゲハチョウが気持ち良さそうに羽ばたいている。


ガリガリに痩せた細い腕を見る度にうんざりする。


背中に生える骨の羽、額からは黒色の角が生えてきた。


綺麗だった長い髪も黒と白色のツートンカラーに変わり、右頬には火傷で爛れてしまった。


鎖骨の部分は骨が浮き上がり、見るに耐えない姿だ。


いつの間にか、黒のだらけた着物を着ていた。


いつの間にか、こんな体になっていた。


ここが黄泉の国だと言う事は知っている。


私は好きな男と共に落とされ、愛おしい我が子を手放

した。


アイツ等は私が死んだと思って、今も今世で生きてい

る。


呑気に生き腐りながら、馬鹿みたいに生きている。


私を迎えに来たあの愚かな男がいたな。


だけど、私の姿を見て興醒めしていたな。


はは、思い出すだけで滑稽で笑えてくる。


私の事を綺麗だと言って散々、抱いてきた癖に。


「気持ち悪い」


「私の愛した女は…?どこへ行ったのだ?」


「嘘だと言ってくれ」


あの馬鹿は私の顔を見ながら、散々な物言いをしてきた。


段々とムカついてきて、コイツ死なないかなって。


うるさいし、香水臭いし、ムカつく。


「お前、馬鹿じゃねーの?」


「は、は?ば、馬鹿…?」


「お前の事を愛してたとでも?ハッ、笑わせんじゃねーぞ、糞男が。無理矢理抱かれていたのにも気付いてねーのかよ」


私の言葉を聞いた糞男の顔色が曇って行く。


一丁前に傷付いた顔をしながら、言葉を吐き散らかす。


「……は、私の事が好きじゃなかったのか?じゃあ、私は独りよがりに君を抱いていたと?そう言いたいのか!?」


「今更かよ、それにな?私は元々、口が悪りぃんだよ。あぁ、お前は清楚な女がお好みだったな」


「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!!」


「びーびーうるせぇな…。耳障りなんだよ、お前。いつまでも夢見てんじゃねーよ、糞が」


そう言うと、糞男の顔の色が青から赤に変わる。


「さっきから何なんだよ、その態度は!?会いに来てやった男に対しての言葉じゃないだろう!?美さの欠

片もなくなったゴミ女が!!」


糞男は唾を吐き散らしながら、私の着物の胸ぐらを掴む。


この男は自分の感情に流されすぎだろ。


私が突き刺さっていた刀を抜き取っている事にも。


その刀を今からお前に向かって、振り下ろそうとしているのも。


全く警戒心のない糞男。


「何とか言ったらどうなんだ!!……っ!!」


「何度も何度も私の名前を呼びやがって。うるせぇんだよ」


ブンッ!!


ブシャッ!!


隠し持っていた刀を糞男に向かって振り下ろす。


右肩に刀の刃が食い込み、血飛沫が勢いよく噴き出した。


昔、庭にあった水の噴水のように噴き出す。


「え、え?な、何だよ、これっ!?ち、血がっ、血がっ!?」


噴き出す血を抑えようと、糞男は右肩に手を置いた。


刀の刃を横に向かってスライドさせるように、糞男の腹を斬る。


ズバッ!!


腹はパックリと横に割れ本来、中に収まっている筈の造物が溢れ落ちて行く。


傷口は腐敗を始め、肌がどんどん青紫色に変色していく。


「何をしたんだ、貴様!!ゔっ!?ゔっ、ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!!」


糞男は全身に走る強烈な痛みに耐え切れず、その場に倒れ込む。


トドメを刺しても良かったが、どのみち出血多量で死ぬ。


刀を泥濘んだ地面に突き刺し、近くにあった岩に腰を下ろす。


「何とか言ったらどうだ!!」


「お前は死ぬんだよ。どうだ?今の気持ちは。今まで、お前達がしてきた事を見に受けてよ」


「分かる訳がないだろ、そんな事は!!我々のやってきた事?間違っていないだろう!?神を増やせば、神の時代を作り出す事に成功しただろ!?」


糞男の顔の右部分が白骨化し始めていた。


「神は上に立つに相応しい存在なんだよ。……、君は良い行いをしたんだ。天界人の男を好きなってから、

君は変わってしまった。あの男か、あの男が君を狂わせたのか!?」


「あ?」


「そうだ、きっとそうだ。あの男が、君の護衛に選ば

れなければっ。君はこんな風にならな…っ」


腰を上げ、地面に突き刺した刀を抜く。


そのまま糞男の前に立ち、顎を掴んで口を開けさせた。


ズシャッ!!


糞男の赤い舌を斬り落とし、地面に落ちた舌を踏み付ける。


言葉にならない叫び声を上げながら、私を睨み付けた。


「二度と喋るな、耳障りだ。それに、テメェはもう死ぬんだよ。黙って死ね、今すぐ死ね」


そう言って、私は糞男を見下ろす。


お前等の所為で、私はこんな姿になったんだ。


両手を鎖で繋がれたまま、糞男に無理矢理に抱かれ、子供を無理矢理に生まされた。


神なんていない方が良い。


神なんて消えて無くなればいい。


神なんて…。


ズルッ…、ズルッ…。


体を這いずるような音が聞こえ、音のした方に視線を向ける。


そこにいたのは、よぼよぼの爺さんだった。


ぶつぶつと何かを言っていて、どこかに向かっているようだ。


「殺してやる、殺してやる…、殺してやる」


殺意の満ちた眼差しを向けたまま、爺さんは地面を這う。


今の私にはもう、神ですらないのだ。


この体は私にとっては都合が良いのではないか。


そうだ。


この黄泉の国にある武器を使えば、神を殺せるのでは

ないか?


現に、私の目の前で糞男は死んだ。


既に白骨化した状態で。


爺さん以外にも痩せ細った妖や老若男女が、殺意のある言葉を吐いている。


爺さんを先頭に何百人もの人々が、どこかに向かって歩き出していた。


この先に何があるのか?


私は刀を持ったまま、爺さん達の後を追う事にした。


何かに吸い寄せられているかのように歩いている。


一心不乱に真っ直ぐ見つめる人々からは、感情が読み取れない。


コイツ等は何を思って歩いているのか。


そんな事を思っていると、先頭が足を止めていた。


後方にいる人々達も足を止め、一斉に地面に膝を付く。


私だけが立ったまま、目の前に広がる光景を見つめた。


赤色の光を放つ一本の刀が地面に突き刺さっている。


ただそれだけなのに、コイツ等は涙を流しながら拝んでいた。


何がどうなっている?


「お前、そこのお前」


刀から声が聞こえて来たかと思えば、私に話し掛けてきたのだ。


「え、私に言ってんの?」


「あぁ、刀の姿じゃあねぇ?これならどうだ?」


そう言うと、刀の姿から髑髏の花魁姿に変化を遂げた。


「何なの…?アンタ」


「無天経文(むてんきょうもん)。人は皆、我をそう呼ぶ」


「無天って…、まさか五本ある経文の一つじゃないだろうな」


私は目の前にいる髑髏に向かって問い掛ける。


*無天経文 「死」や「虚無」を司る。万物のあらゆるものを無に帰し、存在した事実すらも消滅させる*


名前だけは聞いた事があった。


経文がどんな力を持ち、意味があるのかは知らない。


困惑している私を他所に、無天経文は語り出す。


「あぁ、そんな所だ。のう?お前、神を殺したいのだろう?お前を黄泉の国に落とした神々共。手を差し伸べなかった天界人共、のうのうと生きてる妖や動物を。全てを殺して、お前が次の世界の王となれ」


無天経文となる髑髏は、私に手を差し伸べながら言葉を吐く。


「王?何を言ってんだ。それに次の世界って?」


「言葉の通りだ。全ての経文を集め、世界を塗り変えろ。お前には人や神、妖の上に立つ素質がある。王の素質があるんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、ドクンッと心臓が跳ね上がった。


高鳴る鼓動の音が耳に響き、息苦しい。


「私が何者だったか知っていたのか。なら、私がここに落とされた理由も知っているのだな」


「あぁ、毘沙門天に黄泉の国に落とされた事だろ。それと、我が子を下界に落とした事。飛龍と離れ離れにされた事もな」


「知った上での申し出って事か」


「飛龍はな、妖になってもお前を探していたよ。だが、毘沙門天に封じられてしまったがな。それとお前の息子だがな?濡れ衣を着せられ、毘沙門天に五百年封印されたぞ」


一気に全身の血の気が引くのが分かった。


私の大事な二人を封印した…だと?


沸々と湧き上がる黒くて赤色の靄が私の体を包む。


毘沙門天、またしても私の大事な家族を奪い出したのか。


「あぁ、やはりお前を選んで正解のようだ。我の手を取れば、毘沙門天やこの世界を壊せるぞ。お前の望む世界に作り変えれる。復讐だよ、復讐する時が来たのだよ」


無天経文の言葉が一つ一つ響く。


世界を壊す、考えた事もなかった。


そうか、そうすれば良いのか。


経文である無天経文が、私に好意を見しているのだ。


「だが、我だけの力では世界を塗り変えれぬ。残りの四本の経文を手に入れなければならない。毘沙門天も

また、経文を隠し持っている」


「またしても毘沙門天か。本当に目障りな野郎だ」


「だがな?毘沙門天が何故、そうしているのか理由があるのだよ」


「理由だと?」


「毘沙門天の妻である吉祥天、天之御中主神の二人を復活させる事だ。あそこに爺さんがいるだろ?あれが天之御中主神だよ。お前も知っているだろ?あれこそが、この世界を作った天之御中主神だよ」


そう言われ改めて、よぼよぼの爺さんを見つめる。


あの爺さんが天之御中主神。


ぶつぶつと独り言のように、殺意の籠った言葉を吐いていたな。


そうか、この男を毘沙門天が復活させたいのか。


悪神として黄泉の国に落とされた男、現世に未練がたらたらなのだろう。


「なぁ、無天経文。この男を利用したらどうだ」


「ほう?何故、天之御中主神を使おうと思った?」


「毘沙門天を最高の舞台で殺す為だ。全てが上手くいっていると思わせ、油断させる。あの男の積み上げて来た物を蹴散らす為だ。私の最初の目的は、毘沙門天を殺す事だ」


「自分と同じ目に合わせると言う事か。なら、天之御中主神を転がせるようにしなければな。我の手を取れ」


そう言って、無天経文は私に向かって手を差し出す。


静かに無天経文の目の前まで歩き、黙って骨の手を取る。


すると眩い光を放ち、目を開けると無天経文は私の背後に立っていた。


巨大な体を眺め、私の背後から腕を回す。


その姿を見た天之御中主神が慌てた様子で、私の足元に擦り寄って来たのだ。


「あ、ぁぁあっ。どうか、どうか私にも御慈悲を…」


「お前の誠意次第だ。どうだ?お前を救おうとしている者の手を払い除けれるのか?私の為に、私の駒として、利用される覚悟は?もしも、少しでも怪しい動きをしたら、お前の首を跳ね飛ばす」


私の言葉を聞いた天之御中主神は、喜びの笑みを浮かべている。


あぁ、この視線をまた浴びるとはな。


好奇的な視線と欲望が混ざり合った視線。


だが私は何を使ってでも、やり遂げたい事がある。


どんな代償支払っても、多くの犠牲を産む事になっても。


私は私の大切なものを以外、どうなったって構わない。


「貴方様の言う通りにします。だから、私を蘇らせ下さい…。私は、殺したい男がおります。私を、私を落とした男を…」


「お前を蘇らせるのは私じゃない。お前が出来るのは祈る事だけだ。私を王として迎えるのなら、お前の望みは捨てろ。余計な邪念は忠誠の邪魔になる。それが出来ないのなら、お前はただ待っているだけだろうな」


そう、余計な邪念はいらない。


私を捨てでも成し遂げたい目的があるなら、尚更の事。


天之御中主神、お前はもう慕われるような神じゃない。


見るに耐えない程に衰えたお前を、誰が神と与えよう。


「貴方が、私の目的を果たして下さいますか…」


「あ?」

 

「私が、俺が殺したい男を殺して下さいますか」


天之御中主神の目付きが変わった。


それに、私から俺に一人称の呼び方が変わった。


こっちの喋り方が本来の天之御中主神なのだろう。


この男が恨んでいる相手が誰だか知らない。


が、利用出来るものがあれば利用する。


「あぁ、殺してやるよ」


嘘も方便、時には必要だ。


「分かりました。俺は貴方に付き従います」


そう言って、天之御中主神は私の足の甲に口付けをした。


「"伊邪那美命"いや、もはやお前を伊邪那美命と呼ぶ者はいないかもしれんな」


「伊邪那美命は死んだ。この地に落とされたあの日にな」


「お前はこの黄泉の国の王となったのだ。見てみろ、お前を見て、皆がひれ伏している」


無天経文に言われて、後ろにいた人々に視線を送る。


片膝を地面に付け、私に向かって頭を下げていた。


まるで諸軍に忠誠を誓う家臣のようだった。


「黄泉津大神(よもつおおかみ)。お前はこの者達の神であり、黄泉の国の女神だ」


無天経文は私の事を見ながら、その名を読んだ。


*伊邪那美命(いざなみのみこと、伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)は、日本神話の女神で神世七代の7代目(妹)。伊邪那岐神(伊邪那岐命、伊耶那岐命・いざなぎ)の妻。別名 黄泉津大神、道敷大神。神話においては皇室の先祖とされている*


黄泉の国の女神として、私は息を吹き返した。


伊邪那美命はこの黄泉の国で死に、黄泉津大神として生まれ変わった。


私はこの地にいる私の家族以外の者を殺し、新たな世界を作る。


この無天経文の力があれば、それが実現に成し得るのだ。


無天経文が大きな手で私を抱き上げ、黙って歩き出す。


それに続いて黄泉の国の死者達も歩き出した。


この道が修羅の道とは知らずに。



現在 下界ー


平頂山周辺にある寺が密集する集落に、最高位のお坊達が集まっていた。


源蔵三蔵の育て親でもある法明和尚、その弟子ある水元(スイゲン)も緊急集会に呼ばれていたのだ。


法明和尚(人間)


「緊急集会とは…、何事なのかね?」


「鷹の伝達が来た時は驚きましたよ。何十年もなかったですから」


集まったお坊達は、顔を曇らせながら話をしている。


俺はその光景をジッと見ながら、周囲を観察していた。


鷹の伝達とは、最高位のお坊達に緊急集会をすると言う知らせの文の事だ。


名前の通り鷹の足に文を巻き付け、宛名の坊さんの所に飛ばされる。


勿論、鷹を飛ばしているのは観音菩薩殿だ。


滅多な事では鷹の伝達は行われない。


観音菩薩殿が鷹の伝達を送ったと言う事は、異例な事態が起きていると言う事だ。


「お師匠、何かよくない事が起きているのでしょうか」


「分からんな。ここにいる坊さん達は、お前と同じ考えをお持ちのようだ」


「江流(コウリュウ)達は大丈夫でしょうか…」


水元の呟きに反応せずに、俺は近くにあった座敷に腰を下ろす。


坊さん達の集会が、寺の集落にある一つの寺で行われるのか。


ここは天竺と近い距離であり、妖が近寄れない程の神力が満ちているからだ。


人はいないとは言え、中国で最も寺が多いとされて来た集落。


遥か昔の頃に衰えた寺達だが、寺自体に莫大な量の神力が宿っているのだ。


先祖達が毎日、仏像に向かって念仏を唱え、供物をし祈りを捧げたお陰だろう。


神は我々、人間に御慈悲を与えて下さったのだ。


目の前にある名前も知らぬ仏像、至る所に苔が生えている。


この仏像も、昔は偉かったんだろうな…。


そんな事を思っていると、広間の入り口付近から騒めきの声が聞こえて来た。


視線を向けると立っていたのは、糸目の男と観音菩薩

殿、赤髪の男が立っている。


それに仏頂面の羅刹天が威圧的なオーラを放っていた。


羅刹天の後ろには謎の眼鏡を掛けた女もいる。


あの女も妖なのだろう、微かに妖気が漏れている。


しかし誰だ、あの男二人は。


坊さん達は羅刹天の存在にあえて触れようとしていない。


「皆さん、集会を始めますので。敷かれている座布団に座って下さい」


観音菩薩殿がそう声を掛けると、坊さん達な指示通りに座布団に座り出す。


スタスタと観音菩薩殿を含めた三人は、仏像の前まで歩き出した。


糸目の男は後ろ姿からも分かる程、神秘なる神力が溢れ出ている。


「皆さん、初めてまして。私は第六百代天帝です。こうして、お会いするのは初めてですよね」


「て、天帝様!?」


「な、何故、貴方様のような方がこちらへ!?」


糸目の男の発言を聞いた坊さん達は、一斉に騒ぎ出す。


まさか天界の天帝様が下界に降りて来たとは、誰も思わないだろう。


俺だって、生で天帝の姿を見るのは初めてだ。


言葉に出なくても表情を見れば、一発で驚いているのが分かる筈だ。


「そして、隣にいる男は如来だよ。あの釈迦如来の」


「「「えぇぇぇぇ!?」」」


おいおい、嘘だろ!?


天帝も釈迦如来も、仏像の絵が記載されている書物でしか見た事がねーぞ。


「はいはい、驚くのも良いけど本題に入るよ?率直に言うと鬼の封印が解かれ、悪神である天之御中主神が復活した」


観音菩薩殿の言葉を聞いた坊さん達は、一気に顔が青ざめて行く。


「これは大事になって来ましたね、観音菩薩殿」


「その通りだよ法明和尚。自体は大事になってしまったんだ。それで君達に集まって貰った本当の理由は、天之御中主神と天帝との間に起きる戦に参戦して欲しいんだ」


俺の言葉を聞き、答えながら観音菩薩殿はとんでもない事を言い出したのだ。


「い、戦!?まさか、か、神との戦に我々のような人間が参戦しろと申すのですか!?」


バンッと床に手を付きながら、一人の坊さんが騒ぎ出す。


「お前達には、天之御中主神派に属する妖達の相手をして貰う。神相手では陰陽術は効かないからな」


「そ、そんないきなり…」


「我々だけで、どうしろと申すのですか」


如来殿の発言によって、坊さん達の不満と不安が倍増された。


「君達だけじゃない。百鬼夜行の妖達と共に戦って欲しいんだ」


「ひゃ、百鬼夜行…?」


「我々、神に力を貸してくれる妖達の事さ」


「そんな、妖が人間の味方を?」


天帝の言葉を聞いてもなお、坊さん達は不満不平を煽ぐ。


妖が人を喰うと言う固定観念が、今だに根付いている証拠だな。


「ごちゃごちゃうるせーなぁ。お前等が何もしねーと殺されんぞ?天之御中主神に」


「なっ!?何だね、君は!!鬼の分際で」


「んだと?この糞爺…っ!!」


「羅刹天様、落ち着いて下さい。ここは私が」


そう言って、坊さんと羅刹天の間に女が割って入る。


「貴方達が何もしなくても、天之御中主神か鬼達が貴方達を殺しに来ます。勿論、貴方達の家族やそれ以外の人間も皆殺しにするでしょう。彼等にそうするくらいの強い怨みがあります」


「なんだと…?」


「皆、自分達が大切なのです。貴方達のように、守りたい存在があるから戦っているのですよ。貴方達は黙って、家族を殺されても良いのですか」


「そ、それは…」


この女、話し方が上手いな。


羅刹天のお目付け役と言った所だろうか。


坊さんもこの女の話を聞いて押し黙っている。


「我々が何故、ここに来たのか考えてみて下さい。貴方達を無駄死にさせるだけの話をしに来た訳ではない。そうですよね、天帝」


「ふふ、君には恐れ入ったよ。私の言い方が良くなかった、申し訳ない。私達は君達、人間を守る役目がある。君達は街を襲おうとする妖達の封印に当たって欲しいんだ。勿論、君達には守護の力を持つ札を渡すつもりだ」


「凄い事になって来ましたね、師匠…」


隣にいる水元が俺の耳元で、コソッと呟く。


江流達もまた、天之御中主神の戦に参加するのだろうか。


俺は自分の弟子達を危険に晒したくない。


本当を言えば、江流を旅になんか出したくなかった。


与えられた使命とは言え、危険な旅には変わりはない。


今、江流はどうしているのだろうか。


怪我はしていないか。


ちゃんと飯は食っているのか。


考えないようにしていた思いが、ドッと溢れかえる。


「よう、兄ちゃん。お前の大事な江流か?こんな風になってんぞ?」


「っ!?は、は?」


背後から声がし、ハッとしながら振り返る。


そこには鮮やかな緑のパーマが掛かった髪に、目元が

隠れる程の長い前髪の男が立っていた。


周りを見渡すと、時間が止まっているようだった。


誰も男の存在に気付いていないし、俺と男の二人を囲うような薄い緑色の箱の中に閉じ込められていた。


男な素敵な笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んだ。

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